40. 再会
陽が落ち、夜の帳に包まれる中、身を潜ませて進む集団の姿があった。
周囲の建物には人の気配はなく、市ヶ谷駐屯地からもれる明かり以外はなかった。
駐屯地敷地裏側にたどり着き、点呼をしてから、局長が声をひそめながら話し出した。
「諸君、準備はいいかい。いいかい、ほどほどにがんばって、それなりの成果をだす気持ちでいこうじゃないか」
こんなときでも、砕けた調子でしゃべる局長をみて、みんなにいつもどおりの雰囲気が流れた。
「作戦開始」
局長の合図をみて、水無瀬さんが氷の階段を作り出し、勇者たちは次々と塀を乗り越えていった。
先行する敷島隊長が、能力をつかって気配を殺しながら、建物の陰に身を隠しあたりの様子をうかがった。
ハンドサインをみて身をかがめながら、足音を殺しながら進んでいった。
敷地内には魔物が歩き回り、一日前にきたときとはまったく異なる光景を見せていた。
いつ魔物にみつかるかという緊張の中、ようやく目標の建物前に到着した。しかし、建物の扉前には魔物が密集するようにたむろしていた。
これには敷島隊長も立ち止まり、停止するようにいってきた。
「予想通りだねぇ。やぁーっぱり、榎本君は装置の力をつかって魔物を自由に出し入れできるようだ」
「んじゃ、魔物を引き回してきますんで、なるべく早めに終わらせてくださいよ」
風間さんたち小隊02のメンバーが立ち上がり、魔物の集団に近づいていった。
魔物の集団と距離をとり攻撃をしかけると、魔物たちは一斉に小隊02のメンバーに殺到した。建物からはなれるように、小隊メンバーたちは魔物を引きつけながら走っていった。
「建物内への突入を開始する」
魔物がいなくなったところで、局長の掛け声とともに建物に走っていった。
「局長、新たな魔物がここに近づいてきています」
卯野さんが頭に生えたウサギ耳をぴこぴこ動かしながら注意を促してきた。能力を使って近づいてくる魔物の接近を感知したようだ。
「金剛君、あとは頼んだぞ」
「了解です。おまえら、ここで食い止めるぞ!!」
金剛さんが小隊01のメンバーに声をかけると、建物の扉前に陣取った。
「おチビちゃん、しっかりやんなさいよ」
「うっさい、あんたもね」
水無瀬さんが赤井に声をかけると、赤井もしっかりと返事をした。
建物の扉をくぐったさきには、不思議な光景が広がっていた。
広い建物内の奥に鎮座する装置の上で、宙に浮かぶ球体を中心に乳白色の光が集まり何かの形をとろうとしていた。
そして、榎本がこちらに背中をむけながら球体を一心に見つめていた。
「あれは? ヒトなのか……」
良く見ると光はおぼろげながらヒトの形をとろうとしているのわかった。
「えーのもとくぅーん、あーそーぼー」
「ちっ、また性懲りもなくきやがって、うざってぇやろうどもだ」
局長が緊張のかけらもない声を榎本にかけると、振り向いてにらみつけてきた。
「やあ、榎本くん。たのしそうなことしてるじゃないか」
「神埼までお出ましか。ふん、なにがなんでも止めようってわけか」
「そ~んなにカッカするなよ。前みたいに遊ぼうじゃないか」
局長は榎本と話しながら、オレたちに目配せをしてきた。
局長が前に飛び出し、オレたちもその後について、榎本のもとに走りよった。
「いいじぇねえか。遊んでやるよ。そらよ」
榎本は懐から複数の能力発動機を見せ付けるように取り出し、先頭を走る局長に向かって紫電をほとばしらせた。
「なにぃ!?」
電撃は局長に当たった瞬間、目の前で霧散した。
「ちっ、ならこれでどうだ!!」
榎本はさらに別の《ジェネレーター》を取り出すと、局長に能力を使用した。しかし、局長に効果はなく、変わらない様子で榎本の近づいていっていた。
「てめぇ!! なにをしやがった」
「さーて、なんだろうねぇ。赤井君、結城君、榎本に攻撃をしかけろ」
困惑する榎本に向かって赤井が炎の玉を投げつけた。
「ムダムダ、そら返すぜ」
前回みたように、榎本が装置にとりつけられた魔玉に触れると、半透明の板が現れて赤井の炎がこちらに跳ね返ってきた。
「よっと」
炎の前に局長が飛び出し、手をかざすと炎は霧散した。
榎本の目前までたどりつき、六角棒を振りかぶり飛び掛った。
「榎本ぉぉぉおお」
「ちっ」
榎本の前にまたも半透明な膜が現れたが、気にせず振り下ろした。
「うおっ、やべえな、出力上昇」
壁に当たったような感触のあと押し戻されそうになったので力をこめて押し切ろうとしたところで、六角棒が勢い良くはじかれてた。
後ろに吹き飛ばされて着地したところで、能力で気配を消した敷島隊長が榎本の背後をとり、ナイフを振りかざすのが見えた。
「甘ぇんだよ!!」
まるで、あらかじめ近づいているのがわかっていたように、榎本は後ろを振り向きナイフを手で受け止めた瞬間、ナイフはぼろぼろと崩れチリになった。
「くっ、感知系の能力か」
追い討ちをかけようと、敷島隊長に左手を伸ばして近づこうとした。
『ダンッ ダンッ ダンッ』
そこに銃声が鳴り響き、榎本は右手をかざして銃弾をチリにして防いだ。そのすきに、敷島隊長はバックステップですばやくこちらに戻ってきた。
「さすが、いい連携してるじゃねえか」
「おや、きみに褒められるなんて、槍でもふりそうだね」
局長は拳銃を構えたまま、軽口で応じていた。
「まあ、いまので、てめぇの能力はだいたいわかった。特に防御のための対策をしたってわけじゃねえのに雷撃、炎弾を無効化した。これは、能力を無効化したって考えるのふつうだよなぁ」
「さあて、どうだろうねぇ。防御系、回避系、はたまた時空系かもしれないねぇ」
「はっ、相変わらずだな。いつもすっとぼけた態度しやがって」
ポーカーフェイスのまま話す局長をみながら、榎本は呆れたように鼻を鳴らしたあと、オレのほうに視線を向けてきた。
「それにしても、おまえも来るとはな。なあ、いまどんな気持ちだ。大切にしてた妹をなくした気分は?」
「あ゛? 気分なんて最悪に決まってんだろ。いいから、黙ってぶっつぶされてろよ」
「ふうん、あそこから立ち直るとは意外だな。それともおまえにとって妹なんてどうでもいい存在だったのか」
「んなわけねえだろ。いつまでもへこんでたら、妹に顔向けできねえだろ。妹の前ではカッコつけてえんだよ」
そして、オレは葉月の魔玉に向けて叫んだ。
「オイ、葉月ぃ!! 聞こえてるんだったら、さっさと戻って来い、おまえとは話したいことが山ほどあるんだ」
しかし、赤黒い光をたたえた魔玉からは何の反応もなかった。
「おいおい、なに魔玉にむかって話しかけてんだよ。でも、まあ、魔玉の状態でも生きてるっていうのはいい発想だったな。こっちの方はそろそろ頃合のようだ」
そういうと、榎本の後ろで球体に集まっていたマナの光が、急激に収束を始め、目を開けてられないほどのまぶしさを放っていた。
「なにをするつもりだ!?」
「まあまあ、ちょっとまってろって」
やがて、光が収まり、薄目をあけながら様子を確認すると、そこには裸の女の子が横たわっていた。
「紬…… ようやく、ようやく会えた」




