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24. 副作用

 美里は病院に薬をもらいにきているようで、薬をもらった帰りにわたしの病室に寄るようになった。


「美里ちゃん、りんご食べるかい?」


「たべるたべる、トメばあちゃんありがと~」


 いつのまにか、美里はとなりのトメさんとも仲良くなっていた。


 そこに、兄が病室にはいってきた。


「よう、美里もきてたか」


「あら、いらっしゃい」


「あ、ども」


 トメさんが兄に笑いかけて、兄が会釈を返した。


「はぁ、孫がいたらこんな感じなのかもしれないわね」


 トメさんが幸せそうに、兄や美里のことをみていた。


 いつものように他愛ない話をしてから、兄と美里が帰ろうとしたとき、兄が耳元に顔を近づけて声を潜めながら話しかけてきた。


「最近、妙な魔物の発生が続いていて、これない日がありそうだ。すまん」


『いいよ。ケガしないようにね』


 済まなそうな顔をする兄に、ミニホワイトボードをみせながら首を横に振った。


 兄たちが帰った後、看護士が例の赤い薬をもってきたので、病室からでていったあとに枕の下にまた隠そうとした。


「葉月ちゃん、いらないんだったら、それわたしにもらえないかしら」


 向かいのベッドにいる長尾さんが話しかけてきた。


『ダメです。薬は分量がきめられいるのでわたせません』


「なによ!!いいじゃない、あなただって黙ってすて

 ているくせに」


 わたしの書いたミニホワイトボードをみて、長尾さんは顔を赤くしながら怒鳴り声をあげた。


「まあまあ、長尾さんあんまり怒るとお体に障りますよ。お薬がたりないのでしたら、先生にご相談したらいかがでしょうか」


「いったわよ。でも、体への副作用がでるからこれ以上はふやせないっていわれたの」


 トメさんがなだめようとしたが、長尾さんはふてくされた表情をしながら病室から出て行った。


『すいません、お騒がせしてしまって』


「いいんだよ。それにしても長尾さん、最近みょうに怒りっぽいわね。以前はもっとおっとりした人だったのに」


 長尾さんやトメさんは一ヶ月前から入院しているらしく、入院生活が長くてイライラしてるのかもしれない。



 ある日、美里が病室にきているとき、長尾さんがベッドの上で丸まりながら、くるしそうにうめいていた。


「た、たいへんだ。どうしよう」


「ナースコールしましょう」


 トメさんがナースコールのボタンを押して、医者をよんだ。


「長尾さん、大丈夫ですか。どこか痛みますか」


 医者が長尾さんに呼びかけるが、長尾さんは苦しむばかりでまともに返事もできないようだ。


「まずいな、治療室にうつすぞ。きみ、搬送の準備をしてくれ」


 看護士たちが慌しく動き回りだした。

 搬送のためにストレッチャーに移そうと、看護士二人が長尾さんの体を抱えようとしたとき、長尾さんが暴れだした。


「長尾さん、しっかりしてください。今から、治療室に運ぶので、おちついてください」


 医者が呼びかけるが、長尾さんが止まらなかった。


「仕方ない、鎮静剤を打つぞ」


 看護士が長尾さんを押さえつけて、医者が注射器で鎮静剤をうとうとしたとき、長尾さんの動きが止まった。


「グガアアアアア!!」


 長尾さんが人間のもとのは思えない叫び声を上げると、瞳の色がにごった赤い色に変化していった。


 つづいて体の変化が起こり始めた。

 長尾さんがきていた水色のパジャマのなかで、体の形状が変化しているのが見えた。


 そして、変化がおわると、そこには灰色の肌をして身の丈3mを超す巨体をもつ魔物がいた。


「と、トロール!?」


 医者が驚いた声をあげながら、逃げようとしたが、頭をわしづかみにして持ち上げた。


「やめろ、放せ、はな……」


 宙吊りになっていた医者は足をばたつかせ必死に逃げようとしていたが、グチュという音がして頭が握りつぶされ、あたりに鮮血がちり、白かった壁が赤く染まった。


「キャアアアアア!!」


 病室にいたみんなが目の前でおきた惨劇をみて、逃げ出し始めた。


「……トメさん、美里、にげるよ」


 恐怖で固まった二人に、のどの痛みをこらえながら声をかけた。


