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22. とある少女の逃避

ドラゴン襲撃時の一般市民視点です

 中学にはいってから友達となった一条さんと二階堂さんの3人で、ショッピングにきていた。


 そこに、街中に魔物発生を告げる警報がなりひびいた。

 わたしは、どうすればいいかわからずオロオロとあたりを見回した。


「なにやってんのよ、鏡、すぐに逃げるよ!!」


 一条さんが釣り目ぎみの目をさらにつりあげて、怒ったように怒鳴ってきた。


「うん。ごめんね」


「一条、そんなにおこらない。いつもどおりシェルターに逃げればいいだけでしょ」


 二階堂さんが笑いながらいってくれた。いつも楽しそうにしている二階堂さんは、こういうときにも変わらない態度いてくれて気分が落ち着いた。


 シェルターに向かう道を早足で向かっていると、同じ方向に逃げていく人がふえてきた。

 道の脇には戦闘服を着た自衛隊の人が銃をかまえて、険しい表情をしながら周囲を警戒していた。


「お、自衛隊のひとはやいね。これなら大丈夫でしょ」


「そうね。最近は自衛隊でも魔物を倒せるようになっ

 たらしいからね」


 二階堂さんの言葉に一条さんがうなずいていた。

 しばらく進んでいくと、前方の方の様子がおかしかった。


「なんか、前のひとたち引き返しててきてない?」


 まるで、何かから逃げるように必死にこちらにむかって走ってきていた。


「なによ、あれ…… 逃げるわよ!!」


 逃げるひとたちの後ろにみえたのは、骸骨や、青白い顔をした動く死体が大量にうごめく姿だった。


「魔物を迎え撃て!!」


 自衛隊の人たちが隊列を組んで、銃で近づいてくる魔物たちを撃っていたが、うってもうっても仲間の死体をのりこえながら魔物たちは近づいてきた。


「やめ、やめろぉ ぎゃああああ」


 とうとう、自衛隊のそばまで来た魔物たちが一人を引き倒し、次々に群がり体に歯をたててむさぼっていた。

 魔物たちのうなり声と人間の断末魔の悲鳴を後ろでききながら、わたしたちは走って逃げた。


 逃げても逃げても、そこら中に魔物がいて、気づけばうすぐらい路地裏にきていた。

 息も絶え絶えになり、ひざに手をおきながら息を整えていた。二人も荒い息をつき、苦しそうな顔をしていた。


「もう、無理、はしれない……」


 一条さんがペタリと地面に手をつき、ゼエゼエと息をついていた。

 二階堂さんもわたしも、おなじような状態で床に手をついていた。


「なんなのよ、今回のは…… どこににげろってのよ」


「ちょーっと、きついよね、アハハハ」


 わたしたちの間に重苦しい雰囲気がながれた。疲労しきった状態なのもあって、立ち上がる気力がわかなかった。


 そのとき、路地の向こう側から物音が聞こえた。


「な、なんなの!?」


「かくれるよ」


 二階堂さんが真剣な顔をしながら、小声でわたしたちをうながした。

 道の脇にダンボールがつまれていたので、その陰にかくれた。


 息を潜めながら様子をうかがっていると、薄暗い路地の奥から、緑色の肌をした醜悪な顔をした子供ぐらいの大きさの魔物が姿を現した。

 魔物は手にもった棍棒をゆらしながら、のそのそと歩いていた。


 しだいに近づいてくる足音に、どくんどくんと心臓が早鐘のように脈打っていた。

 ダンボールに体をぴったりくっつけながら、はやく行ってくれと願った。


 別の路地にいったようで足音が遠ざかっていった。


「はぁ~~」


 3人で大きく息を吐き出した。


「はやくここから離れよう」


 そういって、一条さんが立ち上がった瞬間


『ギャギャギャ』


 魔物の叫び声が路地裏に響いた。

 魔物はさっきの一体だけじゃなく、もう一体いたようだ。


 棍棒を振り回しながら追いかけてくる魔物から、必死に逃げた。足はそれほど速くないようで、なんとか振り切れそうだった。


