3. レベルアップ
授業がおわると、学校からでたオレはギルド局の方に向かった。
未成年が勇者になった場合、基本的に学業のほうを優先していいようになってる。そのため、ギルド局に寄るのは、週一で行われる訓練のときと緊急出動のときぐらいだ。
今日は、先日の任務についての連絡があるらしい。
ポケットに入れていた局員証を首からぶら下げ、ギルド局入口のガラス扉を押し開けて建物に入った。
ミーティングルームに入ると、すでに先客が2名いた。
「おそい!!あんたが最後よ」
「お疲れ様、学生は大変ね~」
「ウッス」
そこには、目を吊り上げた赤井花梨と、垂れ目で微笑をうかべた柊由美がイスに座ってこちらを見ていた。
赤井はオレと同じように学校からよってきたので制服姿だったが、柊さんは勇者のほかにギルド局員も務めているのでギルドの制服を着ていた。
オレは一瞥をくれてから、短く返事をして入口近くのイスに座った。
「よし、そろってるな」
そこにギルド局員の制服姿の敷島隊長が入ってきた。
敷島隊長は勇者小隊03を率いている隊長だ。
部屋の壁にかけられたホワイトボードの前に立って話しはじめた。
「2つ知らせがある」
「まずは、お前らの任務達成率が評価されて小隊のレベルが3にあがったぞ」
「それじゃあ、給料も大幅に上がるんですね!!」
赤井が身を乗り出して喜んでいた。敷島隊長が苦笑しながら答えた。
「そうだな、だが、次からはさらに危険な魔物が出現する任務となるから気を引き締めていけよ。さて、もうひとつは、おまえらが討伐した魔物の倒し方について研究班から苦情がきているぞ」
「それ、亮介のせいでしょ。だから、もっときれいに倒せっていってるのよ」
「結城もだが、赤井、おまえもだ。炭化した死体をよこされても研究資料にならないと苦情がきているぞ」
さきほどまで威勢のよかった赤井は、身をちぢこませていた。
「だとさ、キレイにたおせよな」
「あんたにいわれたくない!!」
「みんな、元気があっていいわね。わたしは治療しかできないからうらやましいわ」
「はぁ…… おまえら、もうちょっと緊張感もてよ」
いつもどおり、小隊のミーティングは騒がしかった。
今日はミーティングだけで終了となり、宿舎に帰った。
「ただいま~」
「……おかえり」
妹の葉月が抑揚のない声で返事を返してきた。
昔は元気すぎるぐらいで、両親に落ち着きがほしいといわれていたぐらいだったが、今では無表情で常に半眼となっていて何を考えてるかよくわからなかった。
両親を魔物の襲撃によって亡くしてから、東京まで避難してきた。偶然能力に目覚めたオレは、ギルドに入れば給料や住むところが提供されるときいて入隊した。それ以来、妹と一緒にギルドの宿舎に住むようになった。
最近、挨拶以外でこれといった話を交わしていないのでなにか話題を振ることにした。
「なぁ、学校は問題ないか」
「……うん、問題ない。むしろ、兄さんのほうが、たいへんそう」
「うっ、いいンだよ。もう慣れたから」
今日の食堂でのこともそうだが、オレは周囲から浮きまくっている。
能力者ということで因縁をつけてきた上級生がいたが、オレがなぐるとミンチになるので、地面を蹴りつけてクレーターをつくって脅してやった。
すると、あっという間にウワサが広まり、もともと避けられ気味だったのが、恐怖の対象なるのに時間はかからなかった。
「……兄さんは、どうして、学校にいくの?」
「まあ、こんな世の中でいまさら行く必要なんてねえンだろうな。だけど、ちっとはまともにやってるって親父たちにいえるようにしておきたいからな」
「……そう」
葉月はうなづくと、居間の写真立てに飾られた両親の写真をみた。
●○●○●○
いつもどおり学校に行き授業を受けていたら、街中にサイレンが響きわたった。
「魔物が現れた!!全員廊下にならべ。シェルターに避難するぞ!!」
黒板の前で授業していた先生が指示をだすと、クラスの人間は馴れた様子で廊下に並び始めた。
週に1回程度の頻度で魔物の出現があり、学園の敷地内に設置されたシェルターに避難するように、生徒たちは訓練を受けている。
