正夢・後編
4
「死にます、死にそうです」
「何が死にそうだ。たかがこれぐらいの暑さで音を上げやがって。俺達の時代はな、先輩がいる前でそんな弱音は吐かなかったもんだぞ」
「そりゃ、遥か昔の警部の若かりし頃はそうだったかもしれませんが今は違いますよ。僕が標準です!」
溜息の混じった声で首を振る。
「何で俺の下に来るのはこんな馬鹿ばかりなんだ」
「うわ、酷いですよ今の言い方は。まあ確かに、僕は――」
後ろで騒ぐ橘 剛史(たちばな つよし)を無視して、黒井 吾郎(くろい ごろう)は扉を開けた。
「警部、収穫ありましたか?」
「いや、何もでないな」
椅子に腰を掛けた黒井に、よく冷えた麦茶を持ってきた林 健吾(はやし けんご)が尋ねた言葉に首を振りながら麦茶に手を伸ばしたが、橘が先に麦茶を取り一気に飲み干した。
「はぁー、生き返る」
「お前――」
「えぇっと、それなんですが林先輩。今回の事件っておかしくないですか? だってですよ、不審な物音や声を聞いた人間は誰1人いなくて、不審人物の目撃者もゼロ。進入経路や手がかりらしい手がかりも見当たらないし。襲われ乱暴され、しかも抵抗してるのに衣服の乱れがなく、創傷は無いのにそれ以外の外傷は体のあちこちに見られる。特に酷かったのが2件目の松田 花梨(まつだ かりん)ちゃん。長い髪は毟り取られ、内臓は破裂するまで殴られていた。これだけ暴行されて、物音や悲鳴を周りの住人は誰一人聞いていない、おかしいと思いませんか? 僕はなんだか引っかかります。それに、3件目と4件目は間髪いれずに暴行が行われたはずなのに、場所は港区と六本木。僅か5分で移動できるとは到底思えないんですよ。犯人は瞬間移動でも――」
ペラペラ流暢に話す噺家のような橘の口を止めたのは、黒井が橘の耳を千切り取りそうな勢いで捻ったからだった。
「悪いですが、橘名探偵の推理を聞くつもりはありませんよ。出来れば今しがた、不思議にも目の前で消え飲み損ねた麦茶を持ってきて欲しいんですが」
「分かりました! す、すいません! ですから、耳! 耳離してください!」
「何が分かったんですか?」
「麦茶! 持って来ますから!」
その言葉でようやく黒井が手を話すと、耳は茹でた蛸のように赤く腫れ上がっていた。どう考えても自分では息を吹きかけることが出来ない耳に、口を蛸の口にして息を吹きかけようとしながら橘は麦茶を貰いに走って部屋を出た。その姿を見て林は笑いながら自分のデスクに向かう。黒井はわざわざ上げた重たい腰を、長年使い込んでいる椅子に落とした。
「ふ〜。分かってる、そんな事ありえんというのはな。だがな、どうしてもそこに辿り着くんだ」
黒井は呟きながら考え思っていた。今回の一連の事件はまるで奇術か超能力のようだと。
5
マスコミ報道は加熱の一途を辿っていた。最初に起きた事件、女子高生が自宅で謎の暴行を受けて死亡、その僅か3日後にまた謎の暴行を受け、小学生2人を含む家族と遊びに来ていた妹4名の暴行殺人。そしてその次の日、テレビ収録を終えたばかりのグラビアアイドルが自宅で暴行後に殺された事件と、ドラマ撮影中の楽屋で暴行を受け殺された女優の連続暴行事件。それから2日後の朝に起きたモデルの暴行殺人。これら5つの事件に共通するのは、暴行跡だけを残し、音もなく殺して消える犯人。最初の事件が起きてから僅か1週間で、被害者が一般人から芸能人に広がった事は世間に強い恐怖を植付けていた。
「はぁ〜。連日連夜お盛んな事だ」
