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 美術館に行くには噴水の中央通りに続く一本の橋を通らなければならない。橋に続く道の市場を見ながら、半時間かけて行った。小腹が空いてきてミルティスはちょうど橋の手前で見つけたクレープの露店で、『チョコとバナナのデリシャスdeミックス』というクレープを頼んだ。おかしな名前のクレープだが、店ならばチョコバナナといわれる代物だ。しかも、観光地なため、値段も高い。実はティアラに止められたのだが、それを押し切ってミルティスはクレープを買った。

 二人は橋を渡る。

「おいしい?」

「まあね。ちょっと普通のよりバナナが多いけど、名前の割には普通だな」

 ティアラはミルティスの肩に乗っているためクレープがよく見える。

「そう。私にも一口もらえるかしら?」

「ん?いいよ」

 ミルティスは、クレープの皮を一口大に取り、手のひらに乗せた。

 ティアラは舌をうまく使い、クレープの皮を口に放りこんだ。

「もう一口」

「やだね」

「子供じゃあるまいし……。いいわよ」

 ティアラはミルティスの肩から降りた。

「怒った?」

「さあね」

 ティアラはすたすたと歩き出した。その後ろからミルティスはティアラについていく。

 橋を三分の一ほど行ったところで、ティアラは急に立ち止まって、目を細めて左の方を見ていた。風が少し吹く。ミルティスも同じ方を見る。

 決して、何も変わらない風景。川のまわりに立ち並ぶ家。

 ミルティスはティアラのそばによって、ティアラの言葉を待った。

「風が来るわ。しかも、ちょっと強いわよ」

 すると、ゴオーッという音が聞こえて、風が来るのが分かった。立ち止まった時に少し吹いた風はこれの前兆だったのだ。

「おわっと」

 強い風が吹いた。ティアラが肩に乗っていれば、危なかったかもしれない。風にあおられてコートがなびく。ミルティスは髪を押さえて、風が過ぎ去るのを待った。

「あなたの肩から降りててよかったわ」

「そうだな。じゃないと、この川に落ちてたかもな」

 ミルティスはティアラを見てから、前方に目をやると、柵から身を乗り出して何かを見ている少女がいた。その目の先には、大きなつばが付いた白い帽子だった。たぶん、さっきの風のせいで飛ばされたのだろう。その帽子をもの悲しそうに見ていた。

 ミルティスはその少女に近づいた。

 少女は感じからしてお嬢様育ちで、金色の髪で軽くウエーブが掛かっている。フリルが多く使われた服を着ていて、小さな宝石がついたネックレスを首に提げている三十センチぐらいのテディベアを抱いていた。

「大事なものなのか?」

「うん。パパに買ってもらったものなの。でも、無理だよ。飛んで行っちゃったもん」

「取ってあげようか?」

「無理……だよ……」

「そうか?隣の人、お母さん?」

「うん」

 少女は同じように帽子のゆくえを見ていた母の袖を引っ張った。

「ママ、この人がね、お帽子取ってくれるって」

「え?でも……」

「大丈夫ですよ。――――あの、この川ってどれくらいなんですか?」

 とミルティスが聞いた。

「流れはゆったりしてるけど、この川、深いですよ?」

「大丈夫ですよ。…お嬢ちゃん、これ持って待ってな」

「うん。でも、ホントに大丈夫なの?」

「あぁ」

 ミルティスは手に持っていたクレープを少女に渡した。

「食うなよ」

「食べないよ!」

「ならいいんだ。ティアラ、岸の方でちょっと待っててくれ」

「了解。早く行かないと帽子、流されるわよ」

「だな」

 コートを脱いで母親に持ってもらうと、ミルティスは柵に両手を置いて、よっ、と声を発して、左側に体重をかけて右に足を浮かせた。体は軽く飛び上がり柵をまたぎ越えた。


 


 水面から顔を出したミルティスは、いったん、顔についた水を払いのけて、帽子を探した。ちょうど、帽子が白だったので見つけやすかった。そこまでたどり着くと、頭に入らない帽子を乗っけて、岸を目指した。