シェルターは地下につくられており、階段を下って入口の分厚い鉄の扉をとおった先にある。中は打ち放しのコンクリートで囲まれ蛍光灯の明かりで満たされただだっぴろい空間となっている。
シェルター内に移動した生徒たちは、クラスごとにかたまって友人とおしゃべりをしていた。
わたしは体育座りをしながら美里と話していた。
「いまごろ、リョースケ出動してるんだろうなぁ
」
「……そうだね」
「大丈夫だよ、リョースケ強いから、魔物なんかに負けねえよ」
「……うん」
美里が励ますようにいってくれた。
●○●○●○
教室で机にむかって授業を受けていると、携帯電話がなりだしギルド局からの連絡が入ってきた。
「すんませン、先生、出動要請がきたので早退します」
「む、そうか、いいぞ」
学校をでて、急いでギルド局に向かおうとしたら赤井と一緒になった。
「今日はレベルアップしてから初めての任務ね」
「足ひっぱんじゃネえぞ」
「あんたこそ、邪魔するなら燃やすわよ」
走りながらイヤミを返していると、ギルド局に到着した。
更衣室のロッカーに入っている戦闘服に着替えて、武器庫に保管されている六角棒を取り出し肩にかついで、ブリーフィングルームに向かった。
「よし、全員そろったな。局長、勇者小隊03そろいました!!」
敷島隊長がオレたちを確認したあと、部屋の一番奥に立っている細身でメガネをかけた男に報告した。
「ちっがーう!! ギルドマスター、またはギルマスと呼べといっているだろうが」
敷島隊長を指差しながら大声を出しているのが、東京支部のギルド局長の神埼さんだ。
聞いた話では、ギルド局は防衛省にいた神埼さんが立ち上げたものらしく、“ギルド”や“勇者”なんていうふざけたネーミングをしたのもこの人らしい。なんでも、そのほうが市民からの受けもいいだろうという理由からだそうだ。
ほどなくして、隊員がすべてそろい、ゴホンと咳払いをしてから神埼局長が説明をはじめた。
「それでは、今回出現した魔物について説明する。ゴブリン、トロール数体が偵察によって確認された。勇者小隊3隊で連携し魔物を引き離しながら各個撃破していけ。なにか質問はあるか」
説明が終わると、神埼局長が部屋の中を見回した。
「ないようだな。ではすぐに向かえ」
隊員たちは足早に部屋をでると、移動用のジープに乗り現場に向かった。
向かった先は、オフィスビルが並ぶ地区だった。あたりは建物の窓ガラスが割れ、折れ曲がった道路標識など魔物が暴れた形跡がみられた。
周囲は武装した自衛隊が車両などをつかって、通りをふさぐようにバリケードをつくり、銃を構え厳戒態勢で臨んでいた。
敷島隊長が、現場の指揮官に敬礼しながら話しかけた。
「勇者隊到着しました。魔物の処理を始めます」
「ああ、ご苦労さん。じゃあ、後はまかせたよ」
指揮官の男はぞんざいな調子で返事をした。
勇者小隊が現場にはいっていくなか、こちらをにらんでくる自衛官がいた。
「チッ、おいしいところだけもっていきやがって」
なかには聞こえるような声で、舌打ちしながら陰口を叩くやつもいた。
魔物に対して銃火器は効果がひくく、1体の魔物に対して集中攻撃をくわえるか、ミサイルなどの高火力によって街ごと焼き払うことでなんとかトドメをさすことができた。
一方、勇者の攻撃は物理やその他の手段を問わず、ダメージを与えやすいということが判明した結果、自衛隊が足止めをして、勇者隊が魔物を倒すという流れができあがった。
そのせいか、勇者隊と自衛隊との仲はあまりよろしくない。
「みんなー、おそいよ」
そういって、こちらに近づいてくるのは勇者小隊01所属の《ラビット》こと卯野奈菜だ。
聴力強化の能力をもっていて、今回のように敵の位置の把握など斥候役を担うことがおおい。
なによりも目をひくのが、ふわふわのパーマがかかった茶髪の上に生えているウサギ耳だ。身体強化系の能力者は、発動時にこうした肉体の変化が現れるものが多い。
「魔物は、近くにトロール1体とゴブリン3体が固まっていて、ほかは散っているよ」
敷島隊長が報告を聞き、あごの無精ひげをなでると、指示を出し始めた。