「まあ、こういう事件には付き物だ。しかし、お前殆ど寝てないだろ。一旦帰ってもいいんだぞ」
その言葉に笑顔で「大丈夫です」と林は答えた。警察署内は今、押しかけるマスコミに対応を追われ、鳴り止まない電話に手を焼かされていた。その電話は二通りあり、自分が犯人だという模倣犯を気取る馬鹿と、こんな無差別殺人者をいつまで野放しにしておくのかというお叱りの電話に。それも今回の事件では仕方ない事だと、警察の人間は諦めているようだった。
しかし事態は急転する。最初の事件から8日目の朝に。
「それじゃあ、初めから聞かせてくれるかな? 君の名は?」
「水島祐です」
「歳は?」
「17歳、高校――」
初めから繰り返そうとする林に苛立ちの声を上げる黒井。
「そんなとこはまた後でいい! で、君は今回の事件を引き起こしたと言うんだな?」
コクリと頷く少年に黒井が詰め寄る。
「それで、どうやって殺したんだ?」
「夢の中、殺し……」
その言葉で部屋の中に押し寄せていた刑事達の首が一斉に項垂れる。
「それじゃあ君を捕まえる事は出来ないな。夢の中で殺したじゃ、立証は――」
「本当なんです。信じてください! 掴まえてください刑事さん! 俺、もう殺したくないんです」
俯き涙まで流す少年。その少年に声をかけたのは、人込みを掻き分けてようやく辿り着いたと言いたげな橘だった。
「あのさ、君。何か憶えてる事とかないの? もし憶えてる事が少なくても、証拠になりそうな物とか」
橘の言葉を聞いて少年がゆっくりと、苦痛の表情になりながらも懸命に思い出している。
「女の子は、テーブルと椅子に括り付けました。グラビアやってた奴は、下着で首を絞めました」
「いや、なんかもっと、テレビで報道されてないようなやつ、ないかな」
黒井は少年の態度を見て遊びではないと思いつつも、語られる言葉には現実味がなくテレビ報道の内容くらいしか話さないことに正直戸惑っていた。そして、半ば諦めて部屋を出て行こうとした時。
「髪の毛、女の子の髪の毛、俺の部屋の、ゴミ箱に捨てました。2度目の、髪の長い女の子の方の」
禁煙中の煙草を口に銜えた所で出た少年の言葉に、煙草に火を点けるのではなく部屋に集まっていた刑事達の尻に火を点けた。
「お前達何してる! 林、お前は俺の名前出して令状貰って来い。田中と中村はマスコミ引き付けとけ、絶対にガサまで外に出すな。木村は鑑識に伝えろ、その代わり上には伝えるな。分かったらさっさと行動しろ!」
「あの、僕――」
「お前はここにいろ。この少年から話聞きだせ」
そういうと扉を閉め、少年の対面の椅子ではない椅子に腰を掛けた。
「で、様子はどうだ?」
「それが……」
少年が捕まえてくれと警察署に来て3日が過ぎていた。話を聞いても最初からズレない主張、夢の中で殺したという事。そして少年は、3日間一睡もしてない。
「どうします? このままじゃ体壊しちゃいますよ」
「確かに体は持ちそうにないな。それに言ってる事も変わらない、か。夢の中で……」
思わず納得しそうになる自分にか、少年の言葉にかそれともどちらにもか、煙草に火を点けながら首を横に振る。
「さぁどうするかだ。このまま続けても、大して情報は聞き出せないだろう」
「そう思います」
「言ってる事は、とてもまともには思えない」
「夢の中で、ですからね」
「じゃあやはり――」
「精神鑑定ですよね」
少年に付いた弁護士も、刑事達も思っていた事だった。そして、次の日に精神鑑定は行われた。
6
1週間後、黒井と橘は少年が入院している病院を訪れていた。
