2日目:湖の精
2日目
昼間から1日飲み続けた旅人たちは2日目の朝を迎える。
早朝の酒場に人影は少ない。しかし、射るような視線が彼らに向けられていた。
何もしないで街の金で飲んだくれる旅人。彼らの評価はとても悪い。
罪悪感が無いわけでは無いようで、心なしか3人とも小さくなっている。
「ちょ、やめてこっち見ないで」
「……今日は、東に行くか」
「そうですね、視線が痛いですが、やることやれば良いでしょう」
そそくさと朝食を済ませ、旅装を整えた所で酒場のマスターの声をかける。
「冒険に出るのかい?」
不機嫌を隠そうとしない声が、マスターの口から発せられた。
「せ、せやで」
気圧されながらもハジが答える。
軽く鼻を鳴らし、マスターは保存食と水筒を取り出した。
「一応決まりだからな、お前らに2日分の水と食料を渡しておく」
ドサリと渡された麻袋。しかしその食料は、事前に通達されていた日数に比べ、少なくなっていた。
「……3日分のはずだが?」
「あれれー? おかしいぞー?」
「私達は確かに3日分の食料を貰えると聞いていましたが?」
面白くもなさそうに、ため息と同時にマスターが返事をする。
「昨日1日遊んでいただけだろう、その分だ」
ごもっともである。
「いやいやいやいや、考えても見て下さい。
昨日あの時点から草原に向かったとして、安全に野営ができるとは限りませんよ?
万全を期す必要性は分かっていただけるのでは?」
しかしリョウは反論の声を上げる。
商人として、ここは黙っていられない。
「旅先で常に安全な場所があるとは限らない。
野営もできないようじゃこの先を生きていけるとは思えないがね」
反論を軽く切って捨てるマスター。
その目には値踏みするような光が見て取れる。
「そうですね、ですが、自ら危険に飛び込む者は愚者であると私は思いますが?」
これは1つの商談だ。
リョウは頭のなかでスイッチを切り替える。
予定された利を予定通りに得る。そのための商談である。
これが商談であるならば、睨まれた程度は引く理由にならない。
自分の手札を整理している途中に、マスターからため息が漏れた。
「まあ、決まりだからな。
が、結果を出そうとしないならば、お前らはクエストの受注者ではなくなるからな」
「わかっていますよ」
ニッコリと、笑顔を忘れない。
無事に3日分の水と食料を得た三人は。初めての旅に向かうのである。
酒場を出て空を見上げる。どうやら今日はよく晴れているようだ。
街道と違い整備はされていないが、今日歩くのはなだらかな草原。
見通しもよく気候も良い、絶好の旅日和といえる。
「さて、東にあるらしい湖まで向かうわけだが」
「俺、『アローコンパス』使えるけど?」
「まあ、所詮草原ですし、温存しておきましょう」
2匹の荷運び動物に荷物を預け、3人は東に真っ直ぐ歩いて行く。
リョウがさらさらとマップをメモに記述する。その手の動きは淀みなく、また、正確なようだ。
目的地の湖までは迷うことはないだろう。
しかし、彼らはまだまだ旅に出たばかりの初心者。
特にリョウはマッピングを行わなければならない。
集中力と注意力が求められる作業は、知らず知らずの内に疲労として体を蝕む。
もともと体力に乏しいこともあり、少し長めの坂を登っている時に足を挫き転んでしまった。
「バカだな~何やってんだよ」
それを笑うハジも、よそ見していたため石につまずき盛大に転んだ。
そのまま2人は登っていた坂から転げ落ちていった
二人のHPは半分になってしまった。
「……まあ、大丈夫か」
頑強なクスモトだけが無事に湖まで辿りつけたようだ。
「ここが、湖か」
坂を登りきり、開けたクスモトの視界に水平線が広がる。
向こう岸はかろうじて見える程度。相当大きな湖だ。
「アイテテテ、どうしたリーダー?」
「何か、見えましたか」
ボロボロになりながらハジとリョウが追いつく。
2人は広大な湖に感嘆の息を漏らした。
「いやっほーおい!!」
「これは、見事ですね。泳ぎましょうか!」
「……泳ぐのか?」
「うっほほーい真っ裸ーだぜー!」
「ヤメテ」
テンションが上ったハジが上着を脱ぎ去りズボンに手をかけた瞬間、不思議な声が響いた。
「全裸がダメなら……ここに葉っぱが一枚有ります」
「ヤメテ!」
ばしゃりと、水が逆巻いた。くるくると螺旋を描きながら重力に逆らい水が空へ駆け上る。
やがて一点に流水が集い、1つの形を取りだした。
「水の精か!?」
軽い破裂音が響いたと思えば、それは彼らの眼前に浮いていた。
下半身は淡く、形をなさない流水。人で言えば局部にあたる部位には純白の布が巻かれている。
上半身は人と同じ健康的な色をした肌。周囲に浮く水滴が光を反射して明るく照らす。
「君たちはここに、何の用だ?」
そして、渋く響く声。
それはそれは美しい肉体美を持つ水の精だった。
「アッー!」
「マッチョかよ!」
「やったぜ!」
「「え?」」
「人間たちよ、こんなところに何の用だ?