 先を走っていた一条さんが道の先を見ながら、悲痛な声をあげた。


「うそ、行き止まり!!」


 後ろを振り返ると、魔物が走って近づいてきているのが見えた。


「いやだ、いやだ、だれか助けて!!」


 魔物をみながらあとずさったが、背中に壁がふれたのを感じ、それ以上後ろに下がることができなくなった。


「うわあぁぁぁ」


 一条さんが叫び声をあげながら、魔物の横を走りぬけようとした。


「ギュぷ」


 魔物は棍棒を腹めがけてスイングして、一条さんの口から変な音がでて倒れた。

 そして、倒れた一条さんの頭めがけて棍棒を振り下ろし、頭がすいかののように割れた。


「いまのうちに逃げるよ!!」


 二階堂さんがわたしの手をひっぱって、走り出した。

 魔物は一条さんの死体に気をとられていたおかげで、無事に抜けることができた。


 わたしは涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、必死で走った。

 後ろからは魔物が叫び声をあげながら追ってきているのが聞こえた。


「止まって!!」


 二階堂さんが鋭い声をだしたので止まると、道の角の先にさっき隠れてやりすごした魔物が立っているのがみえた。

 背中をむけていて、幸いまだ気づいていないようだ。


 だけど、後ろからはさっき逃げた魔物がどんどんと近づいてきているのが見えた。


「どうしよう、はさまれちゃった」


 二階堂さんは焦った顔で魔物の様子をうかがいながっているのを、わたしは後ろから見ていた。


 わたしは、そんな無防備な二階堂さんの背中を押した。


「えっ」


 急に押された二階堂さんは、バランスを崩しながら魔物の前に倒れこんだ。


『ギャギャーッ』


 急に現れた二階堂さんに、魔物は驚いたように鳴き声をあげて、そして棍棒をふりおろした。


「どうして…… いやああぁぁぁぁ」


 二階堂さんの悲鳴が、走り出したわたしの後ろで響いていた。

 その後、逃げても逃げても魔物が現れ、とうとう走れなくなったわたしは地面にペタリと腰を下ろし、近づいてくる魔物たちをみていた。


 魔物が棍棒を振り下ろそうとし、頭の上に手をおいて体を丸めた。

 すぐにくるであろう痛みに耐えようと目をギュッとつぶったが、なかなかその痛みは来なかった。


 変わりになにか固いものをガンガンと叩くような音が聞こえていた。

 目をあけると、なにか透明な薄い膜のようなものがわたしを中心にドーム状に展開していた。


「ヒッ」


 魔物が棍棒を振り下ろしてくるが見えて悲鳴がもれたが、透明な膜にはじき返された。


「おーっと、住民はっけーん」


 そこに、髪をオールバックになでつけてメガネをかけたスーツ姿の男のひとが現れた。


 魔物は、男の声に反応して襲い掛かっていったが、男が手を魔物たちにむかって払うようにふると、魔物の体が塵となった。


「お嬢さん、もーう大丈夫。あとはオレたち自衛隊がなんとかするからさ」


 男の人が、へらへらと笑いかけながらわたしに話しかけてきた。


「あの、友達が…… 一緒に逃げてきた友達がいるんです」


「んじゃ、そこに案内してもらえっかな」


 わたしは男の人と一緒に、二階堂さんと一条さんのところに向かった。途中、男のひとと一緒にいた自衛隊のひとたちが、つぎつぎに魔物たちを銃で倒していった。

 そして、逃げてきた場所にだどりつくと


「あーあ、こりゃひでえな」


 二人とも原型をとどめないほどなぐられて殺されていた。


「わ、わたしは悪くない……」


 二人の惨状をみていると、ふるえる口元から言葉がでてきた。

 顔を青くして、うつむくわたしを、スーツ姿の男のひとが口元にニヤリと笑みをうかべたあと、優しい口調で声をかけてきた。


「そうさ、キミは悪くないよ。彼女らのおかげでキミが助かったんだ。きっと、彼女らも許してくれるだろうねぇ」