「これはこれは刑事さん」
「こんにちは」
「随分と大変なようで」
「お互い様です」
そう言葉を掛け合う。マスコミにはすでに少年の事が知れ渡り、上からはどやされ、踏んだり蹴ったりの黒井だったが、なぜかそのまま少年の事は任されていた。といっても、精神不安を理由に今は入院している。
「それで、その顔の傷はどうされたんですか?」
担当医の言葉で黒井の後ろにいた橘が思わず噴出し前屈みになると、そこに待っていたのは黒井が振り下ろした拳だった。思いっきり頭を殴りつけられた橘は、黒井が思っていた以上に派手に転んだ。その様子に大した動揺もせずに黒井は担当医に話す。
「いや何、話す程の事ではないですよ」
「不良の喧嘩に顔を突っ込んだんですよ。柔道やってるからって9人相手に。案の定、ボコボコにされ――」
殴られた事で相当腹が立ったのか、黒井が話す気のなかったことを相変わらずの滑らかな口調で担当医の横を歩きながら話す橘。担当医もどう反応してよいか分からず愛想笑いを見せていたが、突然橘の顔が横から消えたので驚いた表情に変わる。
「気にしないでください、私の事も、さっきの馬鹿の事も」
2人は床に寝ている橘を置いて歩き出した。
「どうぞこちらにお入りください」
そう言われ担当医に連れられて黒井はある部屋に入った。その後を頭を押さえながら走ってきた橘も入る。そこは少年の隣の部屋だった。大きな鏡と椅子4脚、テーブルとその上に線が波打つモニターとそれを見ている看護士がいるだけのほぼ真っ暗といっていい部屋だが、勿論鏡はマジックミラー。
「こ、これは!」
「拘束衣、ですか」
少年の担当医は「えぇ」と咳払いのように言う。新人の橘は驚いているようだが、黒井には大した驚きはない。
「自分を傷つけるのですか?」
「そうです、眠りたくないと。それでも最初の頃は頬を殴るなり、体を何処かにぶつけるだけだったんですが。しかし最近では指の骨を折ったり、皮膚を噛んで剥ごうとしたり、とてもじゃないが正常とはいえない行動をとっていたんです。仕方なく拘束衣で動きを制御したんです。しかし、精神安定剤を打った今でも、彼はまだ眠りに一度として就いていません」
その言葉を聞いて黒井は少年に目をやる。目の下には絵に書いたような真っ黒な隈を書き、目からは生気が感じられない。ただ口だけは小さく動き続けている。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「何がです?」
「いや、その、僕らが逮捕する前に、死んじゃうとか、ないですよね」
その言葉に担当医は笑う。
「大丈夫ですよ。そんな事で死んだりは――」
「先生、α波が現れだしました」
モニターを監視していた看護士の言葉を聞いた担当医は黒井達に微笑を見せた。なんとも優しそうな表情。
「黒井刑事、どうやらあなたには附きがあるようです。少年が今から眠るようです」
皆が鏡越しに見つめるのは、拘束衣に包まれた少年。黒井は思わず煙草に手が伸びるが、橘に声を掛けられたのでその手が止まる。
「警部はどう思います。今回の事件が少年が言っているように夢での犯行なら、少年が寝た直後に事件が起きると思いますか?」
「そんな馬鹿な事があると思ってるのかお前は。あるわけないだろ、夢で人が殺せるなんて。そうだ、そんな事……」
あるはずがないと思いつつも、黒井も少年が眠るのに注目していた。
“嫌だ、眠りたくない。もう誰も殺したくない……”
“ここ、は?”