「そ、そうだね、はやく、逃げよう」


 美里がトメさんの手を引こうとしたが、トメさんはどこかうつろな表情をしたまま固まっていた。

 そして、瞳の色がにごった赤い色に染まっていった。


「トメばあちゃん!!」


 トメさんの体も変化していき、きていた服を突き破り黒い剛毛に覆われた脚が何本もでてきた。


 目の前には8本の脚を地面におろし、8つの赤い目をもつ巨大なクモの魔物がいた。


 クモは脚をぎちぎちとならし、こちらに向き直り無機質な目をむけてきた。


「う、あ、ああああ」


「……美里!!」


 わたしは混乱と恐怖で顔をひきつらせ硬直する美里の手をひき、地獄と化した病室から抜け出した。


 廊下にでると、ほかの病室からもなにかが暴れる音とひとの悲鳴が聞こえてきた。


 わたしと美里は安全な場所をもとめて、スリッパをぬぎすてた裸足で廊下の冷たい床をぺたぺたと音をたてながら走った。


 廊下の先の病室から、二足歩行をするトカゲの魔物リザードマンがでてきた。


 リザードマンに能力をつかおうとした瞬間、胸の奥が引き裂かれるようなズキリとした痛みを感じ発動させりことができなかった。


(まだ、だめなのか)


 魔物をさけて廊下をまがった先に、洗濯機と大量のシーツがつまれているリネン室をみつけた。

 部屋の中にはいり、詰まれているシーツのなかに体をもぐりこませた。


 シーツに囲まれた空間は息苦しく、となりにいる美里の体温を感じながら、みつからないようにじっと身を潜めた。


 あたりからは、争う音と、人の悲鳴、魔物のうなり声、なにか巨大なものが動き回る足跡がひっきりなしに聞こえてきた。


「ねえ、なにがおきてるの、ひとがいきなり、魔物になるなんて…」


「……わからない」


 美里が声を震わせながらきいてきた。

 わかるのは今の状況が非常にまずいことだ。魔物の発生をきいてギルド局か自衛隊がここに到着するまでに、隠れ続けることができるか不安に胸が押しつぶされそうだった。


 それから、しばらく外でおきる音をききながらじっとしていると、不意に美里がわたしの手を握ってきた。


「……美里?」


「葉月ちゃん、なんかさっきから変なんだ。自分のなかに何かがはいってきて、書き換えられていく感じする」


 美里がわたしにぎる手に、だんだんと力がはいっていった。


「こわいよ、こわいよぉ」


「……美里、ねえ、美里」


 わたしは美里の目をみながら、肩に両手をおいて、体をゆさぶった。


「もう、だめだ、葉月ちゃん……」


 美里の両目がにごった赤い色に染まっていった。


「……美里、ダメ、ダメだよ!!」


 目の前にいる美里の体が変化していった。


「グルアアアアァァァァ!!」


 変化した美里がもぐっていたシーツを跳ね除けながら立ち上がった。


 小さかった体が大人の男ぐらいの大きさまでのび、銀色の獣の毛で全身が覆われ、鋭い爪の生えた腕をだらりと下げながらこちらをみていた。


 鋭い牙のはえた顎からぽたりとヨダレをたらしながら、ギラついた目をこちらに向けた。


「美里……」


「グオオオォォ!!」


 美里に向けて手をのばそうとしたが、美里は腕をふりぬいて爪で切り裂こうとした。


 わたしはとっさにシーツをいれていた洗濯かごを手にもって、攻撃をふせいだ。中にはいっていた洗濯かごは爪でひきさかれ、衝撃でわたしの体は廊下まではじきとばされ、床をごろごろと転がった。


 腕から血が流れるのを感じながらよろよろと立ち上がり、うなり声をあげながら美里がリネン室の中から出てくるのが見えた。


『パンッ、パンッ』


 わたしの後方から銃声が鳴り響いて、美里の体から血が舞い、体をよろけさせた。


「だいじょうぶか、きみ。すぐに、こちらに下がりなさい!!」


 そこには、自衛隊員たちが魔銃をかまえて廊下に並んでいた。

 その銃口の先は美里にむかっていた。


「……やめて!!」


「なにをしているんだ。すぐに下がりなさい!!」


 わたしは手をひろげ美里を銃口から隠し、自衛隊員とのにらみ会った。




「葉月!! おまえなにしてんだ、さっさと逃げろ!!」


 そこに背後から兄の叫び声が聞こえた。

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