第4話 メールください
前回、天井狙いという立ち回りについて説明したが、天井近いハマリ台などそうポンポン落ちているものじゃない。
そこで良さげな台をゲットするために脚をつかうことになる。文字どおり、この2本の脚のことだ。
ようするに、いろんなお店の台を歩いて見て回るということ。これを億劫がるようじゃパチスロでは勝てない。
オレの地元M田は小田急とJRが交わるわりとデカい街だ。ホームグラウンドはあくまでこのM田だが、電車で4、5駅の範囲にあるパチンコ屋さんにはふつうに遠征する。
わざわざ電車賃を出してね……ここ重要。この出費をケチるようじゃパチスロでは勝てない。
M田はかぎりなく神奈川県に近い東京都と言われていて、だから、いちおう都内なのだ。
都内のパチンコ屋さんは営業開始が午前10時からと法で決められている。いっぽう神奈川は午前9時からだ。この1時間の差はけっこうデカい。
オレのパチスロ放浪記は、だいたい午前11時頃からはじまる。飲食店が混雑するまえに食事を済まし、いざ戦闘開始である。
でだ。午前11時の時点で神奈川の店では開店から2時間が経っている。都内ではわずか1時間だ。
店の盛況具合にもよるが、ふつうに考えれば、より長い時間営業しているほうが台の総回転数は上がっているはずだ。
とうぜんハマリ台も生まれやすくなる。なので、まずは神奈川県内のお店から見て回る。それがオレ流。
S原はM田からJRで4駅、快速なら1駅だ。ここもM田に負けず劣らずパチンコ屋さんが密集している。神奈川におけるメッカだ。
このメッカを巡礼してみて、良さげなパチスロ台があれば打つし、ダメそうであればホームグラウンドのM田へ戻る。そんな立ち回りを、ここ最近はずっとしている。勝率はすこぶる良い。
……おりょ? おりょりょ?
彼女だ。まさかの彼女ですよ。なぜ彼女がS原の店にいる。まあ、ここはM田からも近いし、いてもべつに不思議じゃないんだが……。
まさかストーカー? 彼女はオレをストーキングしているのか。
つぎの瞬間、オレの背に雷のような衝撃が走った。
オレは一気に理解した。そうか、そういうことだったのか。
オレの表情からなにかを読み取ったらしい彼女は、いつものようにメモを渡してくれた。が、メモの内容はいつもとちがった。メアドが書かれていたのだ。さらに、こう付け足されていた。
【メールください ハナ】
気づくと彼女は消えていた。まあそれはいつものことだが、オレはしばらく呆然としていたらしい。
やっと、わかった。彼女がなぜオレにパチスロ台に関する情報を提供するのかが。
彼女はオレと同類なのだ。いや、こんなみすぼらしいおっさんと一緒にされて彼女も気分がわるいかもしれないが。
とにかく、ことパチスロについていえば、彼女はオレとおなじアプローチを取っている。
天井狙いだ。そのために脚をつかってハマリ台を探している。M田のみならず、ここS原においてまで……。
彼女の地元はどこなのだろう。もしかしたら、このS原(神奈川)なのかもしれない。
最初に彼女がオレに気づいたのは、この近辺だったとも考えられる。そしてM田でもオレを見かけた彼女は、まちがいないと思ったのだろう。
この男はつかえる、と。まあ期待に沿えるかどうか保証はできないが、とりあえずオレらが似たような立ち回りをしていることは事実である。
さて。ようやく、ですよ。このときはじめて彼女の名がハナであることをしった。苗字はまだ、しらなかった。