2. 今の日常生活
1話修正。話を追加しました。
ギルド局は全国の主要都市に支部が設けられ、担当区域で発生した魔物への対応を行っている。
ギルド局東京支部は、魔物によって甚大な被害を受けた新宿に建てられ、都内で発生した魔物を駆除している。
ギルド局は広い敷地を強固な壁で囲い、魔物発生時の市民の避難場所としての役割も持っている。
敷地の一角に建てれられたギルド局職員用の宿舎に向かって歩く小さな姿があった。
赤いランドセルを背負い、耳が隠れる程度に無造作に切られた黒髪を揺らしながら、静かに歩いていた。
年のころは十代に入ったばかりの幼さの残る顔立ちをしているが、半眼に開かれたまなざしはガラス球のようになんの感情もうかべていなかった。
少女は鍵をとりだし、玄関の扉を開けた入った。
「……ただいま」
しかし、そこには誰もおらず返事は返ってこなかった。
少女は居間にかざってある両親の写真を眺めてから、ただいまとつぶやいた。
外に干してある洗濯物を取り込み畳んでから、風呂の掃除をしていると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま、あ゛ー、だりい」
「……おかえり」
玄関の方をみると、ギルド職員の制服を着崩した兄が入ってくるのがみえた。
兄は疲れた様子で、音を立ててソファーに座り込んだ。
「……兄さん、ごはんは、どうする」
「ん~、くってきた。おまえは?」
「わたしは、これがあるから大丈夫…… お風呂、わいてるよ」
味気のない栄養食をかじりながら返事をした。
兄はなにかいいたそうにみていたが、気だるそうに立ち上がって、風呂場に向かっていった。
ぼーっと、ニュースをテレビで見ていると、兄がお風呂からあがってきた。
「……兄さん、今日の任務、だいじょうぶだった?」
「ああ、ゴブリン3体が相手だったから楽勝だったな」
「……それなら、いい」
その後、特に会話はなくお風呂に入り、宿題をすませてから寝た。
次の日の朝、支度を整え玄関からでると、丁度隣人もドアを開けて出るところだった。
「あ、葉月、おはよう!!」
「……おはよう、花梨」
赤みがかった長い髪をツインテールにした女の子が笑顔で挨拶をしてきた。
この子は、赤井花梨。中等部二年生ながらギルド局につとめる勇者だ。年が近いこともあり、気軽に話しかける仲となっている。
「ふあぁぁぁ~」
そこにアクビをしながら兄が玄関をくぐってきた。
「なによ、あんたもいたの」
「そりゃあ、おれの家なんだから。なんか文句あンのか」
花梨が釣り目がちな目を細めて、兄とにらみあっていた。
「……二人とも、ケンカ、だめ」
「うっ、オレがこんなちみっこいのとケンカするわけねーだろ」
わたしがじっと兄を見ると、兄が花梨の頭をぽんぽん叩きながら笑いかけてきた。
「ちょっと、やめてよ」
花梨は手を振り払いながら、兄から距離をとった。
「わたしは学校にいくからね。亮介は放課後にちゃんとギルドに顔をだしなさいよ」
そういうと、花梨は走っていった。
「はぁ、朝からつかれた。オレたちもいくか」
「……うん」
兄と一緒にギルド局の敷地から出て学校に向かった。魔物の被害による混乱から、小中高の統廃合がすすめられ最終的に一つの敷地内にまとめられた。そのため、兄と一緒に学校に通っている。
兄としては、通学中に魔物に襲われるかもしれないのが心配というのもあるようだ。
学校前で兄と別れ、初等部の校舎に向かった。
たくさんある教室のなかから、5年生の教室にはいり窓際にある自分の席に座った。
ランドセルのなかから教科書を取り出し、机の中にしまっていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
「葉月ちゃ~ん、おはようっ!!」
「……おはよう」
朝から元気な声で挨拶をしてきたのは、クラスメイトの平野美里だ。トレードマークのポニーテールがぴょこぴょこ跳ね回っていた。
「あはは、今日も葉月ちゃんはテンション低いねぇ」
「……いつもどおり」
「葉月さんや、ちょっとお願いがあるのだよ」
「ん」
手をすり合わせながらよってきた、美里に無言で宿題のノートを渡した。
「おお、さっすが葉月ちゃん!!なにもいわずに通じ合うとは」
「……美里が、宿題やってこないのは、いつものこと」
美里は笑ってごますと、急いで宿題を写し始めた。
ぼーっと外を眺めていると、中年のジャージ姿の男の担任教師が教室のドアを開けて入ってきた。
「おーし、写し終わった。ありがとね」
どうやら、授業が始まる前にギリギリ写し終わったようで、美里がノートを返してきた。