特にその、オホン、上半身裸の、君は」
熱い視線がハジに向けられる。
ハジの肉体は日々の農作業で鍛え上げられており、身長こそ低いが引き締まった体躯である。
「マッチョに狙われてますよ、ハジさん」
「……オレの方もチラチラと見てくるんだが」
「私と違って2人共筋肉質ですからねー」
「ウォッホン! それで、この湖に何か、御用かな?」
ハジとマッチョの視線がぶつかる。
にかりとほほ笑み、ハジはサイドチェストからのモストマスキュラー、ラットスプレッドへとポーズを変える。
「筋肉で語り合ってる!?」
「………それで、用はないのか?」
「伝わってなかった!」
「……筋肉で語ろうとしても無駄なようだな」
至極当たり前のことをクスモトがつぶやく。それからリーダとして行動するべく、水の精との対話を開始した。
「……オレたちは、星のかけらを探してここまで来たんだけど、知らないか? 落ちてないか?」
「星のかけら? それは一体どんなものだ?」
「ダーウメの街で使われるものだ」
「ふむ、私はその星のかけらというものは知らないんだが、どんな形をしている?」
その時、確かに時間が止まった。
クエストの説明の時、見た目についての言及はなかった。
昨日の情報収集の時、見た目について一切尋ねなかった。
「おい、誰か知ってるか?」
焦る。焦る。3人とも焦る。
「俺は知らないぜ? ダーウメなんて都会に来たのは初めてだし」
「私も知りませんね……迂闊でした」
「君たちは一体何を探すつもりだったんだ……」
なんとも言えない沈黙が流れる。
何とかしようと、クスモトがとにかく声をだす。
「ほ、星の形をしていr
「えっと、それではですね、最近この湖に何か異変はありませんでしたか?」
苦しいクスモトの言葉を遮るように、リョウが質問を投げる。
水の精はクスモトを一瞥した後に、リョウの質問に答えた。
「異変か……おお、そういえば数日前に何かがボチャボチャと落ちてきたな」
三人は顔を見合わせる。それだ。
「よーしお前ら! 服を脱げ! 脱ぐんだ! 潜れ潜れ!!」
「ヤメテ」
ハジが絶叫する。不思議な声が響く。
「落ち着いて下さいハジさん。
水の精よ、その落水したモノを集めてきてもらうことはできませんか」
「ふむ、構わないが……そも、君たちは信頼に足る人物なのだろうか」
値踏みするような、いや、舐めるような眼差し。
言っていることはまともだが、その視線はどうなんだ。
「この2人の筋肉を見てください」
その返答も、どうなのだろうか。
「……見ろ」
「この筋肉を見ればわかるだろう?」
「確かに、鍛えているようだね」
(あ、こいつホモだ)
「その筋肉、生半可な努力ではないだろう。
マッチョに、悪い人はいない! いいだろう! 集めてきてやろう」
マッチョが元のように水へと返る。
高くはねた水も追従するように、不思議と漏れることなく湖へと返っていった。
「この、筋肉の、おかげだな!」
一言ずつポーズを変えるハジ。
その眼には透き通る水の中を泳ぎまわる浅黒い肌が映っている。
その影はとても小さい。どうやらかなり深いようだ。自分たちで水底まで探しに行くのは不可能だったであろう。
「……何とかなったな」
「まさかの筋肉でしたね」
うねうねとうごめく筋肉から目をそらし、安堵の息を吐くリョウ。
湖はかなり広い。どうやらマッチョが星屑を集め終わるまで相当な時間がかかりそうだ。
