26. 世界の現状
美里がいなくなってから、なにもする気がしなかった。
カーテンを閉め切ったうすぐらい部屋の中で壁に背をよりかからせながら、手に握っているにぶい光を放つ魔石をみつめていた。
美里だったモノから摘出されたものを、兄がギルド局にかけあって、もってきてくれたものだった。
「……美里」
美里の中にうまっていた魔石に問いかけても、いつものあのバカみたいに明るい声は返ってこなかった。
しばらくぶりに部屋からでると、居間のテレビの前で兄が座っているのが見えた。
数日しかたっていないのに久しぶりに会った感じになった。
ぼーっと兄の背中をみていると、テレビからの音が聞こえてきた。
放送内容はニュースのようだった。
その中で人間の魔物化に関することが報じられているのを立ったまま見ていた。
病院で処方されていたあのにごった赤い色の薬を飲むことで魔物化すると、ニュースキャスターが読み上げるのを聞いた瞬間、わたしの体が震えだした。
「……わたしのせいだ」
ぽつりとつぶやくと、兄が驚いた表情をしながら振り返った。
皮肉なことに、なにもせずにいたおかげでのどの調子がだいぶよくなり、声をだしても大丈夫なようになっていた。
「葉月、いたのか!?」
「……わたしが、薬をのむのを、とめていれば、トメさんも美里も」
「ちがう!! おまえのせいじゃねえ」
「……じゃあ、誰の、せいなの?」
「それは……、わからねえ」
兄がつらそうな表情をしながら、わたしから顔をそらした。
「……あのとき、止めることができたのに、しなかった」
「おい、葉月」
「……わたしは、また、見捨てたんだ」
「葉月!!」
苦渋に満ちた表情の兄を置いて、わたしは玄関に走り外にでると空間のゆがみを開き、手をつっこんでフードつきのローブをとりだし羽織った。
能力を使うと胸の奥で割れるような痛みを感じていたが、どこか他人事のように感じた。
空間のゆがみをくぐり、ギルド局の研究室にある金城さんの部屋に入った。
薄暗い部屋の隅の方におかれたデスクの前に、パソコンのキーボードをカタカタとたたく金城さんがいた。
「あら? ひさしぶりね」
わたしが近づく足音にきづいたのか、金城さんがイスにすわりながら振り向いた。
「連絡しても全然返事がないから、どうしてたのかと思ったわよ。ずいぶんと無茶をしたみたいね。能力を使うのもかなりきついんじゃないかしら」
医者が患者をたしなめるようにいってくる金城さんを、わたしは深く被ったフードの奥からみながら、質問をぶつけた。
「……わたしのことは、どうでもいい。魔物化する薬、あれはなんなの」
「あの薬ね。私も気になって榎本くんにきいてみたんだけど、厚生省が開発したものらしくて、中に砕いた魔物の魔石が混ぜられてるらしいわよ」
「……魔石を」
「このことは世間には公表してないけど、知ったとしても飲む人は飲むでしょうねぇ。病院での薬の処方は禁止されたけど、裏で取引されてるらしいわよ」
金城さんは呆れたような顔しながら肩をすくめた。
「ここでひとつ質問だけど。“魔石”ってなんだとおもう?」
どこか楽しそうな表情できいてくる金城さんに、首をふって分からないと答えた。
「ん~、もう、もうちょっと考えてくれたほうが教えるほうとしてはおもしろいんだけどねぇ。魔石ってのは簡単にいうと容器よ。中に入っているのは“マナ”となづけられたエネルギーね」
説明をつづける金城さんをみながら、だまって続きをきいた。
「このマナっていうのは魔石をもっている魔物のみならず、人間にもあるものなの。世間ではやっている病はね、肉体で保有するマナの量が減ってきたせいでおきるもので、関係者の間では“マナ欠乏症”って呼ばれているわね。生命を維持するためのマナがなくなることで死に至るっていうのが研究者たちの見解ね」
「……減ったマナを補給するために、魔石をのませた」
「そのとおりよ。なかなかいい洞察力しているじゃないの」
わたしの言葉をきき、金城さんは満足そうな笑みをうかべた。
「なんでマナの量が減っていくのかっていうと、異相境界が原因ね。異相境界ができたときに、こっちの世界に入ってきた異界のマナの分だけ周囲のマナを吸い取る現象がおこるんだけど、そのときに人間のマナが吸い取られるのよ」
「……それじゃあ、このまま行けば、人類は……」
「み~んな、マナを吸い取られて死んでしまうわね。そのことを知った政府が、なんとかしようと作ったのがあの薬ってわけ。魔物由来のマナなら異界のものでできてるんだから、体に合わないのは当然なのにね。それでも、敢行するぐらい政府は焦ってるってことね」
呆れたような表情をしながら金城さんは首をふった。
「……でも、わたしたち能力者は、異相境界のでている場所で、戦っているのに、なんで大丈夫なの?」
「それはね、あなたの中にある魔石が保護してくれてるからよ。一般人はマナを肉体に収めているけど、能力者はマナを魔石という容器にいれてることで保護しているのよ。このままいくと、能力者だけは、一般人がマナ欠乏症でバタバタと倒れていく中で、生きていけるでしょうねぇ」
そういいながら、金城さんは口元を三日月のように広げてニィと笑った。
「ちなみに、異相境界が現れるようになってから能力者がでてきたのも、体の抵抗反応として、体内に魔石を形成して吸い出されそうになるマナを保護しようとしたっていうのが、わたしの考えている説ね」
「……魔物が魔石を、もっているのも」
「いいところに気づいたわね。異相境界から入ってきた異界のマナが、こちらの世界に入ってきたら、そのまま霧散してしまうからね。魔石を形成して保護してるってわけ。でも、魔石を核として魔物になる理由はわかってないけどね」
金城さんの説明をきき、世界が傾いていくように感じた。
「そこで、あなたに提案があるのよ。あなたの能力を使って世界をすくってみない?」
「……いいよ」
気軽な様子で聞いてくる金城さんに、わたしは迷わずうなずくと、金城さんは内容を語りだした……




