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35. 逃走と後悔

「あーったく、うるせぇな」

 

 榎本はうるさそうに耳元をおさえながら、中学生ぐらいの女の子に近づいていった。

 

「榎本二等陸尉、作戦成功おめでとうございます!!」

 

「おー、ありがとありがと、おまえもいままでよくがんばってくれたな」

 

「そんな、もったいないお言葉です」

 

 女の子は顔を赤らめ、かけられた言葉を舌の上で転がすように味わっていた。

 

「もうひとつ、お前にたのみがあるんだ」

 

「はい!! わたしにできることならなんでもいってください」

 

「んじゃ、おまえの魔玉くれ」

 

「え?」

 

 榎本は困惑する女の子の胸に手を突き入れた。

 

「なんで? 榎本…さん…」

 

「いやあ、お前の能力なんだけどさ。勘違いしてたみたいだからいっとくけど、《防御》じゃなくて《偏向》な。お前は相手の攻撃を防いでいるんじゃなくて、別の方向にそらしていたんだよ」

 

 榎本は、つまらないものをみるように女の子と冷たい目で見下ろした。


 

「ひたむきにオレに従い、擦り寄ってくるおまえはお笑いだったよ」


 

 榎本の言葉をきくと女の子は目を見開き、涙をもらした。そして、チリとなった後には魔玉だけが残されていた。

 

「え、榎本二等陸尉、いったい何を!?」

 

「こーすんだよっと」

 

 突然の凶行に驚く白衣の男を無視して、新たに手に入れた魔玉を装置に取り付けた。

 

 次の瞬間、何かに吸い取られるような感覚に襲われた。

 

「ぐ、うううう」

 

 装置の近くにいた白衣の男たちが顔を蒼白にさせ、バタバタと倒れていき、警備にたっていた自衛隊員たちも崩れ落ちていった。

 

 その中で、榎本やギルドの勇者たちは問題なくたっていた。

 その様子をみた敷島隊長が大声で、榎本に呼びかけた。

 

「榎本、なにをした!!」

 

「なにって、マナの流入する力の方向をちょこっといじっただけさぁ。いままでは、異界から入ってきたマナの分だけ、こっちの世界のマナが異界に吸い込まれていたのさ。さけど、この装置で入ってきた異界のマナをそのまま異界にもどすようにパイプをつくってやってるのよ」

 

 困惑する敷島隊長たちにむかって、榎本は装置を指差しながら得意げに説明を始めた。

 

「んで、オレは考えたのよ。マナを吸い込む力自体を広崎の魔玉でいじれば、現界のマナも集められるようになるってさぁ」

 

 床に倒れ付すひとたちに一瞥をくれてから、喜びの声をあげた。

 

「実験はだーいせーこー。むしろ上手くいきすぎて、まわりの人間からマナをぎゅんぎゅん吸い出しちまったなぁ」

 

「おまえはなにがしたいんだ…… せっかく、世界からのマナ流出を止めることができたというのに!! それが今回の作戦の目的だったのだろう」

 

「ちがうちがうちがーう。もともとオレは他の人間がどうなろうがしったこっちゃねぇんだよ」

 

「ならば、一体なぜだ!?」

 

「なーんで、全部教えてやんなきゃいけねぇんだよ。でも、もうひとつおまえらに言うことがあったんだ」

 

 榎本は懐に手をいれたのをみて、全員が身構えた。

 

「おまえら、邪魔だから、ここで死んでくれや」

 

「総員、ヤツを仕留めろ!!」

 

 神埼局長が攻撃の指示をだすと、榎本に向かって能力による攻撃や銃弾が飛んでいった。

 

「はははは、むだむだむだぁ~」

 

 榎本が装置にとりつけられている魔玉に触れると、半透明な膜が現れた。

 前に見たときはドーム状に広がっていたが、いまは平板状になっていた。

 

「なんだと!?」

 

 全ての攻撃が跳ね返されて、こちらに戻ってきた。予想外のできごとに勇者たちはとっさに動けず、身を守るために防御姿勢をとった。

 

「氷壁よ、防げ!!」

 

 水無瀬さんがとっさに氷の壁を前面にはったが、すべてを防ぎきることはできず、氷の壁は砕け散り、自らの攻撃をその身で受けることになった。

 

「ぐ、ここは撤退する!! ケガが軽いものは負傷者を手助けしろ」

 

 敷島隊長がケガの痛みで顔をしかめながら、撤退の指揮をとった。

 

「おーっと、そうはいかないぜ」

 

 榎本が装置にふれると、部屋の中に次々と魔物が現れた。

 魔物は一斉に押し寄せ勇者たちを襲い始めた。

 敷島隊長がナイフで魔物を切り裂きながら、必死の叫びをあげた。

 

「くそっ、数が多すぎる。退路確保できないか!!」

 

「ダメだ、防御で手一杯でそんな余裕はない!!」

 

 怒号が飛び交い魔物と人が争う光景をどこか他人事のようにみていた。

 

 (葉月のいない世界でオレはなにをすればいいんだ)

 

 冷めた心とは裏腹に、生き残るために襲い掛かってくる魔物を叩き潰していた。

 

「くははは、いいザマだな。もっとおもしろくしてやるよ」

 

 榎本が哄笑をあげながら、懐から銀色に輝く装置をとりだした。

 次の瞬間、地面から土が隆起して、細くとがった針のような岩が勇者たちと魔物の区別なく貫いた。

 

 榎本の攻撃によって、防御陣形が崩れ、魔物たちが仲間の死体を踏み越えながら勇者たちに迫っていった。

 

