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4. 大迷宮新宿駅

 そこに、オレの背後からトロールに向かっていく影がみえた。手に持ったジュラルミン製の大盾を体ごとトロールに打ち付けて押し返したあとに、赤井にむけて叫んだ。


「赤井、炎を解除しろ!!」


「氷の槍よ。穿て!!」


 赤井が指示にしたがって炎をけすと、勢い良く飛んできた何本ものつらら状の氷がトロールの顔に突き刺さり、トロールが痛みで顔を抑えながら後ずさった。


 さらに、いつのまにか近づいきていた男が手に持った刀を振りぬくと、キレイな断面をみせながらトロールの上半身と下半身が別れて音を立てながら地面に転がった。


 もう一体の方のトロールはというと、体中に細かい切り傷をつけ、頭部を切断され倒されていた。


「ずるいよ~隊長、わたしたちがゴブリン始末してる間に一人でたおしちゃうだなんて~」


 顔のそっくりな小隊02の隊員二人が、小隊02の隊長を囲んで文句をいっていた。


「おまえら無事か?」


 最初に飛び込んできた大盾の男、小隊01の隊長の金剛克哉が声をかけてきた。


「ああ、助かった」


 敷島隊長が返事をすると、茶髪にパーマをかけて軽薄そうな雰囲気の男、小隊02の隊長である風間瞬が笑いかけながら話しかけてきた。

 この三人は、同じ小隊にいたことがあり砕けた口調で話しているのをよくみかけていた。


「たいへんだったなぁ、レベル3昇格後の初戦闘でいきなりトロール2体と交戦するなんて」


「だが、敷島らしくないな、こんな追い込まれた状況になるなど」


 金剛さんが気遣う口調できいてきたので、オレが答えた。


「すんませン、オレが隊長の指示をきかずにつっこんだせいです」


「ほーう、詳しい状況をきこうじゃないか」


 オレが状況を説明すると、風間さんが笑いながらオレの肩をたたいた。


「あっはっは、いいじゃないか、民間人を助けるために後先考えずに突っ込むなんて、実に勇者らしいな」


「だが、おまえの行動で隊の仲間が危険にさらされたことは覚えておけ」


 金剛さんが厳しい声でオレに注意を促した。


「卯野、周囲に敵はいるか?」


「う~ん、いまのところいないっスよ」


 卯野さんが、頭の耳をピコピコ動かしながら周囲の索敵をしていた。

 それから、まもなく異相境界消失の連絡が入り、撤収を始めた。


 任務を終えた後、無事に帰還できたことを喜ぶ前に、猛烈な悔しさがおそってきた。


(くっそ、レベルが上がったとたんこのザマかよ)


 おれはイラだちが隠せないまま、宿舎に帰ってきた。


「……おかえり」


 ドアをくぐると、食卓の前に葉月が座っていて、こちらをむいた。


「ただいま」


 おれは短くぶっきらぼうに、挨拶を返した。


「……兄さん、ケガは、なかった?」


「ああ、全然ねえよ」


 それどころか、まともに戦えてすらいねえよといいそうになったが我慢した。


「……それなら、いい」


 葉月は心配してるのかしてないのか、いまいちわからない表情のまま、イスに座ったままブロックタイプの栄養食をかじっていた。



 次の日、学校に行かずギルド局にいき、敷地内にある屋外訓練場にはいって一人で訓練を行っていた。


 ギルドでは、能力の運用の教練や、射撃訓練、教官による対人戦など訓練を行うことができる。ギルドにはいりたての新人のころは、実戦にでるまで訓練つづきの毎日だった。


 土がむきだしの地面にたって、あの日みたトロールの姿を想像し、もっと強い力を引き出せるように六角棒を振り回していた。


「よう、ずいぶんと熱心だな」

「ども、おつかれっス」


 そこに、勇者小隊01の隊長の金剛さんがやってきた。


「どうだ、ちょっと模擬戦でもしてみないか?」


 金剛さんとは実力の差がありすぎて、正直訓練になるかあやしいものだったが、先日みた強さの一端でもつかめたらと思い、お願いすることにした。


「好きなようにかかってこい」


 金剛さんは大盾を構えて、こちらに視線を向けながら構えていた。ジュラルミン製の大縦が太陽の光を反射してギラリと光っていた。


「それじゃあ、いかせてもらいますよ!!」


 オレは全身に力をみなぎらせて、手に持った六角棒をたたきつけた。


「くっ」


 防御ごとお構いなしにつきやぶろうとしたが、まるで鉄の塊をたたいたような触感が返ってきて、六角棒ははじき返された。


 そこに金剛さんが盾を全面に構えながらつっこんできて、体ごと弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされてなんとか踏ん張って体勢を立て直すと、そこには巌のようにそびえる金剛さんが立っていた。


