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23. びょういんぐらし

ひさびさの日常回です

 気がついたときは、知らない天井が目に入った。

 真っ白なシーツをしいたベッドの上に寝ているようで、腕からチューブがのび点滴用のパックにつながっていた。


 周囲に視線をめぐらせると、目を覚ましたわたしを心配そうにみつめる兄が視界に入った。


「おい、葉月、大丈夫か?」


「……ここ、どこ?」


「ここは病院だ。宿舎にもどったら部屋の中で血を吐きながら倒れているのを見つけたから、運び込んだんだ」


「……そう。もう、大丈夫」


 起き上がろうとしたが、まるで体がいうことをきかず、起こそうとした上半身がベッドの上に倒れこんだ。


「無理せず、ねてろ。いまから医者よぶからな」


 兄はぶっきらぼうにいうと、ナースコールのボタンをおして、わたしが目覚めたことを応答に出た看護士に告げた。

 その後、部屋に入ってきた医者からいろいろと聞かれて答えたが、眉根をよせながら病状を告げられた。


「また、同じ症状か…… 最近、あなたのように徐々に体の調子が悪くなって運び込まれた患者が増えていましてね。体の変調はいたるところに現れ、あなたの場合は気管支にでたようです」


「先生、妹はなおるんですか」


「残念ながら、現在、こうなる原因もわからず対処法もできていません」

「そんな……」


「いまは栄養剤と薬の投与で体の調子を整えていきましょう」


 兄はがっくりとうなだれながら、医者の話をきいていた。

 医者が部屋からでていった後も、しばらく兄は部屋のなかにいて心配そうにわたしを見ていた。


「それじゃあ、明日もくるから。しっかり寝とけよ」


 兄はわたしに声をかけると、部屋から出て行った。


 わたしはベッドの上で横になりながら、あらためて部屋の様子をみると、いまいるのは6人部屋のようで、両隣をカーテンでしきられていた。

 やることもなくボーっと天井をみていたが、時折セキがとまらず、のどのあたりが痛んだ。


「お嬢ちゃん、だいじょうぶかい」


 カーテンで仕切られた向こう側から、声が聞こえた。

 返事をしようとしたが、のどがいたくてできそうもなかった。


「ああ、すまないねぇ。のどがいたいのに話しかけちゃって」


 カーテンのスキマから、柔和そうな顔をしたおばあさんが見えた。


「あたしは、一ヶ月から入院しててね。名前はトメっていうんだ。よろしくね」


 わたしは返事のかわりに首を縦にふった。

 同じ部屋にいるのは、いずれもわたしと同じように原因不明の病気で体調を崩して入院したものばかりだという。

 治すこともできず小康状態のまま入院生活をつづけているらしいとトメさんから聞いた。


 次の日、約束どおり兄が見舞いにやってきた。となりには、花束をもった花梨がたっていた。


「葉月、大変そうね」


 わたしは、そんなことないよといいたくて首をよこにふった。


「はぁ、うちのクラスでも病気でやすむやつが多くなってるし、亮介あんたのとこもなの?」


「まあな、クラスの半分とはいかないがかなり休んでるやつがおおい」


「まーったく、魔物は妙にたくさんでるしへんな病気はでてくるで、わけわかんないことになってるわね」


 花梨は眉間にしわをよせながら、ため息をついた。


「おっと、暗い話してごめんね。そこの花瓶つかわせてもらうわよ」


 花梨ちゃんはもってきた花束を、近くの棚に置かれていた花瓶に水をいれてから生けた。

 それから、少し世間話をしてから二人は帰っていった。


 その後、兄は毎日見舞いに来た。会話ができないわたしのために、小さなホワイトボードをもってきてくれた。

 体調もすこしはよくなってきて、起き上がって兄とミニホワイトボードを使って会話していた。


『兄さん、毎日くると負担になるだろうから、無理しないでいいよ』


「なにいってんだ。オレはきたくて、来てるんだ」


 兄はどこか焦ったような表情をしながら話していた。


「それじゃあな。また、明日もくるからな」


 兄が病室をでていったあと、隣のトメさんがカーテンのスキマから顔をのぞかせて話しかけてきた。


「いいお兄さんね。毎日きてくれるなんて」


『じまんの兄です。わたしにはもったいないです』


「うちにも息子がいるのだけれど、もう何年もあってなくてね。元気にしてるかねぇ」


 そういって、寂しそうにトメさんは笑った。


 次の日、病室の入口から元気な声が聞こえた。顔をむけると美里が怒った表情をしながら立っているのがみえた。


「うぉーい、葉月ちゃぁぁぁ~ん」


「おい、病人がいるところで大声だすんじゃねえよ」


 病室の扉をあけてわたしのことを見つけて、心配そうな顔をしながら駆け寄ってくる美里を兄がたしなめていた。


「水臭いぞ、入院してること隠すなんて」


「わりい、葉月。美里に問い詰められてしゃべっちまった」


 わたしが入院していることを知ったら、美里に心配をかけると思って兄にたのんで隠してもらっていた。


『ごめんね、心配かけると思って』


 ホワイトボードに書いた文字をみせると、美里はわたしの肩に両手でがしっとつかんだ。


「あたしと葉月ちゃんは親友だろ。あのとき、ずっといっしょにいようって誓ったじゃないか」


『誓ってないよ。いっしょにいようっていっただけだよ』


「あれ? そだっけ?」


 首をかしげる美里をみながら、出会ってからのことを思い出した。



