14. 鬼にされた人間(2)
柊の能力のうわさが広まったのか、ほかの避難所からも治療のためにくるようになった。
切り傷から、骨折、はては部位欠損まで治してしまうため、柊を拝むものさえいた。
「すごいひとだかりですね」
「ああ、あいつちゃんと休めてんのかな」
医務室のまえには、治療をまつ人の列ができていた。
「葛原さん、彼女の夕ご飯もっていってあげてくださいよ」
「なんでおれが?」
「彼女をおれたちの会社に誘うつもりなんで、いまから彼女に好印象あたえておこうっていう腹積もりッスよ」
黒い笑みを浮かべる隆二に押し付けられる形で、夕飯ののったトレイをもって医務室にいった。
「よう、晩飯もってきたぜ」
「す、すいません、もってきていただいて」
ようやく、並んでいたひとがいなくなったようで、柊は疲れた顔をしてた。
「おまえ、ちゃんと休んでるか、他人を治して自分が体調崩してたら世話ないだろ」
「はあ、ごもっともです」
申し訳なさそうな顔をする柊に、医者のじいさまが声をかけた。
「そうじゃのう、柊君、次からは受け入れる人を減らすか。よっぽどの重傷者以外は受け入れないようにしよう」
「しかし、せっかくきていただいたのに……」
「なあに、ちょっと切り傷ができたぐらいでくるようなやつらなんざほっとけばいいんじゃ。人間は結構頑丈にできてるもんじゃ」
「じいさん、医者のあんたがそれいっちゃおしまいだろ」
「ほっほっほ」
それから、避難所のリーダーから、他の避難所のもとに通達がいき、治療をうけにくる人間がへった。
「おかげさまで、だいぶ楽になりました」
今日も夕食を届けにいくと、前のほんわかした笑顔にもどった柊がいた。
柊やじいさんと雑談をしてから、部屋に戻った。
次の日の昼間、異変が起きた。銃声が鳴り響き、悲鳴が聞こえた。
場所は医務室の方からだった。
「いいか、ちかよんじゃねぞ。この女の命がおしければ素直に通しやがれ!!」
駆けつけると、男が柊の腕をひねり上げながら頭に銃を突きつけていた。さらに、男のよこには威嚇するようにこちらに銃を向けているやつが2人いた。
男を取り囲む人垣のなかにじいさんがいたので、事情をきいた。
「じいさん、いったい何があった!」
「今日、あいつら3人が治療を受けに来たんじゃが、医務室にはいってくるなり柊君を人質にとり、いまの状態になっとる」
「くっそ、あいつら最初から柊を狙ってきたのか」
おれは焦る気持ちを押さえつけ、どうするか考えを必死にめぐらせた。
「葛原さん」
そこに声の大きさを低くおさえながら、隆二が声をかけてきた。
「どうした?」
「おれに考えがあります。葛原さんあいつらの目の前で変身してください。そうすれば驚いて注意をひけるはずです。そのとき、おれの能力であいつらを制圧します」
「わかった、まかせろ」
オレは隆二の言うとおり、男たちの前にゆっくりと進んでいった。
「なんだ、テメエは、近づくんじゃえよ」
男はこちらをにらんですごんできた。
横目で隆二が合図を送ってきたのを確認した。
「グオオォォォォ」
なるべく迫力をだすために叫び声を上げながら変身し、おれの姿をみて男たちは目をむいて驚いていた。
「ひ、ひぃ、化け物」
男たちは恐怖に怯えながらこちらに銃を撃とうと構えた。そこに、隆二が背後に回りこんでいた。
「剣よ、貫け!!」
隆二が地面に手をあてて声をあげると、男たちの足元から針のように細い剣の切っ先が生えてきた。
「ギャアアア、いってぇ、なんだよこれ」
剣の先端が男たちの足の甲を貫き、突然の痛みに驚いた男たちは叫び声をあげた。
「返してもらうぜ」
柊を捕らえていた男をころさない程度になぐりとばし、柊を抱え上げると安全圏まで後退し下ろした。
「た、助けていただきありがとうございました」
「礼はいい、いまはあいつらをなんとかするのが先だ」
オレは怒りを覚えながら男たちに近づいていった。
「くそっ、こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ。もういい、力づくでいくぞ!!」
男が叫び声をあげると、周囲の建物の影から銃を構えた男たちが出てきた。
