9
さっきからずっと何やら、アドニスはブツブツ、ブツブツ言っている。
ミルティスはそれに見飽きて文句を言った。
「おまえなー、何を考えてるか知らないが、はっきり言ったらどうだ?」
「なら、聞くが、お前心当たりがあるって言ってたが本当なのか?」
「ああ。でも、オレというよりはティアラの方だがな」
「この小娘が?」
アドニスがあざ笑うように言うと、ティアラは身を乗り出して言った。
「体は小さくても、あなたよりは容量は豊富だと思うけど?――あなたには負けてないわよ?」
ティアラは意味ありげな笑顔でアドニスを見た。
「で、どこにあるんだ、香水は。知ってるんだろ?」
「そんなに焦らないで」
ティアラはミルティスの肩から下りて、立ち止まった。二人もそれを見習って立ち止まってティアラを見た。
「あなたは、この町の人だから分かるかしら?リッチ・クイーンのことを……」
「……リッチ・クイーンと言ったら、あの骨董コレクターの娘、リビアさんのことか?」
「えぇ」
「リッチ・クイーンって何だ?」
ミルティスが問う。
「リッチ・クイーン。そのまま、お金持ちの女王って意味ね。リビアに付けられた名称。しかも、何もしないでお金が入ってくるといういわく付きよ」
また、意味ありげな顔をして、ティアラの目が輝いた。
「それが何だって言うんだ?」
アドニスに苛つきの表情が見える。
「おかしいと思わない?ただの骨董コレクターの父を持つ娘が、あんな裕福に暮らせるとは思えるかしら?私はどうもそうは思えなくてね。その父も、会社の社長とかでもないしね」
「どこかに収入源があると……?」
ミルティスは何となく分かってきたみたいだ。
「そうね……」
ティアラは一度、目線を上げた。
今夜は満月だ。目線を上げたティアラの金色の目が光り輝く。
いつ見てもキレイな目だとミルティスは思った。
「結局、どうなんだ?」
「まー、結論を言うと香水はその家にあるってこと」
「マジかよ?!」
アドニスは驚いた。しかし、話の進み方からして、予想できないことでもなかったが。
「実話よ」
「ウソだろ?」
「ウソなんて言ってないわよ。今日、その家にお呼ばれして、実際、この目で見たもの」
ティアラの意味ありげな顔の真実が開花する。
「本当なんだな?」
「えぇ」
「……もっとくわしい話が聞きたい」
「物分かりが早い人でよかったわ」
ティアラはにこやかに笑った。そして、リビアたちと出会い、家に行ったことをアドニスにすべて話した。
アドニスは腕を組んでうなって言った。
「そこまで言うんなら本当なんだろうな。しかし、よく、自分のことをさらっと言うよな」
「どういうこと?」
ティアラが逆に聞いた。
「言ってたんだろ?リビアさんが香水を誰かに盗まれったって」
「ええ、言ってたわ」
「束縛されぬ者への幸福の方割れは女怪盗シルビアに盗まれたそうだ。知らなかったのか?」
「それは、知ってたわ」
「ということは、あの人は同業者か。リビア=女怪盗シルビア」
ミルティスが結論を言う。
「……なるほど、これで一本に繋がったわね。これからが大変よ、ミルティス。相手さん、簡単に転がってくれるとは思わないけど?」
「やるしかないだろ?絶対、持って帰るって言ったんだから」
「そうね」
ミルティスが駆け出した。そのあとからアドニスとティアラが追う。
「相当、信頼してんだな。あいつのこと」
「あら、やきもち?」
くすっとティアラが笑う。
「なんでだよ。……ちょっと羨ましい……だけだ」
「付き合い方が違うのよ。私達は……」
そう言ってティアラはミルティスに追いついて、肩に乗った。そして、ミルティスはティアラの頭を軽く撫でる。俺もあんたを信頼してんだぜとでも言うように――
リビアの家に着いたミルティスとティアラ、アドニスは門を右へと横切り、ある一角へと辿り着いた。
「ここだけなんだ。防犯カメラの死角は」
ミルティスがアドニスに言う。
「この家の全体も調べていたのか?」
「役にたっただろ?」
「まーな。しかし、この塀を飛び越えるのか?四メートル近くあるぞ」
「四メートルぐらいならいけるだろ?」
一瞬の沈黙。そして、アドニスは深いため息をついた。
本当は目の前の奴に叫んでやりたかったが、ここはもう敵地だ。無駄なことはしたくない。
「お前の標準で考えるなよ。こんな高さ、俺は飛べない」
「そうだな」
冷静に答えるミルティス。
「手を貸そう。ティアラ、先、行っててくれ」
「分かったわ」
ティアラは少し後ろに下がり、弾みをつけて塀の上に登ぼり、ミルティスを見て頷いて、塀の中に入った。
ミルティスはティアラの合図で行動に移した。塀に手をつけて右足を少し後ろにさげて、馬跳びのように背を曲げた。
それを確認したアドニスは一メートルほど後ろに下がってミルティス目がけて走った。左足を軸に右足をミルティスの背に置いて飛んだ。塀の上に着地したアドニスは下に誰もいないことを確認して、下りた。
ミルティスは背中に付いた土ぼこりを払って、ちょっと下がって、反動をつけて飛び上がって、塀に左手を添えて、またぎ越えた。
先頭にティアラ。そして、ミルティス、アドニスと続いて、庭を駆けていく。
アドニスはミルティスに近づいた。
「ミルティス」
「ん?」
「お前、よく『お人好し』って言われないか?」
「言われる。それが?」
「別に。……いいんじゃないか」
「あんまり無駄口叩いてると、本当に見つかるわよ」
ティアラが小声で制す。
二人は鼻で笑って、静かにティアラについていった。香水の場所はティアラしか知らないから。