 美里と出会ったのは2年前だった。兄がギルド局にはいり、ギルド局の宿舎で生活するようになってから、こちらの学校に転入してきた。


 避難してきてこちらの学校に転入してきたひとはけっこういたようで、あまり生徒のグループなどはできていなかった。

 わたし自身は無口で無表情だったため、ほとんどクラスメイトと交流をもつこともなく過ごしていた。


 教室のとなりの席にいたのが美里だった。クラスメイトたちとにぎやかにすごし、明るくて元気な子だなと思っていた。


 授業中ふと隣をみると、机につっぷして苦しそうにおなかを押さえていた。


「……大丈夫?」


 ちいさな声で話しかけると、ぐーっという腹の虫が返事をしてきた。


「ハラヘッタ……」


 美里がこの世の終わりのような声でつぶやいた。

 わたしはポケットにいれていた飴をそっと渡した。


「くれるの?」


「……うん」


 そして美里はうつむいたまま飴のビニール包装をやぶって、口にいれた。


「うんまぁぁぁぁい!!」


「うるさいぞ!! 平野」


 体をがばっと起こして突然叫びだした美里に先生が注意していた。そのやりとりをみて、クラスメイトたちがくすくすと笑っていた。


 授業が終わった後、美里が話しかけてきた。


「飴ありがとなー。遅刻しそうになって朝飯たべそこねたから、ほんと死ぬかとおもったよ」


「……別に、いいよ」


 それから、美里が話しかけてくることが増え、いつのまにか、いろんな場所に連れまわされるようになった。


 美里は好奇心の塊のようで、一緒に行く場所は多岐にわたった。ゲームセンターだったり、おいしいと評判のパン屋だったり、ときには図書館だったりした。


 どこかにいこうとするとき、美里がよく口にする言葉があった。


『世界が自分を待っている』


 なにかの本にかかれていたセリフらしく、タイトルを聞いたら忘れたと笑いながらいっていた。


 ある日、美里がわくわくと期待にみちた顔をしながら、はずむような口調で話しかけてきた。


「葉月ちゃん、世界があたしを待っている気がするんだ」


「……今度は、どこへ、いくの?」


「竹の花が咲いてるらしいんだ。60年から120年に一度あるものらしくて、これを見逃がしたら二度とみれないかもしれないんだ」


 学校からでて、街の郊外にあるという竹林に向かった。途中までバスに乗って移動し、降りてからは歩いて向かった。

 周りは古い造りの民家がおおく、都会の喧騒とは無縁の静かな場所だった。初夏の日差しが降り注ぐ中、美里とならんで進んでいった。


 小一時間あるいてると道の脇は木々で囲まれ、舗装もされていない地面がむきだしの細い道にはいっていった。


「あった!! 竹林だ」


 美里が指差すさきには竹林が広がっていった。


 笹の葉をとおった日の光が緑色にかがやき、あたりには鳥の鳴き声と笹がすれるサヤサヤという音がきこえるくるだけで別世界のようだった。


「これが、竹の花か、なんか……地味だな」


 竹の笹部分から黄色くて丸いものがぶら下がっているのをみながら、美里がまゆをしかめていた。


「……でも、すごく、キレイだと思う」


 竹林にはえているすべての竹に同じものがぶら下がっていて、不思議な光景だった。


「そうだね。葉月と見にこれてよかったよ。60年後に咲くこともあるらしいから、また一緒に見にきたいな」


「……うん、また、これたらいいね」


 わたしに笑いかけてくる美里に、わたしは後ろめたさを感じていた。


 約束は守れないだろう……


 それから、しばらく見て回っていると、美里が竹の花をとってビニール袋に入れ始めた。


「……なにしてるの?」


「ん、食べるんだよ。60年に一度の味なんてわくわくするでしょ」


 帰った後、ギルドの宿舎に帰ってゆでて食べたら、お米みたいな味がした。

 竹の花をおいしそうに食べる美里を、兄が呆れたようにみていた。


 ひとしきり話していると、看護士がやってきた。


「検温とお薬の時間ですよ。検温がおわったら、そのお薬をのんでくださいね」


 そういって、体温計と薬をわたしてきた。薬は錠剤でにごった赤い色をしていた。


『これは何の薬ですか?』


「最近はやっている体調不良をうったえる患者さん用に開発された薬ですよ。既存の薬でもなおらない方に処方しています」


 入院してから一週間がたったけど、わたしの病状はあまり良くなってなかったので処方されるようになったのだろう。


「あー、それあたしももらったよ。良く効くんだぜ」


 美里が薬を指差していた。


『美里もどこか調子わるいの?」


「あー、うん。最近からだが重くてね。うちのクラスメイトも似たようなやつが多かったけど、薬のんだら治ったっていってたよ」


 看護士が病室のほかの人にも同じ薬を配っていた。

 どこか血を連想させるような薬の色にイヤな感じがした。


「……ねえ美里、この薬なんだけど、変じゃない?」


「そーかなぁ、変わった色だけど、特にかわったところはなかったよ」


「おい、葉月。いやがらずにちゃんと飲まなきゃよくならねえぞ」


「……そうだね」


 兄が強めの口調でいってきたので、わたしは曖昧に返事をした。


「それじゃ、オレたちはそろそろいくからな。ほら、美里いくぞ」


「じゃーなー、葉月」


 看護士が退出したのを見てから、兄と美里も病室からでていった。


 わたしは、目の前にある薬を飲まずに枕の下に隠して、後で廊下にあるゴミ箱にすてた。



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