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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第10話「榊征四郎VS碧嶋真琴」

作者: TEATIMEMATE

   榊征四郎VS碧嶋真琴


 「待って下さい、お姉さーん」

 「やだ――――――っ!!」

 碧嶋美希(あおしまみき)は帰宅途中、木刀を持った怪しい男に追われて逃げ回っていた。いや、追ってくる男を美希は全く知らないわけではなかった。クラスは違うが同じ高校の同じ一年生だ。名前だって知っている――榊征四郎(さかきせいしろう)。剣道部が獲得に躍起になっている期待の新人でちょっとイイ男だ。

 しかし。

 いくらイイ男でもいきなり同級生を「お姉さん」呼ばわりすることはなかろう。

 美希はガタイのイイ好青年に出会い頭に土下座で「お姉さん!!」と呼び掛けられて跳び上がった。

 「やだー!!何でボクんトコに()んのさーっ!!」

 硬派の代名詞のように噂されていた榊征四郎がよもやこのような行動に出るとは、彼のファンクラブを作ろうとしていた女生徒たちには想像もできまい。

 美希の旺盛な想像力を持ってしても容易には想い描けない現実がすぐそこまで迫ってきていた。

 二人の後を、美希の相棒の不知火羅牙(しらぬいらいが)がにやにや笑いながら飛ぶような足取りで付いてくる。何とかしてやろうというような気は全くなさそうだ。

 「お願いしますっ、話を聞いて下さいっ」

 人気(ひとけ)のない路地に美希を追い込んだ――と言うより、美希の方が人目を(はばか)って逃げ込んだのだが――征四郎は、また地面に手を付いて頭を下げた。

 「だーかーらー、そういうことすんのやめてってば」

 美希は征四郎の腕を掴んで手を上げさせた。

 話を聞いてやろうにもさっきから立ち止まると土下座をしてしまうので、人通りの多いところでは話もできない有様なのだ。

 ――ボクのことを「お姉さん」呼ばわりするくらいだから用件は判ってるけどさ。

 美希は征四郎を立たせて膝を(はた)いてやった。

 「お姉さんっ!!」

征四郎は美希の肩をひっ掴んで正面から見据えた。

 その背後で(たま)りかねた羅牙がぷっと吹き出す。

 「真琴(まこと)さんとのお付き合いを――――」

と、征四郎が言いかけたとき。

「貴様っ!!姉上に何をしているっ!!」

良く通る高い声とともに小さな影が二人の間に降ってきた。

 紺のセーラー服。

 白いリボン。

 長いストレートの髪を頭の上の方でポニーテールに結んだ娘。

 「真琴ぉ」

 娘は帯で仕立てた刀袋を持っていた。

 「真琴さんっ」

 征四郎は両手をその刀袋に入っているもので弾かれて後ろへ跳び退いた。

 碧嶋真琴――美希の妹だ。

 「姉上を襲うとは不届き千万」

 真琴は刀袋に入ったままのそれを構えて美希の前に立ちはだかった。

 「真琴さんっ、俺はっ」

慌てて手を振る征四郎に、

「問答無用!!」

真琴は打って掛かった。

 征四郎は反射的に、持っていた木刀で受け止めた。中学一年生の少女のものとは思えない重い一撃。

 真琴は自分より一回りも二回りも身体の大きな征四郎を力尽くで弾き飛ばした。

 間髪を入れずに打ち掛かる。

 重さ数キロはあるはずのそれを軽々と振って征四郎を攻め立てる。

 「真琴さんっ、誤解だ、俺はっ」

 しかし、征四郎はその真琴の攻撃をすべて受け止めていた。

 「さすが剣道部期待の星。真琴ちゃんと互角に立ち合ってるじゃないか」

不知火羅牙は面白そうに美希に囁いた。

 彼女は相棒の妹、真琴の腕前を良く承知していた。真琴が幼い頃から鍛錬しているのは剣道ではなく剣術だ。真剣を手にして敵に当たるための技術は、剣道とは全く違う。

 「真琴さんっ、話を聞いて下さいっ」

 受ける一方とはいえ、真琴の太刀筋を見極められるというだけでも、榊征四郎は大したものだと言えた。

 「まずいよ、征四郎くんがこんなにできるなんて」

 いつもは楽天家の美希も妹に関してだけは楽天的にはなれなかった。真琴の性格は苛烈だ。プライドも高い。剣の腕にもそれなりの自信を持っている。その真琴の剣を楽々――少なくとも美希にはそう見えた――受け止めるなんて。

