祈っても、想っても。
相手を大切に想う気持ちって大事だと思いました。
切なさが伝わると嬉しいです。
『ねぇ、海に行かない? 』
電話越しに泣いているのがわからないように、声が震えないように、必死に明るい声を出す。
『別に、構わないけど……』
戸惑っている少しくぐもった声、それすらも愛おしく感じてしまう。それ程までに彼が好きでたまらない。
だけど向こうはきっともう、私の事なんて興味もない。だって別に好きな子が出来ているんだもの。
昨日の放課後友達から聞いて、その場でへたりこんで泣いてしまった位ショックだった。
もう時期別れを告げられるのはわかってる。だから、全てが始まった思い出の浜辺で終わらせる事を決意し、彼に電話をかけたのだ。
彼が好きになってくれた私が彼処にはいる気がするから。
『海に沈む夕日が見たいの』
『椿来ってそんなロマンチストだったっけ? 』
『最近テレビで見たの。生でどうしても見たくなっちゃって』
ちょっと苦しいかな。普段テレビの話題なんてださなかったから。
『ふーん……わかった。じゃあ明日駅に集合な』
『了解。またね』
電話を切っても、涙は後から後から溢れていく。どうしてこんな想っている人を手放さなければならないんだろう。
スマホを机に置き、声も出さず涙が枯れるまでひたすら泣き続ける。このまま彼への想いも流れてくれればいいのに。そうしたらこの胸に込み上げる切なさも和らぐかもしれないから。
*****
「わぁ……綺麗だね」
「そうだな」
目の前に広がるのは夕日でオレンジ色に染まった美しい海。日の光でキラキラと輝くから少し眩しくて。時折吹く風が涼しくて気持ちが良い。お気に入りの紺のマキシ丈ワンピースの裾がバタバタとはためいた。
隣にはいるはずなのに一人分の間が空いていて、もう私に対する想いなんて無くなったのをまざまざと感じさせられた。わかってても辛いよ……
私が彼を好きになった浜辺は電車で片道一時間の場所にある。この時間帯になると人はほとんどいなくなり、まるで世界に二人だけしかいない様に感じる。いっその事本当に二人きりしかいなければいいのに。
「……あのさ、椿来話があるんだけど」
湧き上がる涙を止めたくて、少し上を向く。あぁもう、早すぎるよ。決心なんてまだついてない。貴方と離れたくなんてない……
「俺と、」
嫌、このまま別れるなんて耐えられない!
とっさに彼の腕を引き、言いかけた彼の唇を自らのそれで塞いだ。堪えられなかった涙が、瞑った目から一筋頬を滑り落ちていった。
驚きすぎたのか彼は微動だにしなかった。突き飛ばしたりせず。そんな優しさが一層哀しくさせてまた泣きそうになる。でも数秒経つと起こった事に気がついたのか、そっと離れた。
「……なぁ、俺が何言うか知ってたの? 」
もう顔すら上げられず俯き、頷く。すると頭上からため息が聞こえた。
「じゃあ、どうして海来たいなんて言ったの?流石にメールとかでこういう事しないよ、俺」
「……翼君との思い出の場所にもう一度だけでいいから、来たくて」
「……そう、だったんだ」
深く重い静かな時が流れていく。どちらも口をきかずただ時間だけが過ぎていく。
どうして、あの時好きになってしまったんだろう。
2年と少し前に、ここで私は、彼に恋をした。
友達に頼まれて飲み物を買いに一人で海の家に向かう途中だったと思う。見知らぬ男の人達に話しかけられたのだ。
「ねえ、お嬢ちゃん。一人でしょ? 俺らと遊ばね? 」
二十代半ば位のお兄さん二人に話しかけられた事なんてない。俗に言うナンパなんだろうけど、私なんかにも声をかけるなんて思ってなくて、焦って。
「あの、友達が、いるので……」
「じゃあお友達も一緒にどう? 」
「いや、流石にちょっと難しいので」
「いいじゃん、俺ら暇なんだよ〜」
「ね? 」
しつこく言われると断れない自分の性分が憎らしい。ここまで引き下がられると無下に出来ないだろうし、了承の意を伝えようとした、その瞬間だった。
急に肩を引っ張られて、後ろを振り返ると隣のクラスで私と同じ環境委員の早瀬翼君が立っていた。お兄さん二人を睨み付けて言い放った。
「止めろよ、この子は俺のなんだよ。わかったら察して失せろよ! 」
え。私貴方の名前と顔が一致する位しか知らない。いつの間にそんな事になったんだろう。
「ちっ、彼氏持ちじゃん」
「なんだよ、つまんね。もう行こうぜ」
「おう」
私が悶々と考えてる間に、ぶつくさと文句を言いながらも、お兄さん達は何処かへ行ってくれた。
「……大丈夫? 」
「う、うん。なんとか」
さっきの鋭そうな目付きから一転して、心配そうに見る彼の目が見れない。ダメだ意識しちゃうよ……
「あの、変な事言ってごめん。俺の彼女だって事にすればあいつら追っ払えると思って、さ」
「そうだったの?! 」
つい大きな声で叫んじゃった。なんだ、どこかで付き合ってしまっているのかと思った。演技上手すぎてわからなかった。
私の驚き方がツボったらしく、彼は吹き出していた。何が面白かったんだろ。
「くっくくく……やー驚きすぎでしょ! 井上さんって面白い人だったんだね」
「早瀬君なんで私の名前知ってるの……? 」