「ほ、ほんとに……」


「もちろんさ、キミの判断はただしかった。魔物が大量にいるなかで逃げ切るにはああするしかなかったんだろ」


「そうだよ、わたしは間違ってない、ぜったいに…」


「うんうん」


 そういって、スーツ姿の男の人がわたしと目線をあわせるようにしゃがんで、話しかけてきた。


「オレは榎本っていうんだけど、自衛隊にいるから、もしなにかあったら連絡くれな」


 そういって、真っ白な紙で名前と連絡先がかかれている名刺を渡してきた。

 その後、自衛隊のひとに保護されて、避難所に送ってもらえた。


 避難所には何人か中学校のクラスメイトをみつけて固まってすごした。


「よかった、わたしたち助かったんだね」


「生きた気がしなかったよ。ギルド局の人たちが助けてくれなかったら危なかったと思う」


「おれも遠くから見たけど、なんだよあの巨大な魔物は、あんなのたおせる勇者ってスゲーんだな」


 クラスメイトがそれぞれの避難している最中のことを興奮気味にはなしていた。


「ねぇ、広崎さんはどうだった?」


 わたしにクラスメイトの一人が話しかけてきた。


「わ、わたしは…… 一条さんと、二階堂さんと逃げていたけど途中ではぐれちゃって、自衛隊のひとにたすけてもらったよ」


「そうなんだ、二人とも無事か心配だね」


 わたしを気遣うように話しかけてくるクラスメイトが…… 怖かった。


 その夜、夢の中で一条さんのつぶれた頭や、二階堂さんの悲鳴が聞こえて、目を覚ました後一睡もできなかった。


 次の日、お父さんとお母さんが迎えにきてくれた。二人は別の避難所にいたようで、連絡をうけてきてくれたらしい。


「鏡、よく無事だった、お父さんもお母さんも心配で心配で」


 お父さんとお母さんがわたしに抱きつきながら泣いていた。


 家は魔物の襲撃時にこわれたので、政府が用意した避難者用の施設に移った。

 施設での生活をはじめて数日たったころ、乾ききったのどが水をほっするように、榎本さんに電話をかけていた。


『はい、榎本です』


『あの…… この前助けてもらった広崎です』


『ああ、キミかぁ、どうだい元気かな~』


『はい…… いえ、やっぱり、だめなんです。あの日から、ずっとあの日のことが頭にこびりついていて』


『そうかぁ、それはつらいだろう~。どうだい、これからちょっと会ってみないか。話せばらくになることもあるだろう』


 電話越しに榎本さんのこちらを気遣う雰囲気が感じられた。


『いいんですか、お仕事中におじゃまになるんじゃ』


『いーんだよ、仕事なんて部下にまかせとくから、今は、キミのことのほうが重要さ』


『ありがとうございます… すいません、わたしなんかのために』


『それじゃあ、いまから車で迎えにいかせるからまっててくれな』


 通話がおわり、榎本さんと話したあと気が楽になっていたのにを感じた。


 アパートの前にたって待っていると、ほどなくして、黒塗りの頑丈そうな車がアパートの前に到着した。

 運転手は黒スーツすがたの男のひとでだまって、市ヶ谷駐屯地内の建物まで送り届けてくれた。


 入口に榎本さんが立っていて笑顔で出迎えてくれた。


「やあ、広崎ちゃん」


「榎本さん、このあいだは助けてもらってありがとうございました」


「いーんだよ、ここじゃ落ち着かないし、こっちについておいで」


 榎本さんの後について建物の中にはいったが、建物のなかにはスーツ姿や、自衛隊の制服姿のひとがいきかっていて、自分の場違い感で身を縮こまらせていた。


「すまないねぇ、こんな場所によびだしちゃって」


「い、いえ、こうしてあってもらえるだけでも」


 エレベーターに乗って、廊下をあるいた先の部屋のなかにはいった。

 部屋のなかは広く、大き目の窓ガラスから入ってくる日の光で明るかった。

