31. 父の遺したもの
ギルド局の研究室の奥にある班長室にて、片手にもった携帯電話に向かって話しかける白衣をきた女性の姿があった。
『装置の製作は順調かしら?』
『進行度50%ってところだな。おまえの注文細かすぎんだよ。技術者連中がヒーヒーいいながらなんとかやってるぜ』
『あら、それをなんとかするのが榎本くんの仕事でしょう』
『チッ、簡単にいってくれるな。お偉いさんに話しを通すのに苦労してるんだぜ』
『さすが、お役人様ね。防衛省のエリートはちがうわ』
『うるせえな。それじゃあ、金城、切るぞ』
『ええ、またかけるわ』
携帯電話の通話をきり、ふぅと息をはいてから、机の前に置かれたありふれたデザインの回転イスにすわると、ギシリと音をたてた。
(父さん、もう少しで装置が完成するよ)
いま防衛研究所と手を組んでつくろうとしている装置は、もともとの設計は父が遺したものだった。
わたしが、そこに手を加えて、榎本たちに作らせている。
魔物災害の原因となった物理学者の円城洋一が私の父であることは、神埼局長や榎本などごく一部の人間にしか知られていない。
父のことは嫌いだった。家庭のことを顧みることはなく、来る日も来る日も研究に明け暮れて、たまに家に帰ってきてもしかめっ面をしたままで会話はなかった。
そんな父に愛想をつかした母は私をつれて家を出て行った。
だけど、わたしは父のもとにたびたび訪れていた。父が私の持っていた不思議な能力を必要としたためであった。
物心ついたときから、自分がみた人間の体のなかに乳白色をした光のようなもの動き回っているのが見えているのを感じていた。子
供や若い人は、その光が多く、老人は少なかった。また、人によっても光の分布の仕方も違っていた。
あるとき、父に私の見ているものの話をすると驚いた顔をしたあと、いつものしかめっ面からは想像できない喜んだ顔をした。
「加奈子、それは人体に宿っている“マナ”だ」
その後、父は楽しそうに私に自分のしている研究内容を話し続けた。父の世界にはじめていれてもらえた気になって、父の喜ぶ顔がみたくて研究を手伝うようになった。
父の家系は代々マナに関する研究を行ってきていて、生物にとって必要不可欠な要素であるマナについて、父はその存在理由と利用法について探ろうとしていた。
ある日、いつもみているマナとはちがった性質のマナをみたことを父にいった。
そのときの父の喜びようは尋常じゃなかった。
「やはり、あったのだな。異界のマナは!! 現界と異界のマナを対比することができれば、研究がさらに進むぞ!!」
長年探していたものをみつけた父はさらに研究にのめりこむようになった。
そして、父は異界のマナを観測するための装置を作り上げた。
「見ろ、加奈子。これが異界のマナだ」
顕微鏡のような形をした大型の装置を覗き込むように促してきた。
装置のてっぺんに取り付けられたレンズを覗き込むと、深い赤色をしたもやのようなものが見えた。
「これが異界のマナ……」
「そうだ、こちら側の生物がもっているマナとは異なる性質をもっている。環境がことなればマナもまったく違ったものとなる、実におもしろいな」
父はわくわくした様子でまるで子供のように目を輝かせていた。
ある日、研究所にいくと父がえらい剣幕で怒っていたことがあった。
「あのわからずやどもが、これがどれだけ偉大な研究かわからないのか!!」
物理学会で異世界のマナをエネルギーとして利用することを発表したが、一笑に付されたらしい。
父は怒りを原動力にするように、なにかの装置を作り始め、私も手伝った。
「父さん、これはなんの装置なのですか?」
「これはな、バカどもにもわかりやすく異世界の存在を見せるための装置だ。楽しみにしてろ、世界をあっといわせてやる」
3ヵ月後、装置が完成し、父はマスコミに周知して公開実験を行うことになった。
実験当日、私ははずせない用事があったためいくことができなかった。
そして、実験後、父さんは死に、魔物が世界にあふれるようになった。
事件後、父の遺体はみつかることもなく、行方不明者の一人に数えられた。
「父さん、確かに異界の存在は世界中の人間が骨身にしみるぐらいわかりやすい形で知らされましたね」
私は、イスの背もたれによりかかりながら父のことを思い出し、薄笑いを顔にはりつけながらひとりごちた。
「今の状況も私のせいでもあるのよね。せめて魔物の被害をなくすぐらいはしないと……」
くすぶり続ける罪悪感に顔をしかめながら、ふと、昼間会った結城君の妹を心配する姿を思い出した。
「あの子にはつらい思いをさせるだろうね。希望を持たせるようなことをいったけど、結局葉月ちゃんは……」
自分のしていることの残酷さを思い、自虐的な笑みをうかべながら、薄暗い天井に目を向けた。