「ふむ、小隊01と02は、近くの魔物の対処を頼む。小隊03は周囲の探索をし、状況の確認をしていく」
「了解した」
小隊01と02の小隊長がうなずいた。
他隊員たちと別れてオレたちはオフィス街の探索にむかった。
「オレが先行して周囲の索敵を行う。おまえらは後からついてこい」
そういうと、敷島隊長の気配が薄くなった。
敷島隊長の能力《忍者》は、気配を薄くし敵に気づかれにくくすることができる。周囲の状況の確認のために、敷島隊長が先行するのがうちの小隊のパターンとなっている。
敷島隊長がビルの横の薄暗い小路にはいり、周囲の確認をしたあとにハンドサインを出し前進した。
息を殺しながら、周囲の探索を進めていくとなにかが暴れる音がきこえてきた。
建物の影から道の先をのぞくと、店頭のガラスが叩き割られたコンビニ内に魔物が入り込み、店内の商品棚を荒らしまわっていた。
魔物はゴブリンのほかに、灰色のつるりとした肌をむきだしにした身の丈3mを超す巨体をもつトロールもいた。
「前方のコンビニにトロール1体、ゴブリン3体を確認、他小隊との合流まで待機」
敷島隊長の命令を聞き、オレたちはコンビニ内の食料を漁る魔物たちの様子を物陰からじっと見ていた。
『こちら小隊03、トロール1体とゴブリン3体を発見、応援を求む』
『こちら小隊01および02、魔物の処理が終了したのでそちらに向かう』
敷島隊長が無線で連絡をとり、他の小隊が到着するのをまった。
そのとき路地のほうから、男の叫び声がきこえた。
「だれか、た、たすけてくれぇ!!」
背広をきた中年男性が2体のゴブリンに追いかけられて、必死な形相で路地を走っていた。
男の声に反応したのか、コンビニで暴れていた魔物も路地にでてきた。
(チッ、まだ逃げ遅れた民間人がいやがったか)
オレはおっさんを助けるために路地に飛び出していった。
「オイッ!! 待て、結城!! クッソ、赤井、柊、結城の援護をするぞ!!」
敷島隊長の声が聞こえたが、構わず突き進んだ。
「オッサン、そのまま走れ!!」
「き、きみは!?」
急に姿を現したオレにとまどった様子のオッサンの横を通り過ぎ、おいかけてきたゴブリン1体に六角棒を頭から振り下ろしてつぶした。
もう1体残っていたゴブリンは警戒するように距離をとり、さらにコンビニにいたゴブリンとトロールが迫ってきていた。
オレは六角棒を構えて相対しようとしたとき、前方の地面から炎の壁が噴出すように現れ、あたりは熱気につつまれた。
「ちょっと、アンタなに一人でつっこんでんのよ!!」
赤井が怒鳴りながらオレのうしろに立っていた。
ゴブリンは炎の壁をみて、こちらにくるのをためらっている様子だ。
後ろから敷島隊長が怒鳴り声をあげた。
「説教はあとだ。いまは、他の小隊がくるまでもちこたえるぞ!!」
さっきまで逃げていたおっさんが、戸惑うようにこちらに声をかけてきた。
「あ、あなたたちは?」
「我々はギルド局東京支部所属の勇者だ。そこのみちをすすんでいけば自衛隊が待機している。すぐにこの場を離れなさい」
敷島隊長がおっさんにに声をかけると、おっさんはぺこりと頭を下げた後逃げていった。
『ヴオオォォォ』
とりあえずおっさんを逃がすことができ一安心とおもったところで、トロールが炎の壁を突っ切ってきた。体の表面から煙をだし、あちこち焦がすのも構わず突っ込んできたようだ。
「クソッ、赤井は炎を維持、柊は射撃を開始しろ!!」
敷島隊長と柊さんが持っていた自動小銃を構え、ダダダダッと銃声を響かせながらトロールにむかって撃ち込んだ。
しかし、銃弾はトロールの灰色の表皮にはじかれるだけでけん制程度にしかならなかった。
トロールは体に当たる銃弾をうっとうしそうにしながらも近づき、丸太のような腕を振り下ろしてきた。
「グゥッ」
オレは前に出て、六角棒を盾にしてなんとか受け止めた。
ズシンという衝撃が体中に響き、腕がしびれ腰が砕けそうになった。呼吸を乱しながら、トロールから視線をはずさないようにした。
そこに、もう一体のトロールが炎を越えてやってきた。
「うっそだろ!? くそが!!」
オレは覚悟を決めて六角棒を構えた。