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住宅街の一角にその家はあった。青と白を基調とした豪邸だった。門を通り抜けて、ジョンがドアを開けて、リムジンを降りた。
二人は玄関に通された。
「お帰りなさいませ。リビア様、メリッサ様」
玄関で待っていた使用人たちが頭をさげる。
「ただいま。こちら、ミルティスさんとティアラさん。ルーシア、お二人を客間に案内してさしあげて」
「はい」
ミルティスとティアラはルーシアについて行った。
客間に通じる廊下には大小の骨董品が並んでいた。
「あの、この骨董品は?」
ミルティスはルーシアに尋ねた。
「はい。この骨董品はリビア様のお父様が骨董品のコレクターで買ったものを飾ってらっしゃるんです」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ」
ルーシアは軽く頭をさげた。
客間に着いてルーシアが扉を開けると、開けてあった窓から吹いてきた風に運ばれてきた花の香りが鼻をくすぐる。ベランダに出ると中庭が見える。
「お飲みものをお持ちしますので、お座りになってお待ちください」
ミルティスが軽く頭をさげるとルーシアは出ていった。
客間には長椅子が二脚とテーブルがあった。白で統一されていて、清潔感が感じられ、風が吹く度に清々しかった。
ベランダに出て、柵に手を置いたミルティスは深呼吸をした。中庭には紅や薄紫色などの花が揺れていた。
ティアラがミルティスの方に寄る。
「ティアラ、ちょっと頼まれてくれないか?」
「何を?」
「この家を捜索してほしいんだ。ただのコレクターの豪邸とは思えなくてな。何かありそうな気がするんだ」
「私も同意見よ。いいわ。いろいろ見てきてあげる。その代わり、あの二人が来る前までに私がいない言い訳でも考えといてよ」
「分かった」
ミルティスはティアラのために扉を開けてやると、ティアラは廊下に出た。それから、扉を閉めて、何ごともなかったように椅子に座った。一分もしないうちにルーシアが紅茶の入ったカップ三つとクッキーが入った皿を盆に置いて入ってきた。
「どうぞ」
ルーシアはそう言うとカップと皿を置いて退出した。
誰かが扉を叩いて、ミルティスは、どうぞと応えた。
「お待たせしました」
と、リビアとメリッサが客間に入ってきた。
「お飲み物は紅茶で大丈夫でしたか?」
「はい。結構、オレ、甘党らしいですから……」
「それはよかったです。……そういえば、ティアラさんは?」
「ああ、あいつなら……」
トイレですよ、とでも言いたかったが、あとでパンチが飛んできそうだったのでやめた。
「……なんか急用を思い出して帰ったみたいです」
ベタなウソだ。
「そうなんですか。それは残念です。ミルティスさんは大丈夫なんですか?」
「ええ。服のこともありますし……」
なんかごまかせたみたいだ。
控えめに扉を叩く音がした。
リビアが、どうぞ、と声をかけた。入ってきたのは、ルーシアだった。
「あの、ミルティスさん。お洋服が乾いたので、隣の部屋でお着替えください」
「ありがとうございます。少し失礼します」
ミルティスはリビアたちに軽く頭をさげた。リビアも返した。
ミルティスは服を受け取り、部屋を出て、隣の部屋の扉をルーシア開けて、部屋の中に入った。
今度は、青を基調とした部屋だった。構成は今まで居た部屋と同じなのだが、涼しさが増して、窓を開いているため、より爽やかな感じだった。
ミルティスは、乾いたズボンを履いて服を着て、コートを羽織ってベランダに出た。扉を爪で擦る音が聞こえて、ミルティスは扉を開けた。
「よくここがわかったな」
「ここに入っていくのが見えてね。そういえば、私がいない理由、何て言ったの?」
「急用思い出して帰ったって」
「ベタなウソね」
「俺もそう思う。で、どうする?」
「まかせなさいって。どうにかごまかしてみましょ」
「服、ありがとうございました」
ミルティスは部屋に戻ってお礼を言った。
「いえ、お互いさまですから。ティアラさん、戻っていらっしゃったんですね」
「ええ、この人を一人にしておくのは心許無いですから」
「おいおい」
「仲がよろしいんですね」
リビアがフォローする。
「クサレ縁みたいなものですから」
「お兄ちゃんたちは旅をしてるの?」
メリッサが尋ねた。
「まー、そんなトコかな」
ミルティスは曖昧に応える。
「この町にはどうして?」
不思議そうにメリッサが聞く。
この町は観光地で、最近まで祭りがあったとはいえ、ミルティスのこの軽い身なりでは考えにくい。大きな鞄があるはずだから。
「美術品に興味があってね。それに、ジュエリア美術館には今回、束縛されぬ者への幸福が展示されていると聞いて」
「美術品が好きな方だったら、アレに興味を持つのは当然かもしれませんね。何も分からない者でも何か引かれるトコロがありますから。ところで、お二人は、束縛されぬ者への幸福にまつわる伝説をご存じですか?」
リビアが聞いた。
「伝説?」
「ええ」
「聞いたことないですけど。気になりますね」
「お話しましょうか?」
「はい」
リビアは一息ついて言った。
「ある昔のある国に恋する男女がいました。女の子の名前はミスト。男の子の名前はステイ。二人はそれぞれを想い、恋をしていました。しかし、それは心の中でのこと。表面上では叶えられない恋でした。ミストはただの平民。ステイはこの国の王子だったのです。貴族が平民に恋をしてはいけない。平民が貴族に恋をしてはいけないのもまた然り。ある年になって、ステイは婚姻を余儀なくされ、愛してもいない女と結ばれなければなりませんでした。それを知ったミストは結婚式の前日に密かにステイに会いに行きました。『叶わぬ恋なれど我が心はあなたのみ』と二人は誓い合い、それぞれの思いを象徴に贈り物を渡し合いました。それが『束縛されぬ者への幸福』という香水だと言われています。ミストはピンク色の香水を、ステイは碧色の香水を渡したそうです。今回、展示されているのはピンク色の方で碧色の方は誰かに盗まれたそうです」
「意味深い話ね」
ティアラが考え込む。
「そうだな」
とミルティスがあいづちを打った。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうするか」
「リビアさん。私たち、そろそろ帰りますね」
「何もお構いできなくてすみません」
「いいえ。……メリッサ」
「ん?」
「また、町に来たときに会いに来るわ」
「うん。またね。ミルティスも」
ついでかい。
二人が玄関を出るとジョンが車を出して待っていた。
ミルティスとティアラはジョンに橋の所まで送ってもらい、その通りにある市場を目指した。
電気屋の前を通ると、店前に飾っていたテレビからニュースが流れてきた。
『……臨時ニュースです。予告状が警察に届けられました。差出人は怪盗ミルティスとアドニスの両名。今夜九時にジュエリア美術館にて『束縛されぬ者への幸福』をいただきにまいります。とのことです。警察では厳重に警備を張り、『束縛されぬ者への幸福』を守りきる。と言っております。――次のニュースです。まもなく……』
ミルティスとティアラはテレビから目線を外し、道を歩く。
「あちらは盛り上がっているみたいだけど、大丈夫なの?」
「何を言うか、お嬢さん。オレを誰だと思ってるんだ?天下の怪盗ミルティス。抜かりはないさ」
「なら、いいけど。でも、油断は禁物よ」
「あぁ、まかせなって」
夕方の少し肌寒くなるような風が吹く。
ミルティスのしっぽ髪が揺れた。
―――さあ、祭り(フェスティバル)の始まりだ―――