 部屋の中央におかれたソファをすすめられて、ふかふかの感触を感じながらすわった。


「広崎ちゃん、コーヒーでだいじょうぶかな」


「あ、はい、ありがとうございます」


 部屋にそなえつけられた簡易的なキッチンで榎本さんが、コーヒーをいれてわたしの前のテーブルにおいてくれた。


 榎本さんがコーヒーをブラックのまま飲んでいたので、わたしもまねして、いつもはいれる砂糖をいれずにそのまま飲んだ。


「くくく、ほらがまんせずに砂糖かミルクつかいな」


 苦さに顔をしかめるわたしをみて、榎本さんが笑いながら砂糖とミルクの入ったポットをすすめてきた。


 それから、榎本さんはこちらの反応をみるように黙ったままコーヒーをすすっていた。


「あの…… 自分のせいで他のひとが死んじゃった場合ってどうすればいいんでしょうか?」


 わたしは、意を決して切り出し、おそるおそる榎本さんの顔をみた。


「ん~、そうだなぁ。ちょっと、昔話でもするか。オレには妹がいたんだが、普段はおっとりしてるくせに、妙な頑固な部分があるんやつでな」


 どこか懐かしむような表情をしながら、榎本さんが話し出した。


「へぇ~、榎本さん妹さんがいらっしゃるんですね。いまはどうしてるのですか?」


「死んだよ」


 ポツリとつぶやくようにいうと、榎本さんはコーヒーをすすった。


「……すいません、へんなこときいちゃって」


「いーや、いいんだ。死んだのは3年前だからなぁ。もうそこまでショックはのこってないさ」


 そういって、否定するように手をふりながら笑っていた。


「あいつはなぁ、最後までバカなやつで、他人を助けようとして、自分が死んじまったんだぜ。そのとき思ったんだよ。オレがちゃんと止めてれば、あいつを死なせずにすんだのになぁって」


「そんな、榎本さんは悪くないですよ。ご自分を責めないでください」


「お、そういってくれるか。あんがとな」


 感謝を口にしながら笑いかけてくれる榎本さんをみていると、なにかが満たされる気がした。


「そんでいまは、自衛隊につとめて市民を救ってるってワケさ」


 はなし終えると、片眉をあげながら皮肉げな笑みをうかべて榎本さんは肩をすくめた。


「あの、わたしでもなにかお力になれることはないですか」


 どこか悲しそうな榎本さんをみていると、いてもたってもいられず口にでていた。すると、榎本さんは口元をニヤリと歪めた。


「実はだね。キミは能力者なんだよ」


「わたしがですか……?」


「そう、魔物におそわれていたとき、攻撃をふせいでいただろう」


 そういえば、目の前に透明な膜のようなものがでていた。あれはわたしがやっていたことだったのか。


「キミのその能力を役立ててみる気はないかい?」


 わたしは身をのりだしながら即答した。


「はい、やりたいです。わたしなんかでやくに立てるならば」


「おお、そうかそうか。亡くなったキミの友達もきっとキミの活躍を応援してくれるさ」


 わたしを安心させるようにいいきってくれる榎本さんをみて、ひとつワガママをいうことにした。


「あの、お願いがあるのですが」


「どうした、いってみろよ」


「わたしのこと、下の名前の“鏡”でよんでくれませんか」


「ん、ああ、わかったわかった。鏡」


「はい、ありがとうございます!」


 その後、家に帰り榎本さんと一緒に両親に、自衛隊に入ることを話した。

 最初は、難色をしめしていた両親だったが、自衛隊に入れば専用の宿舎での生活と、自衛隊への関連企業に父がはいれるように取り計らうと榎本さんからから言われると、考え込んだ後同意してくれた。


 そして、榎本さんが指揮をとっている特務隊という部隊に所属になった。


(榎本さんのためなら、なんだってやってみせる。ここがわたしの居場所なんだ)



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