「よし、授業はじめるぞ。みんな、席につけー」
先生が声をあげると、教室にちらばっていたクラスメイトたちが自分の席に戻っていった。
出席の確認が終わり、授業がはじまった。
算数、国語とつづき社会科の時間となった。お昼に近づいてるせいか、となりの美里はおなかを押さえながらハラヘッタとつぶやいていた。
「……近年になり発見された異世界の存在によって、世界には危機がおとずれた。“魔物”とよばれる怪物たちが、突然現れては人や街をおそうため、軍の対応はいつも後手に回ることが多かった」
先生が教科書を片手に説明を続けた。
「しかし、魔物が現れる前兆として現れる空間のゆらぎを感知することで、魔物の出現地点となる空間のひずみ“異相境界”の場所を予測できるようになり、被害を抑えることができるようになった。」
そこで、一旦言葉をきると美里に向かって質問した。
「平野、空間のゆらぎを感知し対処する組織の名前をいってみろ」
「“ギルド”です!!」
「よし、そうだな。そして、そこに所属して魔物とたたかうものたちを“勇者”と呼んでいる。今の平和があるのは勇者のひとたちのおかげだということを覚えておけよ」
そこで、チャイムの音が鳴って午前の授業が終わった。
「葉月ちゃん、はらがへって我慢の限界だ。早く食堂にいこうぜ」
美里に促されて、学園の食堂に向かうと、そこは同じように腹をすかせた生徒たちでごった返していた。
トレーを手にもって列の最後尾にならび、トレーに料理ののった皿を載せていった。
なんとか、あいている場所を見つけて座ることができた。
隣に座った美里は、おかずの焼き魚を骨ごとしっぽからバリバリと食べていた。
わたしは、はしで身をほぐしながら食べていたので、美里が先に食べ終わってしまった。
少しでも腹を満たそうと、美里が水をガブガブとのみながら話しかけてきた。
「今日の授業にでてきたけど、勇者ってかっこいいよな~、アタシもギルドにはいってみたい」
「……でも、勇者になれるのは、能力者だけだよ」
「そうなんだよなぁ、アタシにも早く能力でないかなぁ」
異界とつながるようになって、能力に目覚めたひとがでてきたが、まだ少数であった。
能力は老若男女の区別なく現れているが、年の若い子供のほうがでやすいという傾向が報告されていた。これは、異界からの影響を子供の方が受けやすいせいという説もあったが、本当のところは分からない。
学校を一つの敷地内に収めているのは、能力のでた子供を発見しやすくするという側面もあった。
そのとき、ざわざわしていた食堂が一瞬静まり返った。
まわりのひとがヒソヒソ話しながら、入口のほうに目線を向けていた。
「おい、アイツが……」
「こわいわね」
入口には特徴的なツンツンした黒髪をもつ兄が入ってきたところだった。
兄は料理の皿を乗せたトレーを持って、座る場所をさがしているようだった。
「おーい、リョースケ~」
美里が手を振り、兄がこちらに気づいたようだ。
こっちに兄が近づいてくると、周りの人間は立ち上がり周りの席に空白地帯が生まれた。
「よウ、となり座るぜ」
「リョースケも焼き魚定食にしたのか」
美里はとなりに座った兄に笑顔をうかべながら話しかけていた。
「ああ、ここの肉はゴムみてえに硬いからな」
「なあなあ、この前いったっていう任務のことはなしてくれよ」
「あとでな、あんまり気分のいい話じゃねえからな」
この二人は結構気が合うようで、美里が勇者にあこがれるのも兄の影響かもしれない。
兄が周囲を気遣うような発言をしているが、周囲から向けられる困惑や恐怖を含んだ視線にはまるで無頓着なようだ。
構わず談笑していられるのは、この二人ならなのだろう。
食べ終わり、美里が兄に任務のときの話をせがむので、学校の敷地内にある芝生のしかれた広場で暖かな日差しをあびながら話をしていた。
「出動要請がきて、市街地にでたゴブリンを倒しただけだぜ」
「そんなことねーよ、すげーなリョースケは!!」
一般人にとってゴブリン1体でも、十分な脅威となる。それをずばずばと倒す様子をきいて、美里は目を輝かせながら聞いていた。
だけど、他のひとは逆の反応を示す。一般人にはない力をふるって暴れまわる様をみて、多くのひとは能力者を恐怖の対象としてみている。
とりわけ兄は校内でも有名な能力者のため、他の生徒からは避けられ遠巻きに見られている。
昼休みが終わり、兄と別れて教室に戻った。
午後の授業も終わり、学園の校門まで美里と一緒にあるいてきた。
「じゃーなー、葉月ちゃん」
「……じゃあね」
校門前で美里と別れて、ギルドの宿舎に向かって歩いていった。