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41. 拒絶

 榎本は無防備に背中をさらしながら、女の子を優しく抱え上げた。

 女の子は十代前半の華奢な身体つきをしていて、あどけない顔で寝ていた。


 榎本は空間の揺らぎをつくりだし、中に手を突っ込むとシーツを取り出して女の子の体をくるんだ。


「その子は…… まさか、紬君か」


 局長が驚いた表情をしながら女の子の顔を見ていた。


「お、よく覚えてたな。そのとおり、俺の妹の榎本紬だ。ほとんど賭けのようなものだったがうまくいって、ほんっとうれしいぜ」


 榎本は女の子を抱えながら、オレの方をむいた。


「魔物の肉体が流れ込んでくる異界のマナによって形成されるときいてな、装置によってあつめた現界のマナを紬の魔玉に与え続けて、肉体の再構成をさせたのさ」


 榎本はどこかオレを試すような目つきで問いかけてきた。


「どうだ、おまえの妹も肉体を再構成させることができるが、いまから協力しねえか?」


「ふざっけんな!! おまえが葉月の肉体をチリにして、今度は再構成させるだとぉ。葉月はテメェのおもちゃじゃねえんだよ」


「はぁーはははっ、そうか、そりゃ残念」


 高笑いをあげる榎本に、局長が質問をはさんできた。


「だが、マナが紬君に流れつづけているのは、なぜかな。もう必要ないはずだろ」


「紬にはマナをおくるためのチューブが接続されている状態になってるからな。んでもって、そのチューブは魔玉に直接つなげられて、もうはずすことはできない」


「つまり、紬君がいる限り、現界のマナは吸い取られ続けるってことかな」


「そういうこった」


「榎本君、キミは実に残酷なことをするねぇ」


 榎本の返答を聞いた局長は、榎本に視線を向けて構えなおした。


「ん~、その目は…… 紬を殺すつもりか。いいじゃねえか。かかってこいよ」


 榎本は腕に抱えていた少女を、壁際にそっと下ろすと、目に剣呑な光を宿しオレたちをにらみつけた。


「敷島君と赤井君は後方からの援護、私と結城君で攻撃をしかける」


 局長は、鋭い声で指示をだすと、すぐに駆け出した。

 榎本は背後に少女をかばうように立ちはだかり、こちらに向かって攻撃をくりだしてきた。


「壁よ、阻め」


「くそっ、邪魔だ。オラァ!!」


 土塁壁が目の前に出現し、視界をさえぎった。オレ

は壁に六角棒をよこなぎに叩きつけて砕いた。

 視界が開け、前方に目をむけたがそこに榎本はいなかった。


「どこにいった!?」


「うしろだ!!」


 立ち止まり周囲を見回すと、後方から敷島隊長の声が聞こえた。いやな予感がしてとっさに身体を横に倒した。そして、直後、銃声が聞こえて局長が苦痛の声を上げた。


「ぐあっ」


 倒れる局長の脇腹がさけて血がどくどくとながれいた。


「局長!!」


「ちっ、しとめ損ねたか。まあいい、これで神埼は無力化できた」


 榎本はいつのまに移動したのか、後方の方にたって銃を構えていた。


「くそっ、葉月の能力か」


「あとはおまえらだけだな、そらよ」


「ぐあああっ!?」


 電撃がほとばしり六角棒の先端にあたると、身体に電流のながれる痛みとともに腕がしびれ、六角棒を取り落とした。


「これでトドメだ」


 榎本の手から巨大な岩の槍が放たれ、眼前にせまってきた。

 しびれの残る身体を無理矢理うごかして、ポケットの中に左手を突っ込んで、中に入っていたものを手に取った。


「オッサン、力借りるぜ」


 次の瞬間、右手が肥大化し、墨のように黒い肌をもつ強靭な腕に変化した。同時に身体のしびれもとれ、向かってきた岩の槍を変化した腕で打ち砕いた。


「あン? なんで、おまえが《ジェネレーター》もってやがんだ」


 榎本は驚いた声を上げて、困惑した表情でオレをみつめていた。

 オレは床に転がっていた六角棒を拾い上げて、榎本のに向かって走り出した。身体の変化は足にも現れ、急激に上がった脚力によって、一気に榎本のもとにたどり着いた。


「ちっ、あがいてんじゃねえよ」


 焦った表情を見せる榎本に六角棒を振り下ろした。腕にこもる力はいままでのものを大きくこえ、凶悪な風切り音をだしながら、六角棒の先端が榎本に迫った。


「ムダムダ!! 分解!!」


 榎本は右手をつきだし六角棒に触れると次々と分解していった。


「しゃらくせぇ!!」


 足を踏み込み、柄を短くもちかえることで、さらに速く振りぬいた。分解の速度を上回った六角棒の先端が榎本の腕に当たり、ぐちゅっという音と共に腕がぐしゃぐしゃの肉塊となった。


