13. 鬼にされた人間(1)
嬢ちゃんの能力でとばされた先は杉並区だったようで、丁度いいのでこの近くで拠点を築くことにした。
人気が無い廃墟と化した街中をあるいて、拠点にしやすそうな場所をさがしていた。
「葛原さーん、あのビルならいいんじゃないッスか」
隆二が指差す先には、8F建ての建物があった。
「あー、そうだな」
元はデパートだったようで、1Fのシャッターを下ろせば防壁にもなるだろうし、なにより、地下駐車場もあるので、地上からにげられなくなったときの出口にもなる。
「みんなー、そこのビルにいくよー」
隆二が声をかけると、みんなが返事をしてついてきた。
最初は、隆二と二人だったが、逃げてきた能力者たちを仲間にしていくうちに、いつのまにか大所帯になっていた。
3年前魔物が各地に発生するようになり、当時警官だったオレは、避難先の自警団のリーダーをやることになった。
避難先は大学で、大人数を収容できる鉄筋コンクリートの建物と、まわりを囲むブロック塀によって、比較的魔物からの襲撃に備えやすかった。
危なそうな箇所は大型の車両でふさぐなどして、バリケードを築いていった。
魔物が攻めてきたときは、戦える男たちが塀のうえから、石をなげたり、棒の先に包丁をくくりつけた即席の槍をつかって、倒すことはできなくても撃退することができていた。
そんなある日、危機は唐突に訪れた。
「大変だ、トロールがきやがった!!」
見張りにたっていた男が慌てたようすで皆に状況を伝えた。
ざわざわと騒ぎ出す連中をだまらせるように大声をだした。
「大丈夫だ。1班から3班はいつもどおり、塀の上から威嚇してくれ、4班はおれについてきてくれ」
大型のモンスターが襲撃してきたときのための備えはしておいた。
「いまから、あそこにおいてあるトラックでつっこむぞ。おまえたちはダンプを動かしてる間、周囲の警戒を頼む」
塀の外におかれた10tトラックを指差した。魔物がいないときにエンジンがかかることは確認しておいた。
男たちは角材や鉄パイプなどそれぞれの獲物を手に持って周囲の警戒をしていた。
運よく魔物に遭遇することなくトラックにたどり着くことができた。
「ゲンさん、おねがいします!!」
「おう、まかせろや」
元トラック運転手のゲンさんに運転を頼み、トロールがいる通りまでトラックを守りながら、周囲の警戒をしていた。
「トロールがみえた、ゲンさん、一発でかいのぶちかましてください」
「やったるぜぇ!!」
トラックはエンジンをふかし、急加速しながらトロールにせまった。
途中にいたゴブリンが跳ね飛ばされ、そしてトロールにぶつかった。
すさまじい衝撃音を立てながらトロールが吹っ飛ばされた、ダメ押しとばかりにトラックが倒れたトロールを轢いていった。
「おっしゃー、やったぜ!!」
傷だらけになって地面に倒れているトロールをみながら男たちが喚声を上げていた。
だが、つぎの瞬間、男たちの顔を絶望に彩られた。
倒れたトロールが多少ふらつきながらも立ち上がり、自分をふっとばしたトラックに向かっていった。
「ゲンさん、逃げろ!!」
轢いたトロールの様子をみるために停車していたトラックを動かそうと、ゲンさんがあわててギヤの操作をしているがそこにトロールが体当たりをした。
トラックは横倒しになり、次にトロールは壁のほうから見ている自警団の連中に目を向けた。
「やばい、全員さがれ!!」
トロールは勢いをつけて壁にタックルをした。
「うそだろ」
その一撃で壁がガラガラと粉塵を撒き散らしながら崩れた。
トロールににらみつけられた男たちは恐怖で身がすくんで動けなくなっていた。
「くそったれ、全員にげろ!!」
おれは無駄と知りつつも、手に持った金属バットをトロールの背中に打ちつけた。
トロールはまるでうるさい虫をはらうかのように、手をふるとオレの体はふっとびゴロゴロと地面を転がった。
(ちくしょう、これじゃあ、まるで子供と大人の戦いじゃねえか)
もしも、オレにもトロールのような大きい体と力があればと念じた瞬間、体に異変が起きた。
体中が熱くなり、体内をかきまわされるような痛みに襲われた。きづくと視点が高くなりトロールと同じぐらいの高さになっていた。
頭が沸騰するような興奮につつまれ、トロールを力任せに殴りつけた。
すると、あれだけの頑丈さを見せ付けていたトロールが地面に倒れた。
だが、興奮した俺はそんな異常を気にすることもなく、倒れたトロールの頭を足をのせて力をこめた。
足の下で硬いものを割った感触がして、トロールは動かなくなった。
他の連中の様子をみようと振り返った。
「ヒッ」
「おい、どうしたんだ」
「く、葛原さんなのか」
恐怖に顔をゆがめ狼狽する仲間たちの様子をみて、頭が冷えてきた。
自分の足元を見ると、そこには真っ黒で丸太のように太い足があった。慌てて手のひらをみると、同じように真っ黒で何本もの荒縄を束ねたような筋肉質な腕があった。
「おいおいおいおい、なんだ、これ!? もどれ、もどれ」
オレは必死に、自分のもとの姿を頭に浮かべながら念じた。
すると体が縮み、もとの姿にもどった。
オレはホッと一安心しながらため息をついた。
「葛原さん、さっきのは一体?」
