1. プロローグ
わたしの兄は勇者である。
現代日本社会で、なにをいってんだとおもうかもしれないが、本当だ。
現在、世界にはファンタジー作品でみたことのあるような怪物たちが闊歩し、平穏な社会は一変し、常に危険と隣会わせなものとなった。
ことの発端は、3年前、とある学者が異世界の存在を証明するといって行った公開実験だ。
学者は有名な物理学者で、あるとき異世界の存在に関する論文を発表したが、見向きもされず世間からは笑いものにされた。
学者は、だったら実在していることを証明してみせるといって公開実験を行うことを発表した。
話題に飢えたテレビ局が生中継をおこない、どうせ失敗して笑いをとれればいいや程度で流していた。
わたしもひまつぶしのために、居間のソファーに寝転びポテチをたべながらテレビをながめていた。照明がたかれ明るく広いスタジオの中で、白衣をきた白髪の老人が実験をすすめる様子をみていた。
「いいか、よく見ていろ。実際に異世界を見せてやる!!」
老人がカメラに向かって大声をだして、装置を起動させた。
しばらくたったがなにもおきず、リポーターがわざとらしい苦笑いを浮かべながら番組を切ろうとした。
「残念ながら、異世界を見るという壮大な実験は失敗に終わったようです」
次の瞬間、それはおきた。
ガラスがきしむように割れたときのような破砕音が響いた後、緑色の肌をして醜悪な顔をした小学生ぐらいの背丈の生物が忽然と現れた。
「見ろ!! やはり私の理論は正しかったのだ」
現われた生物を指差しながら学者が狂喜していた。だが、そのあと身の丈3mをこす灰色の肌をした筋肉の塊のような人型の怪物が出現し、学者の頭を握りつぶした。
その光景にスタジオにいる人々は硬直し、さらにファンタジー世界でみるようなモンスターがつぎつぎとでてきて、さっきまでハイテンションだったレポーターが悲鳴をあげ逃げ惑う阿鼻叫喚の図となった。
映像が切り替わったが、さっきまでみていたことを思い出しながら呆然としていた。
そのあと、テレビのどの番組でも緊急放送がながれつづけた。怪物たちは実験を行ったスタジオの建物からあふれだし、街のなかに散っていった。
怪物たちは街を蹂躙し、多くの人や建物に被害がでた。警官隊が逃げ惑う人々の避難誘導をおこない、自衛隊が出動した後、銃声がひびき街中から煙がたなびき、まるで戦争のような光景だった。
街中に散った怪物たちを倒しつづけ3日たったころ、ようやく沈静化することができたが、街は無残な様子となっていた。死んだひとや行方不明のひとが数え切れないぐらいいるらしい。
だけど、それだけでおわることはなかった。
怪物たちは場所をかえて出現するようになり、出現地点は日本の各地にとどまらず世界各地にでてくるようになった。
怪物たちの出現するたびに自衛隊が出動したが、対応しきれいないときは街ごと焼き払う場合もあった。
人々は、テレビごしにみていた怪物がいつそばにあらわれるかとおびえる日々をすごすことになった。
怪物たちはファンタジー世界のような見た目から“魔物”とよばれるようになった。
自然にひとびとは防衛機能の高い街にあつまるようになり、自分や家族をまもるために自警団を組んで怪物に対抗していった。
しかし、人間の身体能力を明らかに上回る怪物たちによって少なくない被害がつづいた。
一方で、怪物が現れた時期を境に、特殊能力をもつ人間が現れるようになった。
その能力は多岐にわたり、なかには魔物を単独で撃破できるひともいるらしい。
政府は突発的におきる怪物の出現に即時に対応でき、市街地で被害を最小限に抑えながら戦うことができる部隊の設立をすすめた。
能力者をあつめ、国から認められた独自の指揮系統をもつ組織“ギルド”が立ち上げられた。
そして、ギルドに属する能力者たちは“勇者”と呼ばれた。
やがて、研究がすすみ怪物たちの出現地点の予測を立てられるようになり、現場に行った勇者たちによって迅速に魔物が駆逐され、ある程度の平穏を取り戻すことができた。
ひと気がない住宅街の中、家の生垣で身を隠しながら路地の先を見つめる男がいた。男の姿は、都市迷彩の戦闘服に身を包まれおり、その落ち着いた物腰と、あごに生えた無精ひげもあいまって歴戦の戦士のようだった。
「こちら敷島、魔物を確認。敵はゴブリン、数は3だ。まだこちらに気づいていない。地点αまで集合せよ」
男が口元のインカムを通じて連絡をとると、男と同様にヘルメットをかぶり都市迷彩服姿の3人が忍び足で集まってきた。
3人は、まだ成長期であろう小柄な少女と、20歳付近女性、高校生ぐらいの男だった。女性2人は手に自動小銃を構えて緊張した面持ちだったが、男は太く長大な六角棒と呼ばれる鉄の棒を肩にかけて、目をギラつかせながら通りにいる怪物に目を向けていた。
通りには、緑色の肌をした子供ぐらいの身長の怪物がいた。手にはそのへんで拾った木の棒をもっていて、顔を醜くゆがませ、ゲキョゲキョと奇妙な声を上げていた。
無線を通じて連絡が入ってきた。
『勇者小隊03に告げる。周辺の住民の避難は完了した。魔物の駆除を開始せよ』
連絡をうけて無精ひげの男が指示をだした。
「赤井が先制攻撃を加えろ。その後、結城が突撃して一気に攻撃をしかけろ。オレと柊が援護射撃を加える」
3人がうなずき、無精ひげの男が怪物の様子をみながらハンドサインを出すと、赤井と呼ばれた少女が通りに飛び出し手を怪物たちにむけた。
「燃えろ!!」
少女の声と共に手の先から炎が渦巻くように放たれ、怪物たちを襲った。
怪物たちは突然の熱さにもだえ苦しんでいた。
そこに結城と呼ばれた男が怪物めがけて疾走した。
「オラアアァァァッ!!」
叫び声とともに六角棒を真横になぐと、ブンという風切り音を出しながら怪物たちに襲い掛かった。
『グシャアッ』
六角棒の重量と男の力がのった一撃によって、怪物たちはまとめて砕け散り、周囲に緑色の体液と肉片が散らばった。
「うえぇぇ」
スプラッタな光景をみた少女は、顔をしかめていた。
「ちょっと、あんたやりすぎなのよ!! こんなにしたら研究用に死体を持ち帰れないでしょうが」
「ああン、うるせーな。たおしゃいいんだよ。ほら魔石はとれただろ」
男はそういって、死体の中からにごった赤い色をしたこぶりな石をとりだした。
「おまえら、まだ戦闘は継続中だ。周囲の索敵するぞ」
無精ひげの男が面倒くさそうに二人に声をかけた。
「ほらほら、はやくやりましょう~」
柊とよばれた女性が気の抜けるような間延びした声でうながすと、4人は警戒しながら周囲の索敵を始めた。
しばらく索敵していると、無線から連絡が入った。
『異相境界の消失を確認。各小隊は帰投せよ』
「よし、おまえら撤収する」
無精ひげの男は警戒態勢をとき、自動小銃の紐を肩に通して道を歩いていった。
その後ろを六角棒を肩にかついでふてぶてしいかおつきで、けだるそうに歩く男が、わたしのお兄ちゃん“結城亮介”である。