第8話 ノリ打ち、ダメ、ぜったい
「じゃあ、平和おじさんは?」
ハナは外の様子をちらと見てからオレに聞いた。昼下がりのバーガーショップ。雨はもう止んでいる。
「しっている」オレは答えた。
平和おじさんというのはオレのことではない。十円BBAとおなじ、アークというパチンコ屋さんの常連さんだ。
十円BBAにしろ平和おじさんにしろ、ハナが勝手につけたニックネームである。でもそれで意味が通じてしまうところがすごい。
「平和の機種ばっかり打ってるおじさん、でしょ。銭形、ルパン……あと黄門ちゃま、か」
「そう」と彼女はうれしそうに言った。「たまに(メダルを)出しているのは見かけるけど、あのおじさん、ほとんど負けてますよね。それでも平和の台ばっかり打つってゆう。どんだけ(平和が)好きなのって話ですよ」
「まあ、メーカーや機種の好みは人それぞれだからね」
言ってオレはコーヒーに口をつけた。
ハナはさっきから、M田にあるアークという店の常連さんのことばかり話題にしている。
そういえば、いちばん最初にオレが彼女からメモを受け取ったのもアークだったような気がする。
「ハナちゃんは、M田のアークがお気に入りなの?」
「……ユウトがよく、あの店で打っていたんです」
「なるほどね」
ユウト。ハナの元カレで現在失踪中……。その彼が戻ってくる可能性のある場所として、M田アークがもっとも有力とハナは考えているらしい。
つまり仲間であるオレに、アークを重点的に見張れと彼女は暗に言っているのだ。まったく、抜け目がない。
それから彼女と今後の方針みたいなものを、かるく決めて、その日は解散となった。
【基本方針】
1. 仲間としてパチスロ台に関する情報交換はするが、干渉はしない。
2.ノリ打ちは、しない。
3.万が一オレがユウト(元カレ)を見かけたら、ハナに報告する。
以上がオレらのルールだ。
1については、まあ、いままでどおりということだ。メアドを交換したことでこれまで以上に情報の伝達がスムーズになるかと思われる。が、お互いの立ち回りにはいっさい口を出さず、収支(成果)にも関心を持たないこと。それが、いちばん大事。
2は1の補足みたいなものだ。ノリ打ち、つまり資金を共同で出すようなことはしない。ダメ、ぜったい。あくまでお財布はべつ、ということ。
なんかオレら、理想の夫婦みたいじゃね?
仲間なのにノリ打ちしないっていうのは、たしかに、めずらしいかもしれない。
まあ世間にはノリ打ちしている人たちが、いっぱいいますよ。ヤ○ザ屋さんが資金を出して打ち子をつかっているパターンとかね。
べつにそれ自体は犯罪ではない。出玉を持っての台移動や出玉の共有なども、投資のリスクを減らす行為として存在している。
ただし、そういった行為を禁止している店もある。ようは店のルールとお客のモラル次第ということだ。
オレとハナはとにかく、情報面以外でのバックアップはお互いいっさいしないことにきめた。
それはそれで潔いんじゃ、なかろうか。
はい、ラスト3番ね。
これはぶっちゃけ、どうってことない。そんな言いかたしたらハナに怒られるかもしれないが。
ユウトというハナの元カレが店に帰ってくるか、こないか。それを偶然オレが見つけることができるか、できないか。
これはもう天文学的に不確かな事象ですわ。もし彼を見かけたらハナに連絡するってだけのこと。労力でもなんでも、ない。