 「久々に真琴ちゃんが抜くところが見られるな」

 美希の心配を余所に羅牙は楽しそうだ。

 「他人(ひと)事だと思ってさ」

 美希は頬を膨らませた。

 真琴は真剣を持ち歩いている。放っておくと何をしでかすか判らない。今までにも何度かそれを抜いたことがあるのだ。笑って見守るには危なっかしすぎる。

 しかし美希を守ろうとしているときの真琴は、当の美希の言うことでさえ聞こうとはしないのだ。止めるには実力行使しかない。

 「羅牙、面白がってないで止めてよね」

 この場で一番穏便にかつ確実に真琴を止めることができるのは羅牙だけだ。美希は相棒の方に顔を向け、腰に手を当てて二人を指差した。

 「危なくなったらな」

 羅牙は腕を組んで道端の電信柱にもたれ掛かった。

 羅牙の目から見ても征四郎と真琴はほぼ互角だった。いかに真琴が優れた剣術の使い手とはいえ、まだ中学一年の少女だ。剣道の素人ではない征四郎相手では技術の差より体格と腕力の差の方がまだ大きかった。

 「貴様っ」

 真琴は刀袋の口を留めてある紐に手を掛けた。

 「征四郎くんっ、逃げてっ」

 美希は無駄とは思いながら声を掛けた。征四郎には逃げ出す気など更々ないのだ。彼の方には逃げなければならない理由などない、それどころか彼には真琴にどうしても伝えておかなければならない大事な用件があるのだ。

 「手を抜くとは私を愚弄しているのかっ」

 真琴は紐を解いて刀の(つか)に手を掛けた。

 目の前の不埒者は彼女の攻撃を受けているだけだ。――剣術の心得があるのに反撃もしてこないとは、女子供と侮っているのか。

 真琴は刀袋の上から左手の親指で刀の鍔を押した。

 「真琴さんっ」

 征四郎は木刀を下に向けて背後に引いた。

 彼には彼女を傷付けることなどできはしない。何とかして誤解を解いてもらわなければ。征四郎は膝を付こうと片方の足を引いて身を屈めた。

 しゅぃん、と、鞘が鳴る。

 真琴は真っ赤な顔で愛刀を抜き放った。

 刀身に反りのある日本刀をスムーズに抜くことは素人が思うほど簡単なものではない。身体の小さな真琴には尚更のことだろう。それなのに彼女は自分の腕よりもずっと長いそれをいとも簡単に抜いて見せた。