祐はここがどこだか一瞬で判断できずにいた。ただ体が動かない事だけは瞬時にして理解する。部屋を見回すが特に変わったところはない。ただ大きな鏡があるだけの部屋。その鏡に映る自分を見て、大体の事は思い出したようだ。
“ここって、あぁ俺入院してたんだ……。それで暴れるからって、そんな事よりまさか俺、寝てないよな”
「いや、寝たよ、お前は」
「どうした? 何が起こった」
黒井達の前で慌てる担当医と看護士。
「どうしたんでしょう、突然部屋の明かりが消えるなんて。こっち見えちゃいますよね」
「さあな。けど、寝てるんだったら別にいいだろ。それに、最近じゃこういう部屋の鏡は大概がマジックミラーだって分かってるだろうよ」
そう言いながらも黒井は、自分の心の中に気味の悪い雲が出てきているのを感じていた。それを紛らわそうと煙草に火を点け少年に目をやる。そこで寝ている少年の顔は、部屋が暗くてよく見えなくなっている。
「なっ……」
部屋の明かりが突然消え、祐が見たのは鏡の奥にいる自分だった。
「まったく、本当につまらない奴だ、お前。何度も何度も、嫌だ嫌だ。それ以外に知ってる言葉はないのか?」
「何で、俺が……」
驚き驚愕する。それは鏡に映る自分とは明らかに違う別人の自分を見たから。
「ドッペルゲンガーを見たものは死期が近いとかいう話があったな。でもまあ心配するな、俺はドッペルゲンガーとは違う」
少し違和感があるが、それは間違いなく自分の声。
「おい、何か喋る事はないのか? 俺はお前だが、かなりの人間を殺してきたんだぞ。お前お得意の、何故殺した? だの、殺したくなかったのにとかはないのか」
そう言いながらもう1人の自分が消えたかと思うと、次に頭の辺りから声が聞こえてくる。
「本当にないのか? 最後までつまらない奴だな」
祐は最後という言葉に引っ掛かりを覚えたようで、もう1人の自分を見る。その姿に満面の笑みを浮かべてもう1人の自分が答える。
「そう、最後だ。そうだそうだ、さっき俺が言った言葉に少し付け足させてくれ。俺はドッペルゲンガーじゃないから、お前の希望を叶えてやりたいんだ」
「希、望?」
「そうだ、お前は確か、誰も殺したくない、とか言ってたな? だがな、俺は見た女見た女を殺したくなるんだ。さあ、どうすれば俺が殺さず、お前も幸せになれるか。考えた結果なんだがな、俺の趣味じゃないんだが男を殺そうと思うんだ」
その先の言葉、もう1人の口から出てくる次の言葉が分かっているのか、祐の顔が見る見る形を変えていく。それを楽しむ様に見下しながらもう1人の自分が扉に向かうのを見ている。そして、もう1人の自分は扉に何かしているが祐には何をしているかよく見えない。その作業が終わったのか、もう1人の自分は祐に近づく。
「そうだ分かるだろ。お前は俺なんだから」
銜えていた煙草から今にも落ちそうだった灰が、雪のようにパラパラと落ちて靴の上に積もった。その灰の上には追いかけるように煙草も落ちる。
「何、ですか? 一体何が、起こって、るんです」
黒井達の目の前、マジックミラー越しに見えるのは、1人の少年の体が突然マジックでも始めたかのように浮き上がりだした姿だった。
「せ、先生。これは?」
橘と担当医、看護士は突然の事に驚き戸惑っていたが、黒井だけは慌てて部屋を飛び出した。
「け、警部!」
その後に頭の中が混乱している橘も続く。黒井は部屋を出ると少年の部屋の扉に手をかけ開けようとする。
「橘! 先生に鍵貰え!」
が、開かなかったので大きな声で橘にそう言った。部屋を出たばかりだった橘は、珍しく素直に部屋を振り返り担当医を見る。すると、なぜか担当医は首を横に振っていた。その行為の意味が理解できない橘は、目を何度も瞬かせる。
「どうしたんですか、先生」
「鍵は、今は鍵はしていません」
その言葉の意味をすぐに理解できない橘は、なぜかもう1度同じ事を聞こうとしていた。
「止めてくれ! 嫌だ、嫌だ!」
「暴れても無駄だ」
もう1人の自分に担がれた祐は、暴れているつもりだったが体は動いてはいなかった。そんな祐が見るのは、何もない天井から吊るされている輪が作られたロープ。