 それから、何度も打ち込んだがすべての攻撃がはじき返され、地面に転がされて体中土ぼこりにまみれていた。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 おれは荒い息をつきながら地面に転がっていた。

 金剛さんが見下ろしながら、手を差し伸べてきた。


「今日はここまでにするか」


「あ、ありがとうございました」


 おれは、息も絶え絶えになんとかお礼を口にしながら、手をとって立ち上がった。


「結城、おまえの能力は腕力上昇だったな」


「はい…… といっても、金剛さんの防御力を打ち破ることはできませんでしたけどね」


 オレはさっきまでのことを思い出しながら自嘲気味に口元をゆがめた。


「オレの能力は防御力上昇で、おまえと同じ身体能力強化系のものだ。打ち破ることは可能なはずだ」


「そんなまさか、オレの能力なんて金剛さんにはかないませんよ」


「いいか、能力ってのはたくさんあるが、同じ系統に属するものは結局は能力の使い方次第で勝敗が分かれる」


 金剛さんは真剣な顔で続けた。


「オレの能力の防御力上昇は、体の固さを変えるっていう見方もできる。そして、能力の使い方次第でこういうこともできる」


 説明しながら、金剛さんは訓練用の鉄板に向けて2回殴りつけた。

 1度目と2度目の鉄板のへこみ具合を比べると、2回目のほうがあきらかに大きかった。


「いまオレは、2回目なぐったときだけ、鉄板へのインパクトの瞬間に拳に意識を集中したことだ」


 金剛さんのいったことを理解するために、頭をめぐらせた。つまり、どこを強化したいか意識的に考えろってことか。


「いいか、いくら能力を手に入れたとはいえ、オレたちはただの人間だ。自分になにができて、できないかということを意識して、工夫すれば多少はできることがふえてくるさ」


 そういうと、金剛さんは訓練場から立ち去っていった。

 その後、訓練場に残り、金剛さんにいわれたことを頭において能力を意識的に使いながら、体を動かした。



 数日後、魔物発生の連絡をうけて、ギルドに向かった。


 戦闘服に着替えてブリーフィングルームに向かった。

 部屋の中には既に他のメンバーがあつまっていて、最後にきたのは学校から向かってきたオレと赤井のようだ。


 神埼局長が説明を始めた。


「30分ほどまえに異相境界の出現が観測された。現場に先行した偵察部隊からの報告では、ゴブリン、コボルトを確認したそうだ。さらに別の地域でも異相境界が出現したので、そちらには勇者小隊02にすでに向かってもらっている。今から、いってもらうのは勇者小隊01と03だ」


 異相境界が出現するタイミングはランダムだが、同時に2ヶ所というのは初めてだった。


「説明は以上だ。いつもより少ない人数での戦闘となるから連携を密にして心してかかれ」


 説明が終わると、全員すばやく立ち上がり現場に直行した。

 ギルドから現場にむかうジープの中で、赤井がどこか浮かない顔をしていた。


「なんだ、おまえビビってんのか」


「うっさいわね。前の戦いでわたしの炎がトロールに効かなかったのが、ちょっとだけよ、ちょっとだけきになってただけよ」


「はン、魔物なんざオレが全部たおしてやるから、おまえの出番なんざこねーよ」


「なにいってんのよ、前の戦いで金剛さんたちが助けにこなければ危なかったクセに」


「前のは…… たまたまだ、今度はうまくやるさ」


 不敵にみえるような笑みを浮かべると、赤井が呆れたような表情でこちらを見ていた。



 今回の魔物の出現ポイントは、新宿駅だった。昔はひとでごった返していた場所だが、魔物が発生してからは電車も一部でしか使われないようになり、いまでは人の姿を見かけることはなかった。