すっかり日も暮れた頃。筋肉が再び姿を表した。
「恐らくこれが落ちてきたものだが」
マッチョな水の精が抱えていたのは、薄く光る大小様々な石。
数はどうやら10個のようだ。
「なるほど、形は様々ですが、微かに発光しているんですね」
「……色は青か」
「ふん!」
「君たち、よくそれで集めようと思ったな」
少々呆れた水の精の声。しかし、その声には温かみも混じっている。
「君たちは中々良い若者のようだ。またいつでも来るといい」
数多の雫となって、水の精は返っていった。
「……待った」
それをクスモトが呼び止める。
スキンヘッドの顔だけが水の上に出てきた。
「これで全てなのか?」
善良な水の精に対し、クスモトが言葉を投げる。
「足りないが、もっとなかったのか? まだあるだろ?」
「すいませんコイツ馬鹿なんで!」
慌ててハジがフォローを入れるが、水の精に特に気にした様子はない。
「ふ、む。これで全てだったとは思うが。
しかし、私にわかるのはこの湖のことだけだ。
この草原も広い。地上を探せば、まだ有るかもしれないな」
「……となると、まだ探索する価値はあるというわけだ」
深く頷くクスモトに、水の精が笑いかける。
「まあ、頑張りなさい」
今度こそ、水の精は返っていった。
手元に残ったのは10個の星屑。無事に目的を達成した3人は次の予定を話し合う。
「……今、何時だ」
「もう日暮れだね~」
「正確な時間は分かりませんが、結構な時間ですね」
「俺としては今日も人の金で思う存分飲み食いしたいんだが」
分からないでもないが、ハジの発言は人として間違っている。
「……今から、帰れるか?」
「無理でしょうね」
往路の時間を鑑みて、今からだと街の開門時間内に帰り着くことは不可能だと判断した3人は野営を行うことにした。
少しでも眠りやすい場所を見つけようと歩きまわり目を凝らすが、辺りは彼方まで広がる草の海。
これといって良い案が浮かばず、湖の側で野営をすることにした。
荷運び動物に持たせていた保存食と水、そして薪を取り出し、夕食を作る。
火はハジが個人的に持っていた火付けセットにより、苦もなく付けることができたようだ。
「まあ農耕民族の必需品だな」
「狩人が持ってそうですが……」
湖の側ということも有り、水を潤沢に使った夕食。
豆を軽く炒った後、塩漬けにした肉と一緒に鍋で煮込む。
後は硬い黒パンだけという簡素なものであるが、旅の空では十分豪華な食事だろう。
スープに黒パンを浸し、柔らかくしながら食べ進める。
時折香ばしい豆を噛み、僅かながら味と食感の変化を楽しむ。
「私1人だと、もっと安い食事にしますね」
「だからリョウはもやしなんだな」
「……食事は、体を作る」
「どうせ人の金だし食っとけ食っとけ」
焚き火を囲み、和やかな食事を終える。
空には星がきらめいている。どうやら朝まで雨の心配はなさそうだ。
初めての旅、初めての野営と疲れていたのか、3人はすぐに深い眠りへと落ちていった。
プレイヤーデータ
Name:ハジ
JOB:ファーマー(農民)
VIT:8 AGI:4 INT:6 WILL:6
Memo:
ど田舎アイスランド出身の農民。
最近大災害で家が潰れてしまった。
災害に負けない家を建てるため、腕の良い大工を探しに旅に出る。
小柄ではあるが日々の農作業で鍛えられている。
また、魔法が使える。
性格は割りと脳天気。なんとかなるさ。