「まあ、男を殺すのが好きじゃないんで簡単に首吊りで済ますが、悪く思わないでくれ。思い残す事なんて何もないだろ、十分楽しんだんだ俺もお前もな」
「何やってる橘!」
扉はどうやっても開かず、頼んだ鍵も来なかったので橘を怒鳴りながら担当医がいる部屋に来ていた。
「お前は何やってるんだ。すいません先生――」
「してません」
それは橘が聞いた言葉と同じ言葉だった。鍵はしてないということ。
「鍵をして、!」
橘が担当医の横で少年がいる部屋を指差している。黒井は嫌な予感がしていた。それも飛切りの嫌な予感。ゆっくりと、見たくないのか慎重に部屋に目をやる。するとそこには、何もないはずの天井から黒井なら何度も見た事がある体勢になっている少年の姿を見つけた。
「先生方は下がってください」
黒井はそう言うと、不良から奪い取ったナイフを取り出した。
「橘上着貸せ」
「あはい」
「よし、お前も下がってろ」
黒井は橘から借りた上着を頭に被り、ナイフを持つ手に自分の上着を括り付けると、勢いを付けてマジックミラーを殴りつけた。が、一度では割れず、3度目でようやく皹が入り、4度目でようやく割れた。
「橘来い!」
頭から被っていた上着を返し、腕に括り付けていた自分の上着を解きながら少年のいる部屋に入った。
「どうなって――」
「分からんが、取り合えず地面に下ろすぞ」
黒井の言葉に頷いて、橘は黒井と一緒に少年の足を持つ。が、なぜか少年の体は磔にでもされているように空中から動かせない。押しても引いてもどうやっても下ろせない少年の体が4分を過ぎた時、突然頭が落下を始め地面に叩きつけられた。
「ど、どうなったんだ? 何が起こった?」
7
すでに部屋の中に少年は居らず、代わりに警察の人間が溢れていた。
「どう説明するんですか部長、あんな事誰も信じてくれませんよ」
黒井達の目の前で起こった事。何もない場所で拘束衣を着た少年の首吊り。そんな事どうやっても説明が付かない事ぐらい黒井も十分理解していた。それでも説明しないわけにもいかないので、禁煙の事などどこかに忘れてしまった黒井が煙草に火を点けていた。
「すいません。あんな事、初めてだったので……」
そんな黒井と橘の下に、元が付く事となった少年の担当医が来ていた。
「いえ、先生のせいではないですよ」
分かりきった事だが、誰が何をしても助ける事が出来ない状態だった。そこまで言うつもりもないのか、黒井は点けたばかりの煙草を消して元担当医に会釈をして病院を後にした。
「おい橘。聞きたいんだが、最近の医者ってのは、ネームプレートとか付けてなかったか?」
「え、どうしてですか?」
助手席で窓を開け、車が作る人工的な風に吹かれながら煙草を吸っている黒井が、顎に手を当てる。
「いやな、さっきの医者。それらしい物つけてなかったからな。それに、すれ違う看護婦が一様に先生としか言わなかったんで、少し気になってな」
気にしすぎですよと橘は笑い、なぜか黒井が聞いてもいない病院の薀蓄を語り始めた。それを聞き流しながら、黒井はもう1つの疑問を整理していた。
“最初と次は、同じこの地区での事件だったんだよな。なのになぜ3件目以降は芸能人に飛んだんだ? 3件目以降はまるで誰でも良かったように……”
「松田先生」
呼ばれて振り返る松田医師は、優しい笑顔を浮かべた。
「何でしょう?」
「良かったんですか? 死んだ少年は松田先生の家族を殺したのかもしれないんですよね」
そう言われてとても暗い表情になる。
「そうだね。けれど、彼はもう死んでしまったから、本当の所は誰も分からないよ、もう永遠にね」
声をかけた看護士は申し訳なさそうに頭を下げた。
それから1日働きホテルのある部屋に向かった松田医師。
「どうぞ」
ノックをすると、部屋の中から黒い服を着た2人の男が顔を出した。そして松田医師を確認すると中に招き入れる。
「それで、実験はどうなんだい?」
「問題なく進んでますよ」
「そうかそれは良かった」
「私も失敗するわけにはいきませんから、防衛省長官からの依頼とあらば」
「そうだよ。国のため、実験での数名の死者は仕方ない事だから。これさえ完成すれば、世界の平和の中心に日本が立つことが出来るからね」