「なにぃ!?」


「もらったぁ!!」


 榎本は自分の受けた傷に驚き目を見開き、受けた傷の大きさに苦痛の声を上げた。

 振り下ろした動作の勢いのまま、腰を使って六角棒を振り上げ、歪な形となった六角棒の先端が榎本の頭をとらえようとしていた。


 しかし、次の瞬間、身体から突然力が抜けた。そして、身体中に倦怠感を感じたっているのがやっとの状態になった。


「うぐう、一体なにが……」


「戦いをやめなさい!!」


 幼い声に似つかわしくない、凛とした響きの言葉が部屋の中に響き渡った。

 声のしたほうをむくと、身体にシーツをまとった小柄な少女が立っているのがみえた。


「兄さんもやめて」


 榎本のほうをみると、怪我をした腕をだらんとぶらさげながら、オレと同じように身体をだるそうにして立っているのがやっと状態のようだ。


「よう、紬、お目覚めか。寝起きで不機嫌だからって、いきなりひでえじゃねえか。おれぁ怪我人なんだぜ」


「兄さん……」


 少女は榎本にゆっくりと近づき、目の前に立つと


「バカ!!」


 平手で頬を打ち、パァンという音が響いた。


「紬……」


 榎本は呆然とした表情で少女を見ていた。


「なんでこんなことしたのよ。わたしを生き返らせるために、大勢に迷惑をかけて、わたしはこんなこと望んでいない」


「おまえ、まさか、いままでのことを全部?」


「ええ、みてたわ。暗い部屋のなかに押し込まれたようで変な感じだったけど、周りのことは見えていた。兄さんがいままでしてきたことも……」


 少女は悲しそうに顔を歪めながら、榎本の顔を見つめていた。


「やあ、紬ちゃん久しぶりだね。私のこと覚えてるかなぁ」


 そこに局長が気安い感じで声をかけてきた。腹にうけた傷は柊さんが治療したようで、問題なく立っていた。


「神埼さんですね。お久しぶりです。兄のしたことはなんとお詫びしたらいいかわかりません。償いになるとは思いませんが、事態の収束に協力します」


 紬は小さい身体をさらに小さくするように深々と頭を下げた。


「おいおいおい、紬、おまえ、まさか死のうっていうんじゃねえだろ。オレがおまえのためにここまでやってきたことを無駄にするっていうのかよ」


「……そうよ、人の社会を破壊してまで、生き続けるなんてごめんだわ。わたしはあの世界で兄さんと生きていきたかったのに……」


 紬は数瞬ためらようにした後、きっぱりと言い切った。


「ッ!? ………」


 榎本は衝撃を受けたように黙りこくった後、表情の抜け落ちた顔をしながらブツブツとつぶやき始めた。


「……おれが、おれが、してきたことは全部無駄だってのかよ……」


「なにが悪かったんだ。マナの集積方法? 流入パス? それとも遅すぎて魔玉が劣化したのか?」


「おい、榎本」


 榎本の雰囲気にただならぬものを感じて、声をかけようとしたところで、榎本は満面の笑みを浮かべた。


「まあいいかぁ~、もう一回やり直せばいいだけだ。マナはまだまだ集められるしなぁ~」


 榎本の怒ったように笑う奇怪な表情をしながら、装置にむかっておぼつかない足取りで近づいていった。


「榎本を装置に近づけさせるな!!」


 局長が叫び、敷島隊長たちが榎本を止めるために近づこうとしたが、土塁壁が出現し行く手をはばんだ。


「ああ、くそ。おい、お前の能力解除しろ!!」


 オレの体もいまだにふらつく状態で、体が思うように動かなかった。


「は、はい!!」


 事態に追いつけないでうろたえる紬はオレの大声に反応して、オレの肩に手を当てた。すると、なにかが流れ込んでくる感じがして、体が元の状態に戻っていくのが分かった。


 急いで行く手を塞ぐ土塁壁を砕くと、そこには装置にゆっくりと近づく榎本が見えた。


「おい、榎本!! これ以上なにしようっていうんだ。もうこれ以上やっても誰のためにもなんねえ。ただの自己満足でしかねぇんだよ!!」


「また、やりなおしかぁ。まあいいや、まだまだまだまだまだまだまだまぁ~だ手直しする部分はたくさんあるしなぁ」


 まるでこちらのいうことなど聞こえていない様子で装置に向かって一心に歩き続けていた。


「くっそ、この!!」


 また出現した土塁壁を砕くと、次に雷撃が飛んできて局長が前にでて霧散させた。

 近づこうとするオレたちに、次々と様々な能力の攻撃がふりつづけなかなか近づけなかった。


 そして、とうとう榎本が装置のもとにたどり着き、装置に触れた。

 装置の周囲に集まっていた現界のマナが榎本の中に吸い込まれていった。

 

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