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29. もろい決意

 葉月がかえってこなくなった宿舎の部屋で、ソファーに足を放り出しながら寝そべっていた。

 顔を上げると、棚にかざれれている両親や葉月と一緒に写った写真が目に入った。

 写真の中の両親と葉月は幸せそうに笑っていて、そのとなりで仏頂面をしているオレが立っていた。


 この写真は、パスケースに残っていた唯一の家族写真で、葉月にわたしたとき食い入るように見ていた。

 居間に写真立てにいれて飾るようにしたら、毎日写真をじっと見るようになった。


 写真を見ていると、あの平穏で退屈な日々から別れることになった日のことが頭の中に浮かんできた。




 あの頃のオレは、なにをするにもイライラし、とくにこれといったことをやることもなく日々をすごしていた。

 学校で教師に服装を注意されたのが気に食わなく、授業をサボって繁華街をぶらぶらしていた。


(あー、くそっ、頭に整髪料つけてるだけでねちねちと注意してきやがって、うざってぇ)


 肩をいからせながら歩いていると、通りの先で悲鳴となにかが暴れている音が聞こえてきた。


(なんだ、ケンカか?)


 立ち止まり警戒していると、サラリーマンや主婦っぽいおばさんが必死の形相で走って逃げてくるのが見えた。


 逃げてくる人々を追いかけて、“ソレ”はでてきた。


 緑の皮膚をした子供のような体格の化け物や、3mはある巨体な化け物だった。


(あいつらは、この前テレビでみた化け物!? だが、この前出現した怪物たちは駆逐されたはずだ)


 頭は混乱し、どう動くべきかわからず体が硬直しながらも、暴れる化け物を凝視していた。


「やめろやめろ!! はなせ!! イダイダイダイダイ」


 そいつらは、捕まえた人間をまるでおもちゃのように手足を引きちぎり頭からむさぼっていた。


「ヒッ」


 口から血をしたたらせる化け物と目があってしまった。

 硬直が解け手足をばたつかせながら、一歩でも前にでようと必死に走った。


 路地裏をぬけじぐざぐに道をはしっていたら、なんとかやつらをまくことができた。


 他の街に通じる国道を歩いていると、同じように逃げてきた人たちで道に列ができていた。

 逃げている最中、街の方から銃声が聞こえ、あたりには火事の煤や煙が立ち上り、騒然とした空気に包まれていた。


 しばらくあるいていると、道は土嚢で防塁が構築され自衛隊の車でふさがれていた。

 土嚢の後ろには多くの自衛隊員が、銃をかかえながら道の先を監視していた。


 前を歩く人たちについていくと、自衛隊の人に簡易的な避難所となっている広場に案内された。

 助かったと思いその辺の地面に腰を降ろした。周囲には逃げてきたひとびとが疲れた顔をして座っていた。


 座っている間も、たえず銃声と爆発音がきこえてきて、気が気ではなかった。

 夕方になったころ、自衛隊のジープが到着し避難所にいた人々はとなり街の各避難施設に送られた。


 おれは小学校の体育館におくられ、そこでようやく銃声も悲鳴も聞こえない場所に逃げてこられたんだと安心することができた。


 すると余裕もうまれたのか、街にいた家族のことを思い出した。


(そういえば、親父やおふくろ、葉月はだいじょうぶなのか)