「くそ、隠れていやがったのか。隆二、守ってやってくれ」
「りょーかい」
男たちは柊にむかっていったが、隆二が作り出した特大の盾によって阻まれていた。
おれの方にむかってくる男たちを軽く殴りつけ昏倒させていった。
(くっそ、やりづれえ、魔物とちがって本気でいくわけにいかねえし)
変身後は表皮も固くなるようで、銃でうたれても少し痛いと感じる程度で済んでいた。
「くっそ、くるな、くるなぁ!!」
錯乱した男のひとりがやたらめったらに銃を乱射しだした。
そこに、逃げ回っていた子供が走ってきた。
「ママぁー!!」
「あぶねぇ、くるんじゃねえ!!」
そして、銃弾は吸い込まれるように子供に当たった。
「てんめぇぇぇ!!」
怒りに意識が真っ赤になり、握りこぶしを叩きつけると男は地面の染みと化した。
それから、他の男たちを全力で殴り飛ばし、あたりには体がおかしな方向におれまがった死体が転がり、静かになった。
「おい、嬢ちゃん、だいじょうぶか!!」
変身を解いて、撃たれた血まみれになった子供のもとに駆けつけたが、弾は内臓を食い破り、すでに息をしていなかった。
「葛原さん!!」
「隆二か、すぐに柊を呼んでくれ」
「わかった」
柊とじいさんが走ってきて、すぐに子供を見せた。
「柊、この子を治してやってくれ」
「……すいません、わたしにはこの子は治せません」
「どうして!!」
「死んだひとを能力で治すことはできません……」
「そんな……」
そこに、慌てながら近づいてくる女性の姿がみえた。
「美咲!! どうして、どうして、うちの子が…」
どうやら、この子の母親だったようだ。
オレはどうしたらいいかわからず、うなだれていた。
「あんたのせいよ、あんたが美咲を殺したんだわ」
「おかあさん、それはちがいます。彼はその子を守ろうとしてました」
じいさんが、たしなめるように言ったが、女性は泣きながら叫んでいた。
「あんたみたいな化け物に人の子を守れるわけないでしょ!!!!!」
「ちょっと、おばさん」
隆二が間に割って入ったが、周囲の反応は冷ややかだった。
「どうして、みんなそんな目で葛原さんをみてるんだよ…… 葛原さんがどれだけここを守ってきたかみてきただろうが!!」
隆二が叫ぶが、目をそらすだけで何も返してこなかった。
「隆二…… いいんだよ、最初からこうなることはわかってたんだ」
はじめて能力を使ったときに、オレの方をみている目、それは異物を見るときのものだった。
「葛原さん、どうして、何も言わないんだよ!!」
隆二が泣きながらオレに訴えていた。
「すまないな、みんな。いままで、世話になった、ここからでていくよ」
「葛原さん、あなたはなにも悪くないです。どうか罪の意識を持たないでください」
「柊、ありがとうな」
泣きそうな顔をした柊に背を向けて、出口にむかって歩き出した。
「まって、おれもいく」
「隆二、おまえは残ってもいいんだぞ」
「なに言ってんだよ。おれと葛原さんはコンビだっていったでしょ」
「しょうがねぇやつだな」
魔物を防ぐために築いたバリケードを飛び越えて、外に出て行った。
外にでてからいろんなヤツに出会った。
能力に目覚めて家族から逃げ出した中学生、親友だと思っていた人間から化け物といわれた高校生、子供を道具のように扱われた母親、そいつらはみんな途方にくれた顔をしていた。
自分の居場所を失い、他人を憎もうとしても憎みきれず、不安定な心をしていた。
放っておけず世話していたら、いつの間にか人が集まるようになっていた。
初めは暗い顔をしていた隆二も人が集まってくると、笑うようになり、まあこれでもいいかと思えるようになった。
このあいだ会った嬢ちゃんもいままであってきたやつらのように暗い顔をしていたので、思わず声をかけていた。
無表情な顔をしていたが、瞳の奥にはなにか暗く煮詰まった感情が見え隠れしていた。
そういえば、嬢ちゃんに何かお礼をさせてくれといったら、ギルドにいたあの若いあんちゃんを助けてやってくれと言われた。
(あいつには、逃げるときに手助けしてもらったし、困ってそうなときに手を貸してやるか)