「くそっ、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!」

 

 赤井が負傷した足をかばいながら、近づいてきた魔物たちに炎を浴びせかけていた。

 

 周囲は血と熱気、ひとの怒号や悲鳴にみちていた。

 

『ドカァッ』

 

 そこに扉を吹き飛ばしながらジープが中に入ってきた。進路にいた魔物を弾き飛ばしながら猛スピードで近づき、急ブレーキの甲高い音をたてながら目の前で停まった。

 

「おーまたせ。さあ、金城君たのむよ」

 

「全員、目と耳をふさいで!!」

 

 ジープから神埼局長と、金城さんがでてきて、金城さんの手から筒が空中に放り投げられた。

 次の瞬間、大音響と閃光が辺りに散らばった。


 言われたとおりに、目をつぶって耳をふさいだが、それでも目がチカチカし、耳がおかしくなっていた。

 魔物たちはもろに被害をうけたようで、目を押さえながらふらついていた。


「――――」


 声が聞こえず、敷島隊長が手振りで退却を示しているのを見て、全員が負傷した体をかばいながら建物から脱出していった。


 駐屯地内を駆け抜けながら周囲を見回すと、マナを吸い取られて意識不明となった自衛隊員たちが地面に倒れていた。


 自衛隊のジープを拝借し、駐屯地からギルド局まで脱出することができた。


 到着後、負傷した勇者たちの手当てのために金城さんや医療班が動き回っていた。

 比較的軽症ですんだオレは、負傷者の運搬などを手伝いながら駆け回り、いつのまにか時間は夜になっていた。


 ようやく一段落ついたところで、金城さんがコーヒー缶を渡してきた。


「お疲れ様、おかげで助かったわ」


「いえ、自分なんて全然……」


「そこ、すわっていいわよ」


「あ、はい」


 医務室の丸イスに座ると、金城さんがなにか意味ありげな視線を送ってきた。


「結城君は大丈夫?」


「自分はたいしたケガしてないので」


「ちがうわ、葉月ちゃんのことよ」


 その言葉をきき、オレはビクッと身を震わせた。


「葉月は、なんで、あんな……、オレはあいつのことを全然わかってなかったんでしょうね」


 自らが犠牲になることが望みだったなんて、おれには葉月の考えていることがまるでわからなかった。

 うなだれるオレに、金城さんが声のトーンを落として話しだした。


「実はね、以前から葉月ちゃんとは知り合いだったのよ」


「え?」


「フードを被って顔をかくしながら、ある日わたしのところにきてね。異相境界の発生場所を教えてほしいっていってきたの。それから、協力関係を結んでたわ」


 突然の告白に頭がフリーズしながら、金城さんの話をきいた。


「彼女、がんばってたわよ。異相境界がでたときいたら西に東にとんでいって、彼女のおかげでつぶせた数はかなりの量になるはずよ。能力の使いすぎで身体はぼろぼろになっていたけど、それでもなにかに取り付かれたように動き回っていたわ」


 おれの知らないところであいつがそんなことをしていたなんて……


「あなたもしっての通り彼女かなりの無口でね。事務的なこと以外のことはあまり話したことがないけど、ひとつだけ聞いたことがあるのよ」


 オレは黙りながら続きをきいた。


「自分の身をけずりながらなんで戦うのかってね。そしたら、『自分は罪を犯した。だからこうしなきゃいけない』って固い声で話していたわ」


 まさか、あいつは両親を死なせたことをずっと気に病んで、自分を犠牲にすることが正しいこととでも思ってやがったのか。


「……あんのバカ野郎が。いや、バカなのは俺もか」


 おれは、葉月や両親を助けに行かなかったことを責められることが怖くて、あいつを助けていれば許してもらえると思っていた。

 あいつはあいつで自分のなかの罪悪感から逃げるために、自分という存在がなかったことにしようとしていた。

 結局、オレたち兄妹は一緒にいたのにまるで互いのことを見ず、自分の感じていることを話そうともせずに、自分のことしかみてなかったんだなと実感した。


「くそっ、いまさら気づくなんて、いいたいことは山ほどあるのにな。全部手遅れだなんて!!」


 にぎりこぶしで膝をたたくオレに、金城さんが声をかけてきた。


「葉月ちゃんなんだけど、たぶん生きているわよ」


 身体なくなってんのにそんなわけないだろうという言葉が口からでそうなったところで、金城さんが言葉を続けた。


「魔玉っていうのは、魔紋のみならずそのひとが持っていた情報をすべて封じ込めたものなのよ。葉月ちゃんの魔玉を遠目で見た感じ、生きているひとと同じようなマナの動きをしていたわ」


「じゃあ、葉月はあの状態のまま、意識を保ってるって言うのか!?」


「意識のあるなしはわからないわね。植物人間のように生命活動をしているだけなのかもしれないし」


 もし、意識があるっていうなら、あいつはいまなにをみているのだろうか……

 もしも意識があるってんなら思いっきり怒鳴りつけてやろうと強く思った。


「なやんでるところ悪いんだけど、榎本のバカはとめなきゃならないわ。あいつのやっていることのせいで、マナをすいとられた人間がばたばた倒れてるからね」


 ギルド局内でも、能力者でない局員は顔色が悪く、まともに動けているのは能力者である勇者ぐらいだった。

 そして、局長からギルドの全勇者への召集がかかった。 

 

ようやくエピローグまでの道筋が決まりました。2,3日おきに投稿していきます。

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