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36. 妹(1)

 榎本以外の動く人間はおらず、装置の駆動音だけが流れ、マナの奔流からあふれ出る赤黒い光が部屋の中を照らしていた。

 そんな部屋の中では奇妙な現象が起こっていた。

 何もない空間に乳白色に輝く玉が浮かび上げり、玉のまわりに集まった同じ色の光がなにかの形をとろうとしていた。

 

 榎本は口の端をゆるめながら、目の前の光景を見つめていた。

 

「よしよしよーし、思ったとおりだ。これで、ようやく紬に会える……」

 

 榎本は感傷にひたりながら、2年前に別れた妹のことを思い出していた。


 

 俺が高校生の頃に父親が再婚した。相手には連れ子がいて、それが紬だった。

 突然できた5歳年下の妹をどう扱えばいいか戸惑っていると、紬が頬を赤く染めて照れながら「お兄ちゃん」と呼んできて、俺も妹として接することできた。


 紬は家になれてくると、次第にうちの家事をやるようになり、台所の主となっていた。小学校を卒業したばかりだというのにしっかりした手際でこなしているのに驚いていると、「普段から、ずぼらな母さんの世話をしていたからなれている」といいながら笑っていた。

 ぎこちないながらも新しくできた母親や妹と、すこしづつ家族らしい関係を築いていき、一年がたとうとしていた。

 俺は高校3年となり、紬は中学に進学していた。

 両親の結婚1年目をむかえたということもあり、妹と相談して、両親に新婚旅行にいってはどうかと勧めてみた。

 両親からは、十分すぎるぐらい気を使われているのを感じていたので、二人きりにさせてやりたかった。

 照れる父と、乗り気な母を2泊3日の温泉旅行に送り出した。

 

 だが、二人が帰ってくることはなかった。

 乗っていた旅行のバスが事故にあい、崖から転落したそうだ。

 暴走する対向車を避けようとハンドルをきったところで、制御がきかなくなりガードレールをつきやぶって崖から落下したようで、生存者はいなかったそうだ。

 事故の内容はニュースで連日報道され、通夜にも無遠慮なマスコミがきていた。

 

 突然の両親の死に驚いている俺の横で、紬はずっと泣いていた。

 紬は、幼い頃から母親に育てられ、父親や兄弟がいる家庭に憧れを持っていたといっていた。そして、ようやく手に入った生活は突然終わりを告げた。

 

 問題は、まだあった。両親が遺してくれた財産はそれなりにあったが、子供が二人生きていくには心もとない額だった。

 高校の先生に相談すると、防衛大学に入ることを進められた。

 ここなら、学費もかからず、それどころか月々給料ももらえ、将来も安心だといわれた。

 

 悲しみにくれている紬に相談するのをためらったが、いわないわけにはいかなかった。

 驚いた顔をしたあと「応援してるよ」といい、なにか思いを隠すようにしながらうなずいていた。

 

 防衛大学の志望倍率は高く、勉強に集中する日々がつづいた。さらに、生活費の足しにするためにバイトも始め、せわしない日々がつづいた。

 

 そんな中でも、朝食と夕食だけは紬ととるようにしていた。

 

「紬、また料理の腕をあげたな。この肉じゃがうんまいぞ」

 

「そう、よかった。兄さんはあんまり甘くないほうが好きみたいだから、味付けかえてみたんだ」

 

「なるほど、いわれてみると前と違ってるな、うん。紬はいいお嫁さんになれそうだな」

 

「お父さんみたいなこといわないよ。もう」

 

 紬は照れた顔をしたあと、微笑んだ。だた、そこに寂しさが含まれているのを感じた。

 

 父と母がいなくなってから、紬は一層家事をこなすようになった。俺も手伝おうとしたが「これはわたしの仕事だから」といって譲ろうとしなかった。

 以前あった気楽さがぬけて、固さを感じるようになった。

 俺の呼び方も「お兄ちゃん」から「兄さん」に変化していた。

 

 そんな紬との生活が続き、春が過ぎ、夏、秋、そして冬に入り受験日となった。

 

「それじゃあ、いってくるな」

 

「うん、がんばってね、兄さん」

 

 笑顔で送り出してくれる妹を見ながら、玄関を抜けて試験会場にむかった。

 緊張に身をつつまれながらも無事試験を切り抜けて、家に帰ると「お疲れ様」といいながら紬が出迎えてくれた。

 

 試験結果は無事合格となり、春から防衛大学に通うことになった。

 

