34. 願いのかなうとき
作戦前日、気分が落ちつかなかったので、駐屯地の広場にたって夕日をながめていた。あたりは夕日がさして真っ赤になり、両親が死んだあのときと似ていた。
「やっと見つけた!!」
栗色のパーマがかかった小柄な影がこちらに近づいてくるのがみえた。
「……広崎」
「広崎さんでしょ。あんたより2つも年上なんだから」
鼻息荒くこちらに詰め寄ってきた。
「あんた、明日の作戦に参加するってホント?」
「……うん」
「わたしに作戦の内容を知らされたのは一週間前だったわよ。なのにあんたはその前からずっと知ってだなんて!!」
地団駄を踏みながら言葉を荒げた。
「最近じゃ、榎本さんはあんたとばっかり話してて、わたしが話しかけても冷たいし…… ねぇ、榎本さんと何を話してるのよ」
「……実験のはなし」
さっきから広崎は、ひとりで怒ったり悲しんだりして表情がくるくると変わっていた。
「ほんとに、それだけ?」
「……うん」
「そう、そうよね。あんたなんて、ちょっとめずらしい能力があるから利用されてるだけなのよね。わたしは、榎本さんに直接スカウトされて、そのあともわたしの話を聞いてくれて親身に相談に乗ってくれたのよ」
広崎は安堵のため息をついた後、自慢するように話しだした。その目は、妄執めいた光でぎらついていた。
「……だいじょうぶ」
「なにがよ?」
「……榎本さんを、奪ったりなんかしない。作戦がおわったら、わたしはいなくなる」
「ふ、ふうん、そうなの。それならいいわ。短いつきあいだったけど、いなくなってすっきりするわね」
目を伏せたあと吐き捨てるようにいうと、広崎はおおまたで足早に離れていった。
いままでも会うと、噛み付いてくるように話しかけてきて、最後になにかいいたげにこちらをにらんでから去っていくのをよく見た。
(結局、なにがいいたかったんだろうなぁ)
その姿をみるのも明日で最後だとおもうと、寂しく感じた。
作戦当日となり、装置が設置されている建物にはいった。
中は広く、うちっぱなしのコンクリートに覆われた殺風景な見た目のせいで、よけいに無機質な感じがした。
部屋の主である装置は、実験のときに使用したものより大きく、何本ものケーブルがうねっている姿はまるで怪物のように見えた。
部屋の中では、防衛研究所の研究員が装置の最終チェックのために慌しく動き回っていた。
装置前にいた榎本さんが、わたしに気づいて声をかけてきた。
「よう、葉月、体調は万全か~?」
「……問題ない」
そこに、頭の禿げ上がった男が、中年太りの腹をゆらしながら近づいてきた。
「榎本二等陸尉、失敗は許されんぞ、この作戦が失敗すればまわりから何をいわれるかわかったもんじゃない」
「ご安心ください、幕僚長。すでに何度も実験による検証は行われています。むしろ、失敗するほうが難しいというものです」
「ふん、ならばいいが…… 能力者などに頼らねばならぬとはな。まったくいまいましい」
こちらをにらみつけたあと、護衛の自衛隊員をともなって建物から出て行った。
「まったく、自分たちは安全な場所から見ているだけのくせに偉そうに~」
榎本さんの横にいた広崎が、出て行く男の背中に小声で悪態をついていた。
「いーんだよ、ありゃあ、ただのスポンサーだ。こっちのやることを邪魔さえしなけりゃ構わん」
「さっすが、榎本二等陸尉!! 懐が深いです」
広崎が榎本さんの顔を、憧憬のまなざしで見上げていた。
「おっ、ギルドの連中もきたみてえだな」
榎本さんの声につられて、入口の方をみると戦闘服に身をつつんだギルド局の人間が入ってきた。
「どうして、あんな連中まで呼んだのでしょうか?」
「あー、それは、念のためさ、念のため」
敵意をぶつけるように広崎はギルドの人間をにらみ、榎本さんは何か含みのある言い方で返事をした。
入口のほうからはいってくるものたちの中に、兄を見つけた。
どこか警戒するように周りに視線をくばっていて、やがて、わたしの存在に気づいたようだ。
眉根をよせながらこちらをじっと見つめていたが、とくになにかしてくる様子はなかった。
「榎本二等陸尉、装置の最終チェックが完了いたしました」
「そうか、ご苦労。んじゃあ、ひとも集まったみたいだし始めるか~」
研究員の報告をきくと、榎本さんは装置の前に陣取った。
「さて、さて、みなさん。これから作戦を実行します。本作戦は通達したとおり、異相境界を意図的に発生させたのち、この装置でぇ、半永久的に固定させます。そうすることで、異相境界の発生地点はこの場所だけになります」
榎本さんは装置を指さしながら説明を続けた。
「魔物がここに集中するんじゃないかって? だいじょうーぶ、問題なーし。異相境界の発生と同時に魔物の発生原因となる、異界のマナの流入を操作します。それを可能とするのが、結城葉月の空間操作能力です」
まるで演劇の役者のように大仰なしゃべり方をしながら、わたしの頭の上に手をおいた。
「さあ、めんどうな説明はこれぐらいにして、装置の起動といこうじゃないかっ!!」
榎本さんはニヤリと笑みをうかべた。
(やっと、このときがきた。これでわたしの願いがかなう)