 今日は、親父が一ヶ月ぶりの休みだといってたし、おそらく全員家にいたはずだ。


 気になりはしたが、またあの地獄のような場所に確認にもどる気にはとてもなれなかった。


 いつの間にか寝ていたのか、差し込んできた朝日で目が覚めた。


 外で避難者のための炊き出しがおこなわれているようで、いいにおいがただよってきた。

 体は正直なもので、昨日の昼からなにも口にしていない体は食べ物を要求するように腹がなった。

 オレは立ち上がって避難者たちの列にならび、おにぎりと豚汁をうけとった。


 近くに設置されている長テーブルの前にすわって、他の避難者とまじって食事をとった。


 腹もふくれて少しは余裕もでてきて、周囲をみまわしてみた。

 みんな着のみ着のままでにげてきたようだった。

 親子で無事逃げ延びたひとたちは家族で固まっていて、つかれた表情をしているが穏やかな雰囲気でいるようにみえた。


 体育館にもどり食休みでもしようかとしたとき、すみの暗がりの方にに見知った顔をみた。


「葉月!? 葉月じゃないか」


 体育館の隅の方で、膝をかかえるように座っていた。

 無表情のまま、その目は虚空に向けられていた。


 おれの声に反応したのか、ゆっくりとこちらに顔がうごいた。


「よかった、無事だったんだな」


「………」


 葉月の顔はこちらに向いているが、その目はうつろで何もうつしていなかった。


「なぁ、葉月…… 親父とお袋はしっているか?」


「……ァァァ、イヤァァァッァァ」


 葉月は首を振り乱しながら叫び声を上げると、頭を抱えうずくまった。


 葉月の姿をあらためてみると、すすや土よごれだけでなく、血のあとが点々とついていた。

 そして、葉月の狂乱ぶりから両親はもういないんだと悟った。


 その後、葉月といっしょにいたが何もしゃべらず何も反応しなかった。

 なんとか、めしを食べさせることができたが、食事というよりただの作業のように食べ物を口に運んでいた。


 体育館ぐらしで1週間すごしたあと、ようやく化け物たちの駆除が終わったという発表がでた。


 しかし、化け物たちをたおすために街は焼け野原となってしまい、オレたちの帰る家はなくなった。

 政府が避難民たちのために家を用意し、そこに移り住むことになった。

 そこには、前回の怪物発生のときに住居を失った人たちもすんでいて、同じ境遇のもの同士で生じる奇妙な連帯感を感じた。


 だが、怪物たちの被害はそれ以降もつづいた。

 それによって、避難してくるひとたちが急激にふえてきて避難先はパンク寸前になってきた。


 オレは妹と一緒ということで家族用の住居を貸してもらえていたのだが、あとからきたひとたちは、急遽設置されたテントの中で寝泊りすることになり、うらやましそうな顔でにらまれることがよくあった。


 避難先では、レトルト食などの配給があり食うことにこまることはなかった。しかし、そのほかの衣服などこまごまとしたものは、自分たちで用意する必要があったため金を稼ぐ必要があった。


 バイトでもなんでもいいから仕事をさがすことにしたのだが、どこも募集人数が埋まっていて、まるで見つからなかった。


(くそっ!! どこにいっても門前払いだ)


 道を歩いていると、工事中の看板がみえ、頭をさげているヘルメット姿のおっさんのイラストに無性にイライラしてきたので、思いっきりけりつけた。


 すると、信じられないことがおきた。

 看板が10mは吹き飛び、轟音をたてて壁にめり込んだ。

 オレは自分のしたことが信じられず唖然としたまま、ひしゃげた看板をみていた。

 音をききつけたのか、近くの家の住人がでてきたので走ってその場を離れた。


 そのあと、人気のない廃墟にきて実験をすることにした。ためしに壁を蹴り飛ばすと、粉々にくだけ土煙を上げて崩れた。

 転がっていた、鉄パイプで瓦礫を殴りつけると、クッキーをくだいたような触感とともに、粉々にくだけ、鉄パイプは折れ曲がった。


 これで、確信するこができた。


 最近、ウワサになっている“能力者”とやらにオレはなったらしい。

 怪物が出現した後、異能の力に目覚めた人間がいるとは聞いていたが、まさか自分がなるとは思わなかった。


 役所でみた張り紙のことを思い出した。

 能力者を募集している政府の機関があり、そこにいけば金を稼ぐことができるかもしれない。


 次の日、役所に出向き、応募したいことを職員につたえた。

 すると、職員が電話で連絡をとり、ある建物に向かうようにいわれた。そこの建物で受付のひとに案内されて、部屋の中にはいった。


 そこには、メガネをかけたやせ気味の30代のおっさんが、どこか面白がるような顔をしながらこちらを見てすわっていた。


 対面の席に座るようにすすめられ、ドカリと音をたてながら座った。


「きみが結城亮介くんだね」


「はい、そうです」


「“能力”をもっているということだけど、本当かなぁ」


「もちろんです。なんなら、ここで実演してもいいですよ」


「ほうほう、それは興味があるな。どんなことをしてみせてくれるのかな」


「くわしいことはわかりませんが、素手でコンクリート壁をくだくことができます」


「よし、合格!! ようこそ“ギルド”へ!!」


 あっけなく、合格をもらえて拍子ぬけをした。


「は、いいんですか」


「ああ、いいとも。それじゃあ、この契約書にサインをもらえるかな」


 そういって、書類を用意されて流されるままにサインをしていった。


「君にはギルド職員用の宿舎を用意することができるが、どうする?」


「お願いします!! 妹と一緒にすみたいのですがいいですか?」


「そーかそーか。家族がいるのはいいねぇ。それじゃあ、家族用の広めの部屋を用意しよう」


 とんとん拍子に話が進み、避難所からギルド職員用の宿舎に移り住むことができた。

 妹はギルドの建物や、新しい住処となる宿舎をみても特に反応をしめさずただ目線をむけただけだった。


(これから、ぜったいに葉月をまもってやる……)


 黙ってたたずむ葉月をみながら、オレは心に刻みこんだ。




 過去のことをおもいだしながら、とりとめもないことを考えていた。

 ここまでがむしゃらにすすんできたが、もしかしたら考えるのが怖かったのかもしれない。

 あの日、オレが葉月を助けにいっても結局なにもできなかったこと、そんな自分の無力感を実感できてしまったら、オレは立ち止まってもう一歩も動けなくなる気がした。


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