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 ある一室に人が二人。部屋は明るいにもかかわらず、さらにモニターの光で顔を照らし出していた。モニターには、門、庭、各部屋などが映し出されている。防犯カメラからの映像。人っ子一人いない風景。

「どうなさいますか?リビア様」

 ジョンが尋ねた。

「そうね。どろぼう猫がこの家をはい回っているみたいだし。……私が直接、お相手するわ」

「しかし、防犯カメラには誰も……」

「・・・よく見ないと分からないけど、うまく隠れているわ」

 リビアはドアノブに手を置いて言った。

「メリッサを見てて。あと、帰りが少し遅くなると思うから……」

「かしこまりました。――いってらっしゃいませ。リビア様。いえ、女怪盗シルビア様」


 


「本当にこの部屋なのか」

 アドニスは疑うようにティアラに聞いた。

 光といえば廊下に備え付けられているランプの光だけ。まったく光がないわけではないが見えづらい。

「これでも、記憶力はいいのよ」

「開けるぞ」

 ミルティスがドアを開けた。

 部屋の中は天窓から入り込んでくる月の光のみ。人影が見える。しかも、見たことがある。

 黒一色で肌の露出が高く、ぴっちりした服を着ている。

「本当に来るなんてね。いい度胸してるわ」

 足を組み、ケースの上に乗っているリビアは二人と一匹を見た。

「お褒めいただき、感謝いたします」

 ミルティスは前に出て、貴族のように礼をした。

「褒めてないわよ」

 ボソッとリビアは言うと、息を吐き、ケースから降りた。手を腰にあてて、見据えた。

「用件は何かしら?それとあなたは怪盗アドニスかしら?」

「ええ、初めてお会いするのによくご存じで」

「同業者の名前や顔はすべて把握してるの。でないと、いつ足下すくわれるか分からないでしょ?」

 と言って、シルビアは少し首を傾げた。

「そうですね。――そろそろ、本題言っていいですか?」

「どうぞ」

 アドニスがミルティスに視線を送る。お前が話せと。

「時間がないので手短に言うと、そのケースの中の香水を頂きたいんです」

「でも、あなたたちのどちらかが、これのピンク色の方盗ったんでしょ?だったら、そんな贅沢言ってないで帰ったらどう?」

「結構きついお言葉で」

「そうかしら?」

 リビアはミルティスを欺けるかのような口ぶりだった。

「美術館に行ったものの、ちょっといい話を聞きましてね。盗るどころではなかったんですよ」

「いい話?」

「はい」

 ミルティスはミストに会ったことをリビアに話した。


 


「そんなデタラメな話を私に信じろとでも?」

「無理に信じろとは言いません。ウソであれホントであれ、そのデタラメな話の実物を見たらどうですか?」

 リビアは考えた。自分の答えを。

「……興味がないと言ったらウソになるけど、私に何の利益があるというの?」

「言うことが同じですね。こいつと」

 アドニスを指してミルティスは言い放った。

「どういうこと?」

「こいつも、どこに俺の利益があると言ったんですよ」

「人間とは欲深いものよ?」

「そう、ですね。利益……ですか。もう一つの香水も、欲しいとは思いませんか?」

「譲っていただけるのかしら?」

「……あなた次第、だと思いますよ?」

 ミルティスは不思議な笑みを浮かべている。まるで、リビアを試しているかのように。

「実力次第ってこと?」

「そう解釈していただいてもいいですよ」

 リビアはくすりと笑う。

「……いいわ。あなたたちに協力しましょ。ま、その少女がいるとして香水を渡すまでだけど」

「それで、十分ですよ」

「これで決まりね。善は急げと言うし。行きましょうか、皆さん」

 ティアラが皆を促した。

「そうだな。リビアさん、先に行ってくれ。あなたが一番この家に詳しい」

「そうね。でも、その前に、今はシルビアって呼んでもらえるかしら。あと、敬語もやめてね。せっかく、会えたんだし」

「…いいよ。シルビア」

「ありがと」

 リビア――シルビア――は香水を布に包んで、小さな木箱に入れた。

「行きましょ」

 この言葉を合図に三人と一匹は部屋から姿を消した。


 


