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38. 妹(3)

 俺は5人編制の小隊を任され、避難所内の警備および魔物の撃退を行っていった。

 バリケードを構築し、他の小隊と連携しながら銃火器で応戦したが、ほとんどダメージを与えることができず、危ない場面が何度もあったがなんとか誰も死なせずにいる状態が続いた。

 ケガの治療のために医務室に行く度に、紬に心配そうな顔をされた。


 ある日部下たちと食事をとっていると、年若い一人が話しかけてきた。


「あそこにいる看護師さんって、隊長には妙にかいがいしいですが、もしかして彼女さんですか?」


「ばかもの、あれは俺の妹だ」


「それは失礼しました。妹さんかわいいですよね。それに、治療も丁寧ですし、あの人がこの避難所でのオアシスですよ」


 俺は目つきが悪く、顔だちも妹とかなり違うため、神埼には似てねーとゲラゲラ笑われたことがあった。


「妹に手を出してみろ、魔物のエサにしてやるぞ…」


「ハッ!! 了解いたしました」


 俺がすごみながら言うと、部下は顔を青くしながら敬礼していた。


 避難所に入ってくる人間は日を追うごとにふえてきて、家族連れのものや、学生、サラリーマンなど様々な人間が入ってきた。


 そんな中、紬から相談をうけた。

 ある日、医務室に若い男がきて、その男は茫洋とした表情をしていて医師からの診察を受けていた。

 逃げてくる際にガラスで腕を切ったらしく、紬が腕に包帯を巻いてやったそうだ。治療中も、とろんとした目で天井に視線を向けていたので避難所にきて不安なのだろうと思い、優しく元気付けるように話しかけたそうだ。

 すると男は紬をじーっとみたあと、黙って医務室を後にした。


 そのあとから、男はどこかしら体に切り傷や打ち身をつくっては医務室にくるようになったそうだ。

 診察を受けている間、無表情のまま紬のことをじっと見つめてきて、最近では診察時間が終了し避難所の中を歩いているときもその視線を感じて、目をむけると男が黙って自分を凝視しているのを見つけたそうだ。


 男の様子に不安を感じた紬は、俺に相談を持ちかけてきたようだ。


「そいつからはなにかされたのか?」


「ううん、何もされてないけど…… でも怖くて」


 紬は眉をハの字にして、不安そうに語尾のトーンを落とした。


「わかった、俺がそいつに忠告しておく」


「ありがとう、兄さん」


 後日、紬の話の通り医務室に男が入っていくのがみえた。

 数十分後、医務室からでてきた男の背中に声をかけた。


「おい、アンタに話があるからちょっとこっちにきてくれないか」


 男は俺をチラリと見た後、黙って後ろをついてきた。

 人があまりこないところで、俺は男に静かに話しかけた。


「医務室にいる若い女の看護師をつけねらうのはやめろ。どんな理由があるかは知らんが、彼女はアンタのことを気味悪がってる」


 男は怯えた表情をみせ、うつむき加減にボソボソとした声で話しはじめた。


「な、なにをいってるんだ。彼女はおれにいったんだ『一緒にがんばっていきましょう』って、おれも彼女の力になりたくて見守っているだけだ」


「あのな、だったらそれを直接いえ。黙ってみてられると、なに考えてるかわからなくて不安になるんだよ」


 俺は呆れながら男に説教気味にいった。こいつが部下だったら、いますぐぶん殴っているところだ。


「う、う、うるさい。自衛隊の人間が個人の問題に、く、首をつっこまないでほしい」


 男は顔を真っ赤にしてどもりながらいい返してきた。


「個人の問題っていうなら俺はあいつの兄だ。家族としておまえにこれ以上ちかづくなというぞ」


 俺のことばを聞き、口をつぐみ顔をゆがめると後ろを振り返り走って逃げ出した。


「おい!! ちっ、めんどくせえやろうだな」


 遠ざかっていく背中をみながらため息を吐いた。

 

 それから、男がこなくなったと紬から聞かされて一安心した。

 ……だが、それが間違いだと気づいたときには全てが手遅れだった。

 

 