 ――何て――――。

 征四郎は息を呑んだ。

 木刀を構え直す。

 彼女を傷付けることはできない。――しかし――、彼には彼女のプライドを傷付けることもできなかった。

 征四郎に手加減されていると思うことは、真琴にとって、負けることよりも屈辱的なことなのだろう。

 「真琴っ」

 美希は、真琴を気にしながら羅牙の方に顔を向けた。

 真剣と木刀では勝負にならない。

 真琴の腕力では相手に重傷を負わさずに済む位置で剣を止められるかどうかは五分(ごぶ)だ。

 真琴が本気である以上、征四郎が受けるつもりならそれを止めることができるのは羅牙だけなのだ。

 しかし、

「真琴ちゃんを信じなさいって」

羅牙はいたって呑気に手を振った。

 彼女はこれまでに何度か真琴が「抜く」ところを目撃していたが、相手にかすり傷以上の傷を付けたところは見たことがなかった。美希は、こと真琴のことになると過剰なのだ。

 榊征四郎は手加減などしていない。ただ反撃していないだけだ。真琴の腕は信じていい。羅牙は真琴の剣先を目で追った。

 空気を()いて刀身が弧を描く。

 「覚悟!!」

 真琴は渾身の力でそれを振り下ろした。

 二人の足元からすうっと風が吹き寄せる。

 きぃんと微かな音がして。

 剣先は征四郎の頭から十数センチのところで止まっていた。

 ――よし、止まった。

 羅牙は美希にちらりと視線を送った。

 だが。

 違う――。羅牙はすぐに二人に視線を戻した。真琴ちゃんが止めたんじゃない――。

 「真琴さん――」

 征四郎は居たたまれない様子で口を開いた。

「お姉さんに許可をいただいてからと思っていたのですが――、俺と――、その、お付き合いしていただけないでしょうか」

 美希がぽとりと鞄を取り落とす。

 ――なんて間の悪い告白。ぶきっちょにもほどがある。

 羅牙は美希の鞄を拾ってやって、ついでにぽかーんと開いた口もふさいでやった。

 「あいつ、榊征四郎、優等生みたいな顔しやがって。とんだ食わせ者だな」

「何で?」

 美希は羅牙の言葉に目をぱちくりさせた。

 「まじめに剣道やってる奴があーんな止め方するかよ」

 あんな。

 征四郎は真琴の真剣に木刀の(つか)を尻から垂直に食い込ませていた。しかも、それでも止められなかった剣を、左手首の腕時計で受け止めていた。

 「一つ間違ゃ、両腕ぱあだよ」

 羅牙の言うとおり、刃が僅かでも横に滑れば左手首は両断される。左手の支えがなければ(つか)を握った右手だとてただでは済むまい。

 「何て無茶を」

 美希はもう一度口をあんぐりと開けた。

 真琴はたっぷり十秒以上硬直したのち、征四郎の木刀の(つか)から刀を引き抜いた。くるりと刃を回して鞘に収める。そして、征四郎を一睨みすると無言のまま(きびす)を返した。振り返りもせずぴょーんと塀の上に跳び上がる。

 「真琴さんっ」

 征四郎は真琴を追いかねてぺたりとその場に膝を付いた。がっくりと肩を落として美希を振り返る。

 「すみません」

 征四郎は地面に手を付いて深々と頭を下げた。

 美希は「げっ」と言って両手を振り上げた。

 「せせせ征四郎くん、そそそゆことはやめようよ」

 手を上げさせようとしても征四郎はびくとも動かなかった。

 「すみませんっ、俺っ…」

 ただただ平謝りするばかりである。

 「征四郎くぅん」

 美希は困り果てて征四郎の脇に座り込んだ。

 そこへ。

 「貴様っ」

 地面すれすれに頭を下げる征四郎の鼻先に鈍く光る切っ先が突き付けられた。

「姉上を煩わせるな」

くるりと刃が上に向けられる。

 征四郎は慌てて(おもて)を上げた。

 「真琴さんっ」

 立ち去ったはずの真琴がそこに立っていた。

 「貴様、名を名乗れ」

 押し殺した声で絞り出すようにそれだけ言う。

 「榊、征四郎ですっ」

 跳び上がらんばかりの勢いで征四郎は名前を叫んだ。

 真琴はまた舞うように刀を鞘に収めると(きびす)を返した。

 「榊征四郎か、覚えておく。この次も(わたくし)の剣を止められるとは思うなよ」

そして、また、ぴょーんと塀に跳び上がって姿を消した。

 「次って…」

放心状態の征四郎の肩を、

「また会う約束か、よかったな」

と、不知火羅牙がぽんと叩いた。

 これ以降、榊征四郎はその想いに反して、碧嶋真琴の立ち会い相手として、彼女がもう少し大人になって姉離れするまで、三年以上の交際期間を持つことになる。

榊征四郎VS碧嶋真琴 あとがき


 やれやれ。

 こと真琴ちゃんに関しては我を忘れてしまう榊征四郎と、こと美希ちゃんに関しては常軌を逸している真琴ちゃんの対戦でした。

 美希ちゃんもこと真琴ちゃんに関してはおろおろモード全開だし。いつもと変わらないのは羅牙さんだけですねえ。

 それにしても、征四郎くんにも困ったものだ。真琴ちゃんはまだ中学生だぞ。一目惚れはいいけど勢いがよすぎるわい。美希ちゃんじゃなくても逃げちゃうぞ。ほんと。

 とにかく二人の馴れ初めはこんな感じでした。「喧嘩百景」とは主旨が違うような気もするけど。ま、いっか。

 こう見えても征四郎くんは結構強いです。(りょう)ちゃんとも互角にやり合うかも。でも、これ以降、高校三年間彼は真琴ちゃんにかかりっきりで、ほかの者などアウトオブ眼中なので対戦の可能性は極少。羅牙さん辺りが面白がってけしかけない限りないかな。

 本シリーズもとうとう第十話まで来てしまいました。まだ書きかけのものも三つほどありますし。ほんとに百話までいくつもりなんだろうか(笑)。いったら伝説達成?(笑)

 とりあえず長編ものの合間に――今のところ短編ものの合間に長編ものの更新をやってるからなあ――コツコツ続けていきたいと思います。何にせよ、番外編の方が本編より断然進んでるって言うのは問題だから、本編頑張らなくっちゃね。

 本編って言うのはいわゆる【羅牙さんシリーズ】。未だ一作もUPしてません。(いいのかっそれでっ。あうう)

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。



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