 岸には、持ち主の少女と母親とティアラが待っていた。

「はい、お嬢ちゃん。取ってきたよ」

 ミルティスは帽子を渡した。

「ありがとう、お兄ちゃん。でも、びしょびしょになっちゃったね。ごめんなさい」

「お嬢ちゃんが謝ることないよ。歩いてれば乾くよ」

「あんたみたいのが横で歩いてたら私が迷惑よ」

「なっ!」

 しゅんとなっていた少女が口に手を当てて笑っていた。ティアラなりの心遣いなのだろう。重くなりかけた空気が明るくなった。

 ミルティスは後ろ髪と服の水をできるだけ絞ると少女からはクレープと母親からコートを受け取った。

「あの、もし、よければ家に寄っていただけませんか?この近くなんですよ。お礼もしたいですし」

 少女の母親が聞いた。

「そうしなよ。ね、お兄ちゃん」

 まだ、濡れている裾を少女が引っ張った。

「そうか?」

「ぜひ。あの私、この子の母親のリビアといいます。で、この子はメリッサ」

「よろしく」

 メリッサが微笑む。

「よろしくな。オレがミルティスで、こいつが」

「ティアラです。よろしく」

「こちらこそ。先程はありがとうございました」

 リビアが頭を下げる。

「いえ、できることをしただけですから」

ミルティスはリビアに応える。

「ミルティスさん、車を呼んでいるので、どうぞ」

「車……ですか?」

「はい。ちょうど、行こうとした時に帽子が飛ばされて。すぐ近くまで来てると思いますので」

「でも、濡れたままですし……」

「それは、大丈夫ですよ。代わりの服も電話して、用意させてますので。風邪をひかれると大変ですから」

「そう……ですか……?」

「はい」

 ミルティスはティアラを見ると、ティアラは頷いた。行きましょ、という合図である。

 二人はリビアとメリッサの後ろから付いて行った。そして、ミルティスはティアラに小声で言った。

「車だってよ」

「すごいわね。服装からして、お金持ちそうだったけど」

「あぁ。それに、メリッサが持ってるテディベアの首にかけてあるネックレス。あれ、本物のダイアだ」

「お金持ちの考え方は分からないわ」

「オレもだ」

 お金持ちと怪盗の違い。それは、高価な物を買う(盗む)と、お金持ちは見せたがる。目立ちたいために。それと違い、怪盗は隠す。目立たないために。リビアとメリッサがその類かは分からないが、ミルティスとティアラには理解できない事であった。そんなことをして何の得がある、というのが二人の考えだ。しかし、この概念は二人の独断と偏見からで、すべての人がそういうことを考えているとは限らないことを覚えておいた方がいい。

 車は橋から少し離れた道路の端に止められていた。なんと言ってもお金持ち。ただの車ではない。黒い高級車。リムジンである。黒光りする車体に運転手。外から中が見えないようになっていた。

 運転手はリビアたちが近かづいてくるのに気がついて、リムジンから出て、帽子を脱いでミルティスたちに会釈をした。

「リビア様、この方々がメリッサ様の帽子を取ってくださった方ですか?」

 運転手が尋ねる。手に白い手袋をはき、正装に身を包んでいる。

「そうよ。ミルティスさんとティアラさん。で、この人は」

「運転手兼執事のジョンと言います。――では、ミルティス様は後ろ側。リビア様とメリッサ様は前側へ。ティアラ様はどちらにお乗りになりますか?」

「私も前側でお願いします」

「分かりました」

 先に、ミルティスが後ろ側に乗って、それから、二人と一匹は前側に乗った。

 ミルティスは中を見渡す。隣の座席に律義に畳んであるバスタオルと白いワイシャツとズボン。コートを置いて、服を脱いで体を拭く。上のボタンを二個ほど外して着て、ズボンを履く。 さっきまで着ていた上下の服を畳んで用意してあった袋に入れた。

 リムジンの中は暖かくて冷えた体を温めた。背もたれに体を預け、外を見る。町の風景が変わっていく。

 そして、ミルティスは目を閉じた。

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