「オレにもわからない…… 戦っている最中にああなっていた」
「もしかして、能力者ってやつなんじゃ」
魔物が現れてから、急に妙な力を手にいれた人間がいたというのはウワサにきいていたが、まさか自分がそれになるとはな。
喜べばいいかわからず、黙っていると
「ま、まあ、いいんじゃないのか、魔物をあんな風に倒せるなんて頼もしいじゃないか」
一人の声につられてみんなが歓迎する雰囲気になっていたが、その表情はいままで仲間として向けていたものとは違っていた。
その後、魔物が襲撃してきたときは、オレ一人で処理するようになっていった。
あるとき、道をあるいていると物陰で話している声がきこえた。
「いやー、まじで葛原さん様様だよな。あのひと守護神みたいに守ってくれてるからな」
「守護神というか、あの見た目だと阿修羅かもしれねぇな」
「ははは、でも、あの人、ほんとに人間なのかね。魔物あいてに素手で戦えるなんて」
「もしかして、魔物がとりついてるからあんな見た目になってるんじゃ」
話していたやつらは自警団の男たちだった。聞こえない振りをして、通り過ぎていった。
長く安全を守り続けているここの避難所のウワサをきいて、新しい人間が入ってくることが多くなった。
食料は定期的に自衛隊が届けてくれるのでなんとかなっていたが、居住スペースがだんだんと手狭になってきた。
オレが部屋を一人でつかっていたので、新しく入ってきた男が一緒に住むようになった。
そいつは武藤隆二という高校生で、金髪頭で小さ目の背丈の男だった。おれの背が高めということもあり、話すときはいつも見上げてきていた。
あまり物怖じしない性格のようで、会った時から下の名前で呼んでくれといってきた。
「葛原さん、葛原さん、能力者ってきいたんですけど本当ですか?」
「ああ、まあな……」
こいつもおれの戦う姿をみたら離れていくんだろうなと、あきらめを感じながらうなずいた。
「実はおれも能力者なんですよ、おれ以外で能力者のひとって初めてです」
そういうと、手のひらの上に小さなナイフを作り出した。
「おれの能力は《鍛治師》です。こうして好きな形の武器や盾をつくりだすことができるんスよ」
「ほう、すごいもんだな。オレの能力とはずいぶんと毛色がちがうな」
「きいた話では葛原さんの能力は変身して、怪力を発揮できるようになるそうじゃないスか。おれが武器をつくって、葛原さんが使ったらいいコンビになれると思いませんか!!」
「なるほど、それはおもしろそうだな」
隆二はキラキラした目でいってきた。
あとから聞いた話では、自分からオレと同室になれるように部屋割りをいってきたらしい。
それからは、隆二と共に前線にたって魔物を撃退するようになった。
能力に目覚めてからは、一人で戦っていたので、頼もしさと安心をひさびさに感じることができた。
ある日、戦闘中に傷をおった。
「大した傷じゃねえから、放っといても大丈夫だろ」
「だめッスよ、ちょっとした傷からバイキンが入って体調くずすかも知れないんスから。それに、医療班に一度いったほういいですよ」
何か意味ありげな笑みを浮かべながら隆二がすすめてきた。
医療班の詰めているのは、もとは大学の医務室だった場所だ。
「わりい、傷ができたから、なんか手当てできるものくれねえか」
中に入ると、元医者だという初老のじいさんの他に、もうひとり年若い女の子がいた。最近は、ひとが増えてきたせいで見慣れない顔が増えていた。
じいさんの前のイスに座り、問診を受けた。
「ふむ、どこに傷ができたのかな」
「腕に少し噛んだ後ができただけだ」
今日の魔物はトカゲの形をしたすばしっこいやつだったから、わざと腕にかみつかせてから捕まえて倒したときの傷だった。
「ふむ、柊君なおしてやってくれ」
「はい、わかりました」
柊とよばれた若い子が傷に手をそえると、見る見るうちに治っていった。
「これは、すごいな」
「じゃろう、柊君は《僧侶》の能力者なんじゃ。おかげで薬の節約ができてたすかっとるよ」
「ありがとな」
「いいえ、怪我したら遠慮せずにまた来てください」
柊はゆったりとした笑顔をうかべていた。その笑顔をみて心が安らぐのを感じた。
部屋に戻ると、隆二が待っていた。
「どうでした、会えましたか?」
「ああ、能力者がさらに増えているとは思わなかった」
「彼女は人当たりもよくて、どんな傷も直してくれるから結構人気あるらしいッスよ」
「そうか、オレみたいに壊すことしかできない能力より、ああいう人の役に立てるようなものの方がいいんだろうな」
「そんなことないッスよ!! 葛原さんが能力をつかってバリケードの設営や、持ち運びがたいへんな重いものを動かしてじゃないですか。これだって立派にやくにたってますよ」
「くくく、それじゃあ、まるで人間重機じゃねえか」
「おれ考えたんスよ。魔物がいなくなった後の世界で、葛原さんと一緒に会社をおこしたいって。葛原さんの能力ならどんな場所でも重いものをうごかせますから、引越し屋でもいいし、建築でもいけますよ」
「そうだな、考えておくよ」
「おれと葛原さんはコンビなんですから、一生ついていきますよ」
こんな世の中になったが、こいつと一緒なら少しは夢が見れそうだと思った。