「うそっ」

 これが美術館に侵入して、香水が展示されている部屋に入って、初めてシルビアが言った一言だった。

「見えるのですか?」

「見える……わよ」

 ミストはシルビアの言葉にうれしいような困ったような顔をした。

 シルビアは髪に指を通す。

「……状況は理解できたわ。この子に香水を渡せばいいの?」

「えぇ」

 ミルティスはシルビアに答えた。

「あの。本当に香水、見つけてきて下さったのですか?こんな早くに」

「ちょっと、心当たりがあってね。行ったら、渡してくれて。……早く君に渡せてよかったよ」

 その言葉を聞いて、少し涙目のミスト。

「目の前に置いてもらえますか?」

「わかったわ」

 シルビアは床に木箱を置くと蓋を開けて布を広げて碧色の香水を取り出した。

 一瞬の沈黙。

 皆が見守る中、事は起きた。

 まばゆい光でもなく光沢のある光でもなく、ただ淡く、そして目が引きつけられる。

 香水付近に広がる模様は形を成していく。誰もが疑わなかったその姿。

 端麗に整えられた輪郭に計算されたパーツが揃っている。金髪とははっきり言えない茶色がかった髪は月の光でグラデーションのように金色が浮かび上がる。

「……ステイなの?」

「……ミスト…………?」

「そう……だよ」

 ミストは満面の笑顔を浮かべた。最高の笑顔を。

「会いたかった……」

 ミストはステイに抱き付いて、背中に手を回した。

「やっと、会えた」

「うん。一人にして……ごめん……」

「そんなことないよ……」

 ミストは横に顔を振った。涙がこぼれ落ちる。

 しばらく再会を喜んでいたミストだが、ミルティスたちの方を見て言った。

「ミルティス、約束を守ってくれて本当にありがとう」

「……やりたいことをやっただけだから」

「そのおかげで私は幸せになれた。この世は悪い事だけではないのね」

「願いが強いほどそれは現実になる」

「素敵な言葉」

「……そうだな」

 ミルティスにも笑顔が。

「めずらしいわね。ミルティスが笑うなんて」

 ティアラがくすくすと笑う。

「おかしいか?」

「いいんじゃない?」

「……そうか」

 ミストが涙を拭いて言った。

「そろそろ、さよならです。――皆さんに会えてよかった。本当にありがとう」

 ミストとステイは消えた。二つの香水と共に.。

「ねぇー」

 シルビアは早くも帰ろうとしているミルティスとティアラを止めた。

「どうした?シルビア」

 ミルティスは、淡々と言った。

「香水、消えたわね」

「それはそうなんじゃない?自分の願いが叶ったんだ。自分たちの世界に帰るだろう」

「じゃー、香水も一緒に消えるのも予想済みと」

「なんとなくね」

「そう。あと、聞きたいんだけど、その手に持っているのは何かしら?」

 みんながミルティスの手に注目した。

「ああ、これ?ミストがお礼にってくれた『天使の微笑み』って言われているネックレス。善い事をすれば報われると言うし。これが因果応報でしょ」

「ちょっと違う気がするけど。いつの間にそれを?」

「内緒です。ティアラ、退散だ」

「えぇ。それでは、皆さんごきげんよう」

 ティアラはミルティスの肩に乗り、一人と一匹は姿を消した。


 


「やられたわ。ちゃっかりモノを盗んでるし」

 シルビアは息を吐いた。

「私も退散するわ。・・・あなたも早くしたほうがいいわよ。もうすぐ夜が明けるから」

「そうするよ」

 そして、そこには何も残らなかった。


 


 翌日の、いや、今日の朝刊には盗まれた香水の事件が一面に飾られた。

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