 その日も、日常任務となっている避難所まわりの巡回を行って帰ってきたところだった。

 部隊長に問題がなかったことを報告していたところで、急いで入ってくるものがいた。


「報告します!! 避難所内で呼吸困難に陥り昏睡するものが多数確認されました。助けるために近づいたものも同様の状態に陥っています」


「なんだと!! 被害状況はどうなっている?」


「医務室を中心に被害は拡大。現在、周囲の人間の避難を行っています」


「医務室だと!!」


 俺は報告内容をきき、頭がどうにかなりそうだった。

 すぐに飛び出し、医務室がある建物に走っていったが、周囲は他の自衛隊員によって近づけないように封鎖されていた。


「榎本三等陸尉、これ以上近づいては危険です。お下がりください」


 警備をしている隊員が中に入ろうとする俺を押しとどめた。

 あたりは人々が慌しく動きまわり、自衛隊員たちの怒号響いていた。


「これはサリンだ。防護服と中和剤の用意急がせろ!!」

「風向きを考えて避難させろ!!」

「げほっ、がはっ、うごけない、誰か、助けて」


 数時間後、ようやく中和剤を持ち込まれ、あたりに散布されたのち、大量の水によって洗い流していった。


「中和完了!! 建物内の被害者の安全確認いそがせろ!!」


 中和したという声を聞き、俺は中に急いで入っていき、紬の姿を探した。

 そして、中にいた人間は意識不明の状態で医務室につながる廊下で倒れており、そして医務室の中に倒れている紬を発見した。


「これはひどい…… なぜ彼女だけ、こんな状態に」


 紬の姿をみた隊員はその惨状に思わず顔をしかめていた。

 白くなめらかだった肌には水泡が浮かび、体の一部は壊死した状態となっていた。

 ナース服についている名札によって本人だとようやく判別できるほど顔の形が変わっていた。


 ヒューヒューとのどから音をたてて必死に息を吸おうとしていた。


「あ、う、あ」


 そんな状態でも意識が保たれているようで、必死に何かをしゃべろうとしていた。


「しゃべるな!! おい、救護班急がせろ」


 到着した救護班によって担架にのせられ、近くの病院に搬送されると治療が始まった。

 被害を受けたもののうち、医務室の建物の周りにいたものは比較的経度で済み、廊下にたおれていたものもなんとか治療に成功した。

 しかし、紬だけは、治療していた医師に無理だとはっきりいわれた。

 サリンなどの神経毒に加えて、マスタードガス、シアン化物剤などの毒を同時に加えられており、加えて治療開始が遅れたため手の施しようがないといわれた。


 目の前にベッドに横たわる紬には、人工呼吸器を口にあてられ生命維持装置につながれていた。

 そして、苦痛を絶え間なく感じているのか、先ほどからくぐもった悲鳴を上げていた。


 医師が鎮静剤を投入しても、効果はなく意識は覚醒したままとなり苦痛にさいなまれ続けていた。

 俺はそんな妹をみながら、何もできずにいた。


「う、あ、にい、さん」


「おい、もういい、しゃべるな」


 紬がゆっくりと口を動かし、必死に何かをしゃべろうとしていた。


「ご、め、ん」


 その一言をしぼりだすように発すると、目から光をなくし再び悲鳴を上げ始めた。

 その目には何もうつさず、痛みに耐えかねた精神が理性を放棄したようだった。

 

 なぜ紬がこんなに苦しまなくてはならないんだ。紬を苦しめているものから早く開放しやりたいと思っていたら、自然と手が紬のほうに伸びていった。

 そして、紬を苦しめているこの肉体から開放してやりたいと願いながら、胸に手を当てた瞬間、ソレは起こった。

 紬の体はつぎつぎと分解されていきチリとなって飛んでいき、最後にゴルフボール大の玉がのこされていた。

 玉は乳白色のやわらかな光を発していて、見ていると、そこに紬の意識が詰まっているように感じられた。

 

 手に持っていた玉に見つめていると、医師が様子をみにきたのか部屋の中に入ってきた。

 ベッドの上にいるはずの妹がいなくなっているのに、驚いた様子をみせていた。


「紬さんをどこにやったのですか?」


「あー、妹なら天国でしょうねぇ、ははっ、あはははは」


 医師の様子を見ているとなんだか、無性におかくして笑いがこみあげてきた。医師は俺の様子に怯えたような視線を送ってきた。


「ちょっと、おききしたいのですが、医務室に残っていたほかの被害者の方はいまどうなってますか?」


「彼らは容態も安定して、意識をとりもどされています」


「ほうほう、それはいい。できれば、妹になにがあったか聞きたいのですが、あわせてもらってもいいでしょうかねぇ」


「それは…… いいでしょう、ただし看護師の立会いの下でお願いします」


「おーけー、おーけー、それじゃあ、善は急げといいますし、今から向かいましょう」


 被害者が入っている病室に看護師が先導していったので、ついていった。

 病室のベッドには避難所の医師である初老の男が、体を起こしてこちらをみると頭を下げてきた。


「どーもー、榎本紬の兄です」


「このたびは、紬さんのことは実に残念なことになってしまい、なんとお詫びすればよいかわかりません」


「いえいえ、今回のことはテロのようなもの。気に病むことはあれませんよ」


「テロですか。たしかにそうですね。あのときあったことは突然すぎて、いまでもなにがあったかよくわかっていないです」


「そうですか。しかし、すこし気になることがありまして、なぜ妹だけが医務室に残っていたのでしょうかねぇ」


「それは私にはわかりません。おそらく紬さんにしかわからないでしょう。あの時、急に紬さんが部屋の中にいると危ないと言い出し、私どもはわけがわからないまま部屋の外に向かいました。歩いている途中から、徐々に気分が悪くなり、気がつけば意識がなくなっていました」


