27. 正体不明への恐怖
病院から帰ってきたあとの葉月の消沈ぶりはひどかった。
話しかけても返事をせず、自分から動こうとすることはなく、まるで、両親をうしなって避難してきた日のときのようだった。
なんとかしてやりたくて、ギルド局の金城さんに頼みこんで、美里が変化した魔物から摘出された魔石をもらってきた。
薄暗い部屋の中、壁に背を預けながら虚空を見つめる葉月に話しかけた。
「葉月、美里の……形見だ」
「………」
ボーっと魂が抜けた表情で魔石に目を移すと、のろのろと手を伸ばし受け取った。
両手で握り締め、目をぎゅっと固くつぶり、また動かなくなった。
「葉月……いや、それじゃあな」
かける言葉が思い浮かばず、部屋をでて扉を閉めた。
数日後、テレビをみていたら、各地でおきている魔物化のニュースが流れていた。その中で、病院での事件も報道されていて、あのときのことを思い出した。
(オレは、あのときどうすればよかったんだ……)
やるせない気持ちを押しつぶすように、膝の上においた手を固く握った。
「……わたしの、せいだ」
葉月の声が背後から聞こえ、ハッと振り返ると、部屋にひきこもっていたはずの葉月がいつのまにか後ろに立ち、テレビをみていた。
顔面を蒼白にしながら自分のせいだと繰り返し、宿舎から飛び出していった。
あたりを探し回ったが一向にみつからず、一週間がたとうとしていた。
街は、治療できない病と魔物化への恐怖によって穏やかではない雰囲気となっていた。
そんな中、あるうわさが立つようになった。
『能力者が病気をふりまいている』
能力者だけは例の病気にかからずにいることに感づき、誰が言い出したかはわからないが、能力者への猜疑の目が向き始めた。
学校でもいままでもあった恐怖に対する視線のほかに、猜疑心にみちた目でみられるようになった。
(葉月の手前学校にいってたけど、あいつがいない今となっては、もう何のためにいってるのかわからねえよ)
やる気がでなくなり、学校に足が向くことはなくなった。
異相境界の出現のほかにも魔物化した人間への対応もあって、出動が多くなっていたこともあり、ギルド局に一日中いつづける毎日が続いていた。
そんななか、息をきらしながらスーツ姿のサラリーマン風の若い男がギルド局の建物に駆け込んできた。
「た、助けてくれ。追われているんだ」
男はぼろぼろで、顔になぐられた跡や、服には土がついて汚れていた。
「おい、そいつを引き渡せ」
若い男のあとにはいってきた物々しい雰囲気の男たちが、低い声音でいってきた。
「こ、こいつら、急におれのことを取り囲んでなぐってきたんだ」
若い男が後からはいってきた男たちを指差しながら、ふるえる声で話した。
「こいつはそういってるが、なんでそんなことしたんだ」
「……ちっ、帰るぞ」
オレがにらみつけながら詰問すると、男たちは帰っていた。
「おい、大丈夫か、あんた」
「ありがとう、助かった……」
若い男を医務室につれていき手当てをしてから、局長を交えながら事情をきいた。
医務室にあった丸いすにすわり、オレと局長の前で話し始めた。
「道をあるいてたら、急にあいつらがとりかこんできたと思ったら、路地裏にひっぱりこんで暴行を加えてきたのです」
「ふむ、その方々との面識はあるのかな」
「全然ないですよ。はじめてあったひとばかりでした」
男は首を横にブンブン振りながら否定した。
「ただ、あいつら変なこといってたんです」
「変なこと?」
「『おまえらのせいでおれたちが苦しんでるんだ』とか、『能力者め死ね』とかいってました」
「キミは能力者なのかね」
「ええ、まあ。最近能力に目覚めたのに気がつきまして、それを会社の同僚にはなしたんですよ。たいした能力じゃないんですよ。ほら」
そういって、男は手のひらからやわらかそうな黄土色の粘土を生み出した。
「同僚も『図工の授業になら役立ちそうだな』なんていって笑ってたんですよ。それから能力のことなんて特に気にすることもなく会社にいってました。今日は得意先を回るために外を出歩いていたらあいつらに……」
男は顔を青くさせて体を震えさせていた。
「なーるほどね。キミは“能力者狩り”にあったんだね」
「能力者狩り?」
「能力者が今はやっている病気をふりまいていて、能力者を殺せば病気もなくなるとかいってる連中のことさ」
「そんな!? 自分はたいしたことない能力ですよ」
男は怒ったように必死に訴えてきた。
「人間はね、な~んにでも理由をほしがるのさ。原因不明の病という正体のわからない恐怖よりも、能力者という形のある原因をつくりたがるんだよ」
「そんな……理不尽だ!! おれは関係ないのにどうして、なんで!!」
男は嗚咽まじりに顔をうつむかせ、両手で顔を覆っていた。
沈み込む男を自宅に送り届けたが、その後も他の能力者がギルド局にかけこんでくるようになった。
その後、神埼局長の発案で、能力者狩りへの対策のために二人一組で街のパトロールを行うことになった。