「兄さん、おめでとう」

 

「ああ、ありがとう」

 

 紬が合格パーティーをしようといい、食卓の上には俺の好きなものばかりが並んでいた。

 あまりおしゃべりをせずに静かに食べるのがうちの食事風景だったが、このときの紬はやけに饒舌だった。

 

「防衛大学って神奈川にあるんだよね。遠いなぁ」

 

「学生寮での生活になるから、しばらく会えなくなるな」

 

「そしたら、わたし一人暮らしになるんだね。好きなことできちゃうな、ふふふ」

 

「おいおい、しっかりものの紬さんなら、いまとあまり変わらないだろ」

 

「そんなことないよ、わたしってけっこうズボラなんだよ。家事は手を抜くのがコツなんだよ」

 

「ほんとか、それは気づかなかった」

 

 笑いながら話していたが、紬は表情をくもらせると顔を伏せた。

 

「兄さんのいない生活なんて想像できないな。お父さんもお母さんもいないし……」

 

「紬……」

 

 俺はなんて声をかけようか迷っていると、紬が顔を上げた。

 

「ごめんね、変なこといっちゃって」

 

 紬は目の端を赤くさせ瞳をうるませてながら、泣くのをこらえていた。

 

「土日は帰ってこれるらしいし、夏季休暇は帰るから、あと、なにかあったらすぐに携帯電話に連絡いれろよ、なっ」

 

「……ふふふ、兄さんったらそんなに慌てておっかしーの、あははは」

 

 なだめようと口早に話す俺を、紬はおかしそうに笑っていた。

 

 4月になり防衛大学への入学日3日前となった。着替えや身の回りの品をいれたバッグを背負いながら、玄関前に立っていた。

 

「いってくるよ」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 手をふる紬を見ながら俺は、家を離れていった。

 

 電車とバスをのりつぎ横須賀にある防衛大学に到着した。敷地内にある学生寮にいき、自分にあてがわれた部屋に入った。

 

 部屋は8人部屋となっていて、人数分のベッドが並んでいた。

 1部屋に1~4学年が2人づつが割り振られる規則になっていて、聞いた話では先輩方にかなり厳しく指導されるそうだ。

 

「おっ、おまえ新入りか」

 

 ベッドに寝っころがり本を読んでいた男がこちらに気安い感じで声をかけてきた。

 

「はい、今日からお世話になります。榎本といいます。よろしくお願いします」

 

「そうかそうか、よろしくなー。おれは神埼っていう

 んだ」

 

 そういいながら男は手をひらひらと振ってきた。

 

「あの……」

 

「ん? どうした」

 

「ベッドに寝ころがっていると規則違反なのでは……」

 

「あー、そういえばそうだったね。まあ、固いこというなよ」

 

 神埼さんはどこ吹く風といった調子だった。

 寝るとき以外でベッドに寝ていると罰則が科せられると、規則に書いてあったはずだった。

 ただ、先輩にあまり強くいいづらく、それ以上追求しないことにした。

 

 それから時間がたち、部屋のほかの住人たちも戻ってきた。

 先輩方は厳しい訓練をつづけているだけあって、体つきが良く、顔つきもいかめしかった。

 

「榎本といいます。ご迷惑をかけてしまうと思いますがよろしくお願いします」

 

「おう、よろしくな」

 

 俺が先輩方に挨拶をしている横で、さっきのベッドに寝転がっていた男も挨拶をはじめた。

 

「どうも、先輩方。神埼っていいます。よろしくおねがいします」

 

 なんで、このひとまで挨拶してるのかと困惑しながら、ニコニコと笑いながら話している男をみていた。

 

「ふむ、今年の新入生たちはひょろいな。しっかり鍛えてやるから覚悟しろよ」

 

 先輩の一人がニカッと笑いながら話しかけてきた。

 

 (ん? “新入生たち”ってことは、まさか、コイツも新入生かよ!!)

