第5話 雨女と英国紳士
さて、メールだ。ハナちゃんにメールしなくては。こういうのは勢いが大事なのだ。2、3日とか時間をおくと、かえって冷める。
だが……なんてメールしよう? ダメだダメだダメだ、考え込むとロクな結果にならない。
フィーリング重視で、フリーダムな感じに行ったらい!
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はじめまして、火野です。
いつもメモをくれて、ありがとう。
かなり役に立ってます!
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けっきょく、こんな文面に落ち着いた。あくまでライヴ感を重視した結果だ。すると、すぐに彼女から返信があった。
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メールありがとう。
いま、駅前のマックにいます。
火野さんとお話がしたいです。
待ってます。ハナ
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ひゃっほーーっい! ひゃっほい、ですよ。ついにきましたよデートのお誘いが。だが、しかし。
ここはあくまで慎重に臨んだほうがいい。いそいそと出かけて行ったらコワいお兄さんが出てきたとか、そういう事態も考慮するべきだ。
とはいえ、待ち合わせ場所は白昼のハンバーガー屋である。そこまで出向いて話を聞くくらいは、問題なかろう。
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了解です。
いまから行きます。
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とりあえずそう返信して、オレは早足でマックに向かった。いやダッシュしていたかもしれない。
「私、雨女なんです」
開口一番、彼女はそう言った。
あぶないところだった。梅雨の明けきらない7月の初旬である。オレがマックに入店するのとほぼ同時に、けたたましい音をたてて雨が降り出した。雷雨だった。
カウンターでホットコーヒーを注文した。この蒸し暑いのにホットですよ。昔から、そうなのだ。
会計を済ませて2階席へ上がった。1階に彼女はいなかった。
ハナは窓際の席で独り、外を眺めていた。雨を眺めていたのだろうか。
そんなわけで、店では何度も顔を合わせている女性とはじめて面と向かって話をする機会を得た。
はじめて彼女の声を聞いた。それが雨女のくだりだった。
「ここ、座ってもいいですか」
オレは英国紳士ばりに聞いた。べつに格好つけたわけじゃないが、いきなりどっかと座るのはちがうような気がしたのだ。
「私、雨女なんです」
質問の答えになっていない。だが欧米ではこんな場合、イエスと受け取るんじゃなかろうか。それくらいポジティヴじゃないとね。
「なんとかズブ濡れにならずに、すみました。いいヒキしてるでしょ?」
パチスロつながりだけにオレはヒキと言ってみた。
ギャンブルではよく、その言葉がつかわれる。ヒキがいい、またはヒキの強さなどと言われる。
あえて言おう、そんなものはない、と。
ほんとうにヒキがよかったら、確率とか関係なしに当たりをバンバン出してパチンコ屋さんが潰れちゃうでしょ。
ヒキがよかったというのは、あくまで結果論にすぎない。いま、その話はぜんぜん関係ない。
とにかくオレはハナの対面に座った。彼女は緊張しているようだった。
まあ、気持ちはわからんでもない。どう考えたってふつうの相談では、なさそうだ。オレらは他人同士で、ただパチンコ屋で顔見しりというだけの間柄である。
「なんでも相談してください。できることと、できないことがありますが」
なかなか口火を切れない彼女にオレはそう言った。
ぶっちゃけ、できないことのほうが多い。お金の相談とかはまず無理だ。が、どんな可能性も否定できない。結婚を申し込まれるかもしれない。
ないか。