 現場に到着すると、自衛隊がすでに周囲に展開し封鎖を終えているのが見えた。

 敷島隊長が、現場の指揮官にあいさつをしにいくと、いつものようにイヤミを返されていた。


 少し疲れた表情をしながら敷島隊長が戻ってきた。

「敷島、すまんな。アレの相手はつかれるだろう」


「いや、毎回ちがったイヤミを返してくるから、あれはあれで楽しいさ」


 金剛さんがねぎらうように敷島隊長に声をかけていた。


「オレたちは上層部分を見回る。小隊02は地下部分を見てくれ。卯野いわく、民間人がのこっているみたいだが、広い構内で音が反響して正確な位置がつかめないそうだ」


「なんだってこんな場所にいるんだ」


「わからん、ここに住み着いてるやつがいたのかもしれない。とにかく、救助を第一に考えてくれ」


 小隊01は2階にある南改札口から、オレたちは地下一階にある西口から探索を開始した。

 以前に来たときは人間の足音や話し声であふれていたが、今は静かなもので、タイルの道を歩く自分たちの足音がやけに大きく聞こえた。


「よし、いいぞ、進め」


 いつもどおり敷島隊長が能力を使って気配を殺しながら、道の先を確認していた。

 途中にあった駅構内の店はガラスが叩きわられ、中があらされて無残な状態になっていた。

 ただ、中の品物を運び出した様子があり、魔物にしては荒しかたがおかしかった。


 入り組んだ通路を慎重にすすんでいくと、なにかが争う音が聞こえた。

 近づくにつれて次第に大きくなる音に、心臓の鼓動が早くなるのを感じながら進んでいった。

 通路のさきにはオレとおなじぐらいの十代後半ぐらいの男たちが4人いて、囲んだゴブリンを手に持った鉄パイプで滅多打ちにしていた。


「ひゃははは、魔物なんてたいしたことねーな」


「おらおら、どうしたよ」


 男たちの顔は喜悦に満ちており、楽しげに鉄パイプを打ち付けていた。

 そこに、もう一体のゴブリンがうなり声を上げながら襲い掛かってきた。


「うお、もう一体きやがった、藤堂さんお願いしますよ」


「ああ、そらよっ」


 藤堂とよばれた男が、興奮した様子で走ってくるゴブリンに向かって手をかざすと、ゴブリンの動作が鈍くなりとうとう地面にひざをついた。


「おっしゃあ、さすが藤堂さん、マジで無敵だぜ」


 他の3人が喚声を上げながら、ゴブリンをめったうちにしだした。


 男たちの様子を通路の角に隠れてみていたが、敷島隊長が男たちの前に出て声をかけた。


「我々はギルド局の勇者だ。キミたち、すぐに避難しなさい」


「あんだよ、おっさんたち。勇者か、はじめてみたな」


 こちらを振り向き、じろじろと無遠慮な視線をぶつけてきた。


「ここには魔物がまだ残っている。出口まで誘導するからついてきなさい」


 敷島隊長の言葉をきき、男たちは顔を見合わせた後に、大笑いを始めた。


「ギャハハハハハ、別にオレたちここに迷い込んできたわけじゃねーんだよ」


「そうだぜ、ゲームだよ、ゲーム。どんだけ魔物をたおせるかっていうな」


「なにが勇者だよ、おれたちみてえな一般人でも簡単に倒せるじゃねーか。この税金ドロボーが」


 口々にいいながら、またゴブリンを殴り始め、ゴブリンが動かなくなった。


「いくぞ、まだ向こうにいそうだ」


「おい、待て!!」


 聞く耳持たない様子でさらに奥の方にすすんでいった。


「あいつらどうします、隊長」


「ハァ…… ここにいる以上は見過ごすわけにはいかんしな。異相境界が消えるまで、あいつらのお守りをするぞ」


 敷島隊長はげんなりした顔をしながら、金剛さんに民間人を発見したことを無線で伝えてから、男たちがすすんでいった先に向かった。


「くっそ、あいつら無警戒にすすんでいきやがって」


 通路の先を進む男たちはすたすた歩き、何の警戒もせずに、手に持った鉄パイプをゆらゆらと揺らしながら進んでいった。


「ん? あれは……」


 明滅する蛍光灯で照らされた薄暗い通路の先に、なにかの影が見えた。

 近づくにつれて獣のようなにおいと息遣いが聞こえてきた。


「気をつけろ、コボルトだ」


 敷島隊長が警戒をうながすように声をかけてきた。

 通路の先には、犬のような頭をもち全身毛むくじゃらの大型犬サイズの魔物の姿が見えた。


「おっしゃ、新しいモンスターみっけ」


「なんだありゃ犬みてーだな」


 新しいおもちゃをみつけた子供のように、男たちはコボルトに近づいていった。


「おら、よっと」


 男が手に持った鉄パイプを振り下ろしたが、コボルトはすばやい身のこなしでヒョイと横にかわし、威嚇するように牙をむき出しにしてうなり声をあげた。


「この野郎!?生意気によけやがって」


「なーにやってんだよ、だっせえな」


「うるせえな、次はしっかりあててやんよ」


 再び、男が鉄パイプを片手にコボルトに近づこうとしたとき、コボルトが遠吠えを上げあたりに響いた。

「まずいぞ!? 全員、周囲を警戒しろ。コボルトが仲間をよんだ!!」


 敷島隊長が緊迫した声をあげた後、周囲の暗がりからこちらをのぞく赤く光る目が大量に見えた。

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