第12話 よくないシナリオ
オレはコーヒーをひと口すすってからピーターさんに聞いた。
「ピーターさんは、その、オレに関する情報をハナちゃんから聞いたんだよね?」
ええ、そうよと彼はうなずいた。ピーターさんはおゲイである。
さっき彼から敬語は止せと言われたので、無理してタメ口にしたら、なんか微妙な感じだった。
「アタシは基本、土日しか稼動しないの。で、火野さんが土日にあらわれるのは月1程度だってハナちゃんから聞いていたから、今日もドキドキしながら待っていたのよ」
やはり、だ。ハナはオレの休みのローテーションを把握していた。ちょっと、おそろしい女の子だと思った。
「よくオレが見つけられましたね」
「火野さんの特徴を記したメールを事前にもらっていたから。メガネをかけていること、ほぼGパンを穿いていること、キャラクターの絵が描かれたスニーカーを履いていること、イタリア製のカバンを持っていること……」
「恥ずかしいから、もういいです」
なるほど。それだけ条件がそろっていればアホでもオレを見つけられるだろう。たしかにプライベート時の服装や持ち物なんて、ほぼ固定だものなあ。
「いやあ、彼女の観察眼は大したものっすわ。何者なんだろうね、あのコ」
オレは無理してタメ口に切り換えた。ピーターさんも仲間なんだから、慣れていかないと、だ。
「やっぱり火野さんも、そう思う? アタシもよ。……ふつうの女の子が、元カレを捜すためにここまで骨を折る?」
「ふつう、じゃないね」
「こんなシナリオは、どうかしら。アタシの勝手な想像だけど」
そしてピーターさんは意外な持論を展開しはじめた。
それによれば、元彼を捜しているのはハナではなく、じつはヤ○ザ屋さんというオチである。
ユウトはただのチンピラで、ハナとは何の関係もなく、ハナはただヤ○ザの命令でそのチンピラを捜索しているにすぎない。
なぜハナがヤ○ザの命令に従うのか。ヤ○ザの女だから? そんなこと、想像したくもない。
「うーん……考えたくないけど、意外といい線、行ってるかもね」
オレは唸りつつ言った。
「でしょー? ってことはアタシたち、ハナちゃんじゃなくヤ○ザに協力していることに、なるよねえ」
沈黙がおちた。あまり建設的な話題じゃない。
いや、そもそも失踪した男の帰りをパチンコ店で待つなんてこと自体、荒唐無稽なのだ。まあオレやピーターさんにとっては、デメリットがないことだけが救いである。メリットも(ほとんど)ないけれど。
「けっきょくオレらにできることって、いままでどおりパチスロを打つことだけだよね」
「そうねー。……あまり火野さんとお会いできないのが残念だけど」
なんだろう。ピーターさんのなかで、オレはどストライクなのだろうか。いや、たぶんそういう意味じゃない。
ゆうたらオレが平日担当、彼は土日担当だ。ここでもすれ違いというか、よく言えば役割分担がなされている。
じゃあハナの担当はいつだろう。平日のうちで、さらにオレが店へ行けない日をカバーしているのだろうか。
それとも、もっともっと仲間を増やすべく営業活動にいそしんでいるのだろうか……。
「最近あまりハナちゃんからメール、ないんだけど。ピーターさんもそう?」
「ええ。ひさしぶりに彼女からメールがきたと思ったら、火野さんってゆう後輩ができました、だからね」
「彼女がくれるハマリ台の情報、けっこう世話になっていたんだけどなあ」
するとピーターさんは苦笑しつつストローでアイス・ミルクティーを吸った。
「まあ飴と鞭で言えば、飴の季節は終わりですよって、ことかもね」
「雨の季節はまだ終わってないよ」
オレは柄にもなく詩的なことを言ってみた。またピーターさんが胸元で小さく拍手してくれた。