 男は思い出を掘り起こすようにゆっくりとしゃべり、首をかしげながら事件当時のことを話した。


「そういえば、意識が朦朧とするなかで、紬さんが『なぜ、こんなことをするの』と大声を出していたのが聞こえていました。もしかしたら、犯人と紬さんはあの部屋の中で会っていたのかもしれません」


「ほほう、それはいい情報をありがとうございます」


 聞きたいこともきけたので、早々に退出することにした。別れ際も済まなそうに頭を下げられたが、特に感じることはなかった。

 

 避難所に戻り、部隊長に戻ったことを報告すると、心配そうな顔をされてしばらく休んでいろと気遣われた。

 探し物があったので、任務にもどされなかったのは都合がよかった。


 避難所内を歩き回り目的のものを探していると、誰かの視線を感じた。

 建物の陰から身を隠しながら、こちらの様子をうかがっている男の姿が見えた。目を凝らしてみると、紬のことをつけまわしていた男だった。


「おーし、はっけーん」


 男に向かって笑いかけると、男は顔を引きつらせながら逃げようとした。


「おいおい、つれねーじゃねえか。こっちは探したんだぜぇ」


 男の足は遅くすぐに追いつき、壁際に押し付けるように取り押さえた。


「ひ、ひぃ、おれは何も知らない」


「まだ、なにも聞いてないのに、自分から何か知ってるっていうなんて、実にいい子だねぇ」


 怯える男の髪を引っ張り上げて、無理矢理目を合わせた。


「さてさて、聞きたいのはひとつだ。おまえはあの時なーにをした」


「し、しらない、おれはやってない」


「ふーん」


 強情を張るように首をふる男の耳をつかむと、思いっきり引っ張った。


「ぎゃああ、いってぇ…」


 男の耳がひきちぎれ、その痛みで叫び声をあげそうになったのでみぞおちを殴って黙らせた。


「もう一度きくぞ、お前は何をした」


 残ったもう片方の耳に手をかけながら、男にもう一度聞きなおした。


「それは、こうしたんだよ!!」


 男は顔を涙と血でぐしゃぐしゃにしながら、手を前につきだしてきた。


「あー、それ、禁止な」


 俺は無感動につきだされた男の手をつかんで、消えろと念じた。

 男の手はチリとなってあたりに散っていった。


「は? え、おれの手、どこいった」


 唐突に消えてしまった自分の手が生えていた場所を見つめてから、男は混乱したようにあたりに目をさまよわせた。


「ほら、早くしゃべらないともう片方もどっかいっちまうぞぉ~」


「わ、わかった話す、話しますからやめてください」

 

 あのとき、紬が医務室にいることを確認して、部屋の中に毒を流し込んだことを、男は堰を切ったように話し出した。


「毒を生成する能力を手に入れたことに最近きづいたんです。それで、窓から医務室の中に神経毒をながしこんで、ちょっとしびれさせてから話合いをしようとしたんです。そしたら――」


「あー、もういいわ、大体わかった。妹に拒絶されて、キレたおまえは毒を流し込んだってことか」


 つまらない内容に白けた俺は男の話をさえぎった。


「ち、ちがうんです。殺すつもりなんてなかった、ちょっと脅すつもりでやっただけなんです」


「うるせえな、もういいっていってんだろ。それに、紬を殺したのはおまえじゃねえよ」


「へ?」


 マヌケ面をさらしている男の胸に手をあてて能力を使うと、男の体はチリになって風に飛ばされていった。


「俺があいつを殺したんだよ」


 そうだ、俺が紬を殺したんだ。こんな男に紬の死を奪われるのは我慢がならなかったから、この世から消すことにした。


「ん? なんだこりゃ」


 男の体だったチリがすべて風で飛ばされたあとに、8面体の石が転がっていた。

 紬の中からでてきた石とはまた違った形状をしていて、乳白色の淡い光を放っていた。

 なにかに使えるかもしれないと思い、ポケットにしまいとっておくことにした

 

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