わたしは、待ち望んだときを迎えて自然と笑みが浮かんだ。
榎本さんがわたしの方をむきじっと見下ろしてきた。
「分解」
榎本さんの声とともに手が胸のなかに突き入れられた後――
わたしの体はチリとなりこの世から消え去った。
●○●○●○●
うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ
オレは目の前でおきたことを信じられなかった。
作戦当日となり市ヶ谷駐屯地の隣にたてられた、建物の中に入った。
中には巨大な装置が置かれ、白衣をきた人間たちが装置をいじる前で、榎本と葉月が立っていた。
榎本の説明が終わり作戦が開始の合図がだされると、葉月がかすかな笑顔を浮かべているのがみえた。
二人で生活するようになってから、あいつの笑顔なんてみたことがなく、その表情にはどこか危うさを感じた。
榎本が葉月の胸に手を突き入れた瞬間、葉月の体がチリになり、空気のなかに散っていった。
そして、乳白色に光るゴルフボール大の球体が榎本の手に握られていた。
「おーし、成功だ」
榎本は球体を満足そうにみつめ、装置のくぼみに球体をはめこんだ。
「おまえらー、いいぞー、装置を起動しろ」
「了解しました」
榎本の言葉をうけて白衣の男たちが慌しく動き始めた。
その様子をまるで映画のスクリーン越しにみているようで現実感を伴っていなかった。
(葉月、葉月は、どこに……)
視線をあたりにさまよわせても葉月を見つけることはできなかった。
「おい、結城しっかりしろ!!」
隣で敷島隊長が声をかけてきているのが聞こえたが、ノイズのように意味のない音にきこえた。
「反応炉内マナ濃度上昇」
「魔石の状態に注意しろ」
「問題なし、続行する」
「マナ濃度、目標値まで上がりました」
「よし、魔玉へのマナ供給を開始しろ」
「了解、供給開始」
次々に言葉が飛び交う中、葉月からとりだされた球体が乳白色からにごった赤色に染まっていった。
「魔玉へのマナ供給安定」
「次の段階に移行する。異相境界開け」
空間がきしむような音をたてると、いままで見た中でどれよりも大きな異相境界が装置の前に出現した。
ギルド局の勇者たちは、異相境界をみて身構えた。
「異相境界出現、魔玉の使用開始」
異相境界に干渉するように空間の揺らぎが生じた。
「魔玉の出力増大中」
「まだだ、異相境界からのマナの流入が止まるまで、出力を上げろ」
球体からの発光が増し、異相境界の近くの空間が捻じ曲がっているように見えた。
「マナの流入消失」
「流出量はどうだ!?」
「異界のマナ流出を確認。現界のマナ流出はありません!!」
「諸君、やったぞ、われわれの技術の勝利だ!!」
白衣の男たちはわっと歓声を上げた。
満足気に口元をゆるめる榎本によろよろと詰め寄った。
「おい、てめぇ。葉月になにをしやがったぁ!!」
「ん? いま長年の努力が報われている瞬間なんだよ。水をさすんじゃあねえよ」
「んなこたぁしるかよ!!」
「あー、やれやれ。周りの空気をよめないおこちゃまはいやだねぇ」
榎本は腕を広げ首をふって、呆れたような表情でこちらを見下ろした。
「まーったくしょうがないな、いまのオレは気分がいいから特別におしえてやろう。結論! 君の妹ちゃんはこの世からいなくなりましたぁ、あはははははぁっ」
「は? うそだろ……」
「ホントほんと、ああ、でもあの装置についてる球体、あれだけは残ったなぁ。というより、妹ちゃんの存在意義はあの球体にあるんだよなぁ」
榎本は嗜虐的な笑みを浮かべながらこちらをみていた。
「あの球体はなぁ魔石の一種だ。といっても、そんじょそこらのものとちがって、体内に広がっていた魔紋も一緒になった完全な魔石、研究者連中は“魔玉”なんて呼んでたぜ」
「魔玉つくるの、ホンット苦労したんだぜぇ。運んできた能力者を実験体にして、オレの能力《滅壊者》でさぁ、体を分解したとき魔紋をのこしたまま魔石だけを取り出すのを何度も練習させられたんだよ。コツは、植物の根っこをぬきとるイメージでいくことさ」
「なんで、なんで…… 殺す必要があった」
「そりゃお前、体内に入ったままだと、能力者のマナが尽きたら能力がつかえなくなるだろ。だから、魔玉を抜き出して装置からマナの供給をしたら、使いつづけられるっしょ」
まるで、できの悪い生徒をみるように榎本はこちらをみていた。
「満足したか? あー、上手くいってよかった。これでも失敗しないかドキドキしてたんぜぇ」
こちらの顔を覗き込んだ後、装置のほうに向き直り満足気にみていた。
「葉月は…… 葉月は道具なんかじゃねぇ!! ちゃんと自分の意思をもった人間だ!!」
「そりゃ間違いだ。妹ちゃんいってたぜ。『世界のための歯車となるのが自分への罰。これが自分の願い』ってなぁ」
怒鳴り声をあげるオレに、榎本がしたり顔で妹の願いを口にした。
「……うそだ」
「は? なんだって」
「うそだぁぁぁぁ!!」
おれはその場でひざをつきうなだれた。
自分を道具のように扱い、自分を自分でなくすことが、あいつのやりたかったことだったなんて信じたくなかった。
書き溜めた分がなくなったので、続きができ次第投稿していきます。