クラスの人でも私の顔と名前が一致しない時がある位に影薄いのに。
「だって環境委員でいつも頑張ってるじゃん。そんな人を覚えるなって方が難しいよ」
そう言って目を三日月にして笑ってくれた。見ていてくれる人がいた。そんな事思ってもみなくて、嬉しくて少し泣きそうになった。
そして、その瞬間から私は、恋に落ちてしまった。
涙が段々乾いてきて、それと同時に落ち着いてきた。そもそも私はここに振られに来たんだ。自分で切り出そう。もう、彼を苦しめたく、ないもの。
「ね、覚えてる? 2年前の夏、私を助けてくれた事」
「……あぁ。懐かしいな」
「私、あの時からずっと翼君が好きだった」
「…………」
「でも、貴方はもう私の事もう好きじゃなくなったんだよね? だから今別れを切り出そうとした」
「…………」
何を言っても黙りか。さっき私が泣いてしまったから気にしてくれているんだろう。好きでもない子にも優しい人。そんな所も好き、大好きだよ……。
でも、もう決めたから。
「気にしないでいいから。」
ね、と先を促せば、ゆっくりと彼は口を開く。
「ごめんな」
「翼君……」
「別れようか、俺たち」
「……は、い」
目の前が真っ暗になった気がした。
自ら望んだはずなのに、なんで胸が締め付けられて潰れそうな位痛いの。想像を超える悲しみで顔が強張らないように少し唇を噛んで我慢する。
このまま立ち去るのか、彼は踵を返した。そして徐ろに話し始めた。
「なぁ、椿来。」
「何……」
「お前から告ってくれた時実は、すげぇ嬉しかったんだ、俺。」
「え?」
「だから、最後に一つだけ言わせてくれ。ーー付き合えてよかったよ、椿来。愛していた」
それだけ。
なんて言って去っていく背中を見送る事しか出来なかった。その背中すら涙でぼやけて良く見えない。そのまま砂の上にしゃがみ込んで無言で涙を流す。
最後になんであんな事を言うのだろうか。カッコつけもいいところ……ううん、違う。彼なりの優しさだと思う。でもそれがどれだけ残酷なのかわかってない。
今抱えてる貴方への愛を一体どうしたらいいのか私にはわからない。だからおあいこなのかもしれないけれど、一つだけわかっている事がある。
もう、どれだけ祈っても、想っても例え想い続けても私の手は彼に、二度と届かない事だけだ。
それでも願うのは、
「貴方の幸せ。それだけなんだよ……」
*****
背後を振り返るとしゃがみ込んでいる彼女が見えた。出来ることなら、駆け寄ってあげたい。本当は俺だって別れたくないって言ってしまいたくなる。
でも、それは結局彼女を苦しめる結果になってしまう。だから、今別れを告げた。
他に好きな子なんて出来る訳がない。だって俺は椿来の事を、あの夏の日よりも前から好きだったんだから。彼女と一番仲の良かった薫に頼み込んで嘘を吐いてもらった。彼女が俺の事を嫌ってくれるように。こんな嘘を吐かなきゃいけなくなったのは、まぁ俺のせいなんだけど……
10月にイタリアに引っ越す事が決まったのは夏が始まった頃だったか。父さんが会社のイタリア支部に部長として派遣される事になり、必然的に俺も行く事になった。どうしようもない事はわかってはいるんだけど、反対した。一人暮らしでなんとかするとも言っても母さんに泣き付かれたらもう反対なんて出来なかった。多分マザコンなんだろう。昔から言われてるから自覚はしてる。
でも、あの時断り切れなかった事を物凄く後悔してる。椿来をあんなに泣かせてしまうなら、無理を言ってでも日本に残ると言い張れば良かった。初めて彼女にとって俺が大事だった事にたった今気づいたし。告白してくれたのは椿来だったけど、それはラッキーとしか言いようがない。彼女は自分の事を地味だと言うけど、実際可愛らしいのだ。ぱっちりした瞳と小さな体躯、髪もこげ茶の天パなのだがそれがまた可愛い。後なんと言ってもあの花が咲くような笑顔なんて天使と見間違えるわってレベルなのだ。本人非公認のファンクラブもある位だし……つまり尋常じゃない位の可愛さな訳で。
出来る事なら手放したくない。でも遠距離、しかも国を跨いでなんてそんなの簡単には会えないし、もしいい出会いがあったとしても、律儀な彼女なら俺を放っておくなんて事が出来ない。それなのに俺はいつ帰れるのかすらわかっていない。自分で稼げるようになるまで、帰れない可能性のが高い。辛い思いをさせるだけなら、もう今の内に他に目移りした挙句振ってきたとんでもない酷い男だったと、いつか笑い話のタネにでもなればいいと思った。だから嘘を吐いた。別れて欲しいだなんて、付き合って初めて吐いた大嘘を。
ごめんな、こんなに俺を想ってくれた子は多分生涯キミだけだと思う。だから、つい本音が溢れた。もっと辛くさせてしまっただろう。でもきっと乗り越えられるよ、俺なんてすぐ忘れて、な。
でも俺は一生忘れない。キミといられた時間全てがかけがえの無い宝物だから。
「キミが幸せになる事を、心から祈ってる……愛してるよ、椿来」
キミにはきっと届かないだろうけど。そう呟いて、また歩き出した。
届かない想いの苦しみを味わいながら。
最後まで読んでいただきありがとうございました。