 

 だまされたと思いながら神埼を見ると、口の端を引き上げニヤリと笑っていた。

 

 それからも、神埼には散々振り回されることになった。

 

「榎本君、行進は右手と右足同時に出すらしいぜ」

 

 神埼の言うとおりにしたら、教官から叱責の怒号が飛んできた。

 

「榎本君、あの教官の鼻よくみてみろ。ほくろから毛がはえてるぜ」

 

 教官の鼻の脇に生えているほくろをみると、ひょろっと長い毛が生えていて、おもわず吹き出して、教官からの怒号がとんできた。

 

「えーのもとくーん、日曜どっかいこうぜー」

 

 夕食を食べていると、俺の席の横に座った神埼が話しかけてきた。

 こいつは俺に絡んでくることがおおく、ざっくばらんに話す仲になっていた。

 

「いやだ。俺は用事があるんだ」

 

「なんだよ、つれねーなー。もしかして彼女に会ってくるとか?」

 

「ちげーよ。家族のところに顔をみせにいくだけだ」

 

「わざわざ週末にいくなんて、まめだな。夏休みにでもいけばいいだろ」

「うるせえな、いいだろ別に」

 

 ぶーぶーと口をとがらせながら神崎がすねていた。

 なにが、彼女だ。忙しくて、そんなの作ってるヒマねえよ。

 

 日曜日になり電車にのって家に向かっていた。

 帰れるときはなるべく、こうして家に向かうのが週末の日課になっていた。

 

 家の前に着き、チャイムを鳴らした。

 インターホン越しに紬の声が聞こえたので、名前を告げると、勢い良く玄関扉が開いた。

 

「おかえり!! 兄さん」

 

「ただいま」

 

 紬はあわててきたのか、上気し頬が赤くなっていた。

 2週間ぶりに見る我が家の中は、きっちりと掃除がいきとどいてキレイだった。

 

 中学生だっていうのに、ひとりで生活しててもだらけない紬はさすがだとおもった。

 

「なにかかわったことはなかったか?」

 

「ううん、ないよ」

 

 紬ははしゃぐように語尾をとびはねさせながら、上機嫌に返事をした。

 それから一緒に外出し、買い物にいき映画をみてから帰ってきた。

 

「あー、たのしかった。兄さん、晩御飯はなにがいい?」

 

「すまん、そろそろ帰らないと時間がやばい」

 

 一年次では外泊はできないため、門限までに帰らなくてはならなかった。

 

「そっか…… 次はいつ帰ってこれる?」

 

「うーん、訓練で遠出しないといけないから、1ヶ月はこれないと思う」

 

「えー、1ヶ月も!!」

 

「夏休みは帰ってこれるから我慢してくれ」

 

「ぶー、わかったよ」

 

 久しぶりに会った紬は、幼い言動と甘える素振りが増えた気がする。

 

 横須賀に戻ってくると、訓練に明け暮れる日々が待っていた。

 特に海での8kmの遠泳はきつかった。2週間前から本番に備えて徐々に距離を増やしていったが、練習中もおぼれそうになりながら必死で泳ぎきった。

 

 神埼は、おぼれたところをボートに乗って監視していた教官に助けられていた。

 医務室に見舞いにいったら「おぼれた振りすれば楽できるじゃん」とケラケラ笑っていたので、とりあえず頭を殴っておいた。

 

 厳しかった訓練が終了し、ようやく夏休みを迎えることができた。

 これで、帰省できると思ったが、校友会で参加している運動部の夏合宿のためほとんど帰ることができないことがわかった。初めは入るつもりはなかったが、防大生は運動部への参加が義務となっていることを後から知った。

 

 紬からいつ帰ってこられるのかというメールがきたが、期待を裏切るようで気が重かった。

 

 お盆になりようやく一週間程、家に帰ることができた。

 2ヶ月ぶりだというのに、ひどくひさしぶりだという感じがした。防衛大での生活はそれだけ濃かったのかもしれない。

 チャイムをならすと、数秒も待たずに玄関から紬が飛び出てきた。

 

「うお、ずいぶんと出てくるのが早かったな」

 

「うん、落ち着かなくて、玄関の前でまってたの」

 

「そうか、ただいま」

 

「おかえり」

 

 笑顔の紬を見ていると、家に帰ってきたんだという実感がでてきた。

 

 次の日、父と母の墓参りに出かけ、俺たちは元気に生活できていることを報告してきた。

 俺のとなりで墓にむかって手を合わせる紬は、普段見せない寂しげな雰囲気を見せていた。

 

 帰りにおはぎを買って、家に帰って二人で食べていた。

 

「兄さん、顔にあんこついてるよ」

 

「ん、そうか」

 

 どうやら、口の横にあんこがついていたようで手でぬぐおうとしたら

 

「ほら、とれた」

 

 紬が手でつまみとって、そのまま口に運ぶと嬉しそうに笑っていた。

 その笑顔をみて、心が揺さぶられざわつくような気がした。

 

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