25. 選択
最近、妙な出動が多い。
異相境界の出現が感知されていないのに、住宅街や、オフィス街、商店街などいたるところに魔物があらわれるようになった。
現れる魔物の数もすくなく、突如あらわれた魔物に周囲の人間が通報するケースが多かった。
そこら中であらわれるため、倒してすぐに別の場所にまた出動するということもあった。
今度は病院からの通報だった。よりにもよって、葉月が入院してる病院だった。
病院内には多数の魔物が徘徊しているとの連絡をうけたそうだ。
オレは焦りながら、現場にむかう車に飛び乗った。
「落ち着け、結城、先に自衛隊が先行して避難誘導をしている」
車の中で、いらだたしげに脚を踏み鳴らすオレをなだめるように敷島隊長が声をかけてきた。
しかし、気にかかることがあるのか一旦言葉をきってから、また話しだした。
「ただ、その通報した人物が、患者たちが一斉に魔物に変化したといっていたらしい…… とにかく今は、中にいる民間人をたすけることを最優先にしろ」
「……了解」
おれは、なんとか気持ちをなだめながら返事をした。
病院に到着すると、なかからは魔物の暴れる音と悲鳴が聞こえてきていた。
おれはいてもたってもいられず、病院内に突入した。
「おい、待て!! ……といっても、今回ばかりはしゃあないか」
敷島隊長が呼び止める声をだしたのが聞こえたが、今は葉月のことで頭がいっぱいだった。
中にはいると、病院内の白かった壁が血に染まり、そこらに人間の死体が転がっていた。
「じゃまだぁぁ!! どけ!!」
現れた魔物たちをなぎ倒しながら、葉月のいた病室に向かった。
「くそっ、いない、どこにいるんだ」
部屋の中には、白衣姿の死体やほかの入院患者の死体があるだけで、葉月はいなかった。
焦る気持ちにおされるように廊下を走り回っていると、銃声が聞こえた。
そして、その後に葉月の声が聞こえた。
(そっちか!! まってろ今いく)
声の聞こえた方向にいくと、廊下の先に魔銃をかまえた自衛隊がならび、銃口が向く先には銀色の体毛をもつ狼人間の魔物ライカンスロープが血をながしながら立っていた。
そして、その銃の射線をふさぐように葉月が両手を広げながら立っていた。
葉月をはさむように自衛隊とワーウルフが向かい合い、オレはワーウルフの後ろ側に立つ形になっていた。
奇妙なのは、葉月がまるでそのワーウルフをかばうように立っていることだった。
「葉月!!おまえなにしてんだ、さっさと逃げろ!!」
おれが声をあげると、葉月がこちらにきづいて、体の姿勢をそのままに目線だけを向けてきた。
「……その魔物は、美里なの」
「うそだろ、どういうことだよ!?」
葉月の言葉を否定しながらも、ここにくるまでにきいた隊長の言葉をおもいだしていた。
「……急に病院にいるひとたちが、魔物になって、美里も……」
「それじゃあ、おれが倒してきた魔物たちも……」
ここまでに来る間に、潰してきた魔物たちのことを考え、自分は人間を殺したのかと目眩がしそうだった。
「……おねがい、助けて」
葉月がなきそうな顔をしながらこちらを見ていた。
おれがどうすればいいか迷っていると、魔物が葉月にむかって走り出していた。
(どうする? あれは美里、だが、このままでは葉月が……)
迷っている間にも魔物は葉月に襲いかかろうと近づいているのが、スローモーションのようにゆっくりと見えた。
(どうする、どうする、どうする!?)
焦る気持ちのなか迷いながらも、六角棒を肩に担ぎながらワーウルフに迫った。
「やめて!! お兄ちゃん!!」
葉月が鋭い声を上げ、目を大きく見開きながらこちらをみていた。
「すまん……」
オレは六角棒を魔物に向けて振り下ろした。
魔物は殴られた右肩から下部分を失い、ごろごろと転がった。
『ガッ、グゲゲゲッ』
そして、断末魔の悲鳴をあげて動かなくなった。
「美里、美里……ねぇったら」
葉月が顔をくしゃくしゃにしながら、美里だったモノにすがりつきゆさぶっていた。
だが、何も反応は返ってこず、そこには葉月の声だけが響いていた。
「葉月……おれは……」
オレはどうすればいいかわからなず、いたたまれない気持ちのまま葉月に声をかけようと近づいた。
葉月はゆらりと立ち上がり、うつろな表情を向けてきた。
「……兄さんは、悪くないよ。やるべきことを、やったのだから。ほんとうに悪いのは……」
かすれる声でしゃべったあと、葉月は病院の出口にむかってふらふらと歩いていった。
その後、病院内にいる魔物すべての処理が終了したが、病院内にいたもので生き残っていたものはほとんどいなかった。
ギルド局に戻るジープに一緒にのっていた葉月はうつろな表情をしながら、車に揺られていた。
葉月のただならぬ雰囲気に、一緒にのっていた赤井も声をかけられずに押し黙っていた。
このあと、街中にウワサがながれるようになった。
『人が魔物に変化する』
道ですれちがう人が、職場のとなりの席に座っている人間が、友人が、家族が、突然魔物に変化するのではないかという恐怖と疑心暗鬼に人々がおちいるようになるのに時間はかからなかった。
そこに政府からの発表があった。
人が魔物になる原因、それは“薬”であると。
体の調子が悪く、通常の薬では治らないものに処方されていたが、服用したものが魔物になる副作用があると確認された。
しかし、病状をうったえる人間の数は着実にふえており、病にかかったものは衰弱していく体とやがておとずれる死への恐怖から、一度示された希望にすがるように薬を服用するものが後をたたなかった。




