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町を見下ろすことのできる小高い丘に一本の大きな紅葉の木があった。それは少しずつ紅色に色ずき始めた木だった。その木陰で、手を枕代わりにして寝ていたミルティスは目を覚ました。
薄紫の目と紫の髪。腰まである髪を後ろで結んでいる。白のニット風の服と黒のズボンと薄い黒のコートに前を開けて着ていた。風が吹くたびに裾が揺れる。
空を見上げると雲一つない快晴だった。手をかざしてみると紅葉の葉の隙間からこぼれる光が手を包む。ミルティスは幻想的だと思った。何気ない風景でも感動することはある。それは素敵なことだ。
「起きたの?」
「……あぁ」
話し掛けてきたのはミルティスの相棒であるティアラ。ティアラは黒紫色の子猫で、手の中に収まりそうなぐらい小さな体だった。
ミルティスは体を起こして、くしゃっとなった髪を手ぐしで直した。
「昨日はご苦労様」
「どうも。いきなり盗んだあと、すぐ移動だなんてな」
「その後、休ませてあげたじゃない」
「昼寝程度だけどな」
オレはまだ寝たりないとでも言うようにミルティスはあくびをした。
「悪いとは思ったのよ。でも、ちょっとした情報を掴んでね」
「情報?」
ミルティスは聞き耳をたてる。情報収集が得意なティアラの情報は信用できる。テレビで流れる無機質なニュースより。
「そう。怪盗アドニスも今回、この町のあるモノを狙ってるって」
「あいつか」
「そう、あいつ。あなたの敵でありライバルと謳われるね」
「別にライバルとか思ってないけど。もともと、盗むモノは違うから敵対してないし。オレは自由気ままが好きなだけだからな」
と、ミルティスは手を後ろに置いて、木の隙間から空を眺めた。
「マスコミはそう思ってないみたいだけどね。それに、そうも言ってられないのよ」
「どうした?」
目線をティアラに戻した。
「狙っているモノが一緒なのよ……」
ティアラが下を向いた。
狙いモノというのは、この町の美術館に展示されている『束縛されぬ者の幸福』という香水。
怪盗ミルティスの専門は宝石系で、狙っているのは香水の蓋に付いているエメラルドの宝石。
怪盗アドニスの専門はガラス細工系で、狙っているのは香水瓶自体だろう。
「なるほど、香水は両方の条件に合っているモノか。あいつは、入れ物。オレは宝石が狙い」
「だから、急がせたってわけ」
「それで、計画は立てれたのか?」
「まだなの。急いで来たし。町に降りて、宿で考えようと思って。あちらさんも今日、盗むわけではないでしょうし。一応、滞在は二、三日ぐらいって考えてるけど」
「了解。それじゃ、町に降りますか」
「そうね」
ミルティスは、紅葉の木の影から出て、まぶしくて手をかざす。そして、ティアラを肩に乗せて歩き出した。
季節は秋になったばかり。




