3限目!
「失礼します。」
雅広と共に礼をしながら入室する。
周りを見回すと見たことのない教諭が手招きをしているのに気付いた。おそらく商業学科の担当だろう。
近くに行ってみるとその体の大きさがわかるようになってきた。
スポーツ刈りの頭にがっしりとした体。一見体育会系の教諭にも見えるが、それに負けないほど強く文科系と印象づけているスーツとメガネ。少し肉のついたその顔は、どこにでもいそうな気の良いおじさんだった。
「君たちが忠野君と北条君か。僕の名前は若林、今回<なんでも屋>担当となったのでよろしく。残りのメンバーの鈴本君と久倉屋くん。それと滝沢君と黒柳君は後から来るよ。」
若林はニコニコとほほ笑みながら話しかけてくる。どんなに怒っていても一瞬忘れ、一緒に微笑んでしまう、そんな笑顔だった。
「いえ・・・。確かに名前はあってますけど、なんでも屋の仕事を引き受けた覚えはないんですが?」
雅広が迷惑そうに返答した。普段はめちゃくちゃな彼だがこう言うところはしっかり言うみたいだった。
しかし若林は、何を言うんだと怪訝な表情を浮かべた。
そこで涼輔が付け足した。
「僕たちはまったくもって<なんでも屋>について知らないのでお引き受けできませんよ」
「さっきから何を言ってるんだ?なんでも屋は3年に1度新入生から推薦で選ばれるんだ。残念ながら選ばれたら拒否権はない。理由はどうであれお前らは選ばれた人間だからだ。授業で誰が良いかのアンケート取られただろう?」
涼輔と雅広が顔を見合わせ固まる。
確かに先月の朝のHRでそんなのをやっていた気が・・・。雅広はいつも遅刻してるから知らないのも無理ない。
「今回は6人、と全員の意見がまとまってたからな。人選する必要がなかったよ。」
再び笑顔になった若林に手を掴まれた。
握手で交渉成立ってやつか・・・。いまいち納得いかない。
「失礼します」
2人の女子生徒が入ってきた。久倉屋と鈴本だ。
彼女達も選ばれたらしい。
「いらっしゃい。こっちだ。」
若林が俺達二人の時のように笑顔で手招きした。
「まさかとは思うけど君達まで何故呼ばれたかわからないなんて言わないでくれよ?」
彼は無表情の彼女達に話しかけていたが、なんとなく涼輔達にも何か言ってる気がした。
「私は知りませんでしたけど、来る途中に久倉屋さんから教えていただきました。」
鈴本はいつも通り身振り手振りで表現しながら言った。
当の久倉屋はイライラしているみたいだ。
「よろしい」
若林が満足そうに笑みを浮かべる。
だが、そのゆっくりでマイペースな発言に久倉屋はついに痺れを切らした。
「若林教諭。良い加減に本題に入ってくれ!」
「本題?本題なんて存在しないよ。ただの顔合わせだ。まだ二人来てないけどな。」
その発言に久倉屋は唖然としている。その気持ちは涼輔にもわからなくなかった。
ふと彼女がこちらに気付いた。そしてゆっくりと雅広の方に向き直る。
「北条・・・また会ったな。どうしてくれようか?」
久倉屋が静かにささやいた。確かに静かだったがその言葉には殺気がこもっている。
その手にはどこから取り出したのか竹刀が握られていた。
雅広はそんな彼女から隠れるようにして涼輔の後ろにしゃがみ込んだ
そして小声で涼輔につぶやく。
「おい、俺は雅広じゃないって言え。」
「いや、無駄だと思う。ってか思いっきりはみ出てるからバレバレだよ?」
見事にはみ出ている雅広のその姿はとても滑稽だったが、本人は本気らしい。
当然のことながら久倉屋は、はみ出ている部分に竹刀を打った。
「いてっ!何すんだよ!」
「さきほどの恨みだ。もう1度けりがつくまで勝負しろ!」
彼女の前髪の間から目が覗く。それはもう人間のものと言うよりは獲物を狩る虎だった。
「あ、明日にしてくれ・・・。」
「駄目だ。これから行くぞ!」
彼女は若林の制止を振り切るよ雅広を引きずりながら食堂へ向かって行った。
「・・・なんだったんだ?」
「意味不明ね。」
若林がぼやき、それに呼応するかのように鈴本もつぶやいた。
今その真相知ってるのは涼輔だけらしかった。
「失礼します」
再び職員室の扉が開かれた。
全員の目線がそこに注がれたそこには、指定ジャージを着た青年がいた。
「黒柳か・・・待ってたよ。今日は滝沢君と一緒じゃないのか?」
若林が疲れたように話しかける。
それに対してなのかどうかはわからないが青年もため息をついた。そして、ポケットからピンクの髪留めを取り出すと、前髪を止めた。
「先生違います。私は黒柳君じゃありませんよ。滝沢です。」
そう呟いたその声は男性の低いそれじゃなく、透き通ったガラスのようなソプラノだった。
また、前髪で隠れていたその顔もまだあどけなさの残る子供のそれだった。
彼女は若林に礼をするとすぐに涼輔達の方へ向いた。
「はじめまして。特別進学学科の滝沢雪です。これからお世話になると思います、よろしく。」
そう言うと笑顔で礼をした。若林の笑顔とは違う、子供の浮かべる純粋な笑みだった。
「よろしく。私は鈴本。そっちのが忠野よ。」
何も言えずにいた涼輔の代わりに鈴本が変わりに挨拶をしてくれていた。
「あ~・・・滝沢、それで黒・・・」
若林が言葉を不自然に止めた。と言うのも職員室の扉が再び開かれたからだった。それもものすごい勢いで。
突然のことだったので全員がそちらを見やった。
そこには、滝沢と同じ格好をした青年がいた。
「すすすすす、すいません。遅れました!」
「あぁ、黒柳か。待ってたよ。ささ、自己紹介して。」
青年がいそいそとこちらを向く。
「僕は商業学科で名前は黒柳勇希です。よろしく。」
ペコリと少し頭を下げて、すぐにはつらつと顔を上げる
その顔は滝沢さんにそっくりだった。いや、そのものと言ったほうが良いかもしれない。
身長も同じくらいで、高1にしては小さいくらいだ。声は先ほども聞いたが、いくらか高かった。
彼は涼輔達がしっかりと聞いたのを確認したら、滝沢さんの横に隠れるように並んだ。
二人が並んでいるところをみると、どれだけ似ているのかがわかった。
双子・・・じゃないよな。名字違うし。
「はい!皆さんがそろったところで、これから外食に行こうと思う。どうだ?」
若林がやっと本題に入れる、と嬉々としている。だが今の発言には誰もが疑問を上げた。
「ほら、これから3年間仲良くやっていくんだし、親交を深める意味でも。もちろん俺のおごりでだ。」
「いやでも先生。大丈夫なんですか?ほら、規則とか・・・」
鈴本がおずおずと発言した。
そう、この学校は学生達の外食は禁止になっているはずだった。
だが、若林は聞く耳を持たず「大丈夫だから絶対行く!」と言ってきかなかった。
最初は反対だった鈴本もその頑固さには参ったのか、そのうちに「行きます」と言ってしまった。
「さて・・・後は久倉屋君と北条だが・・・。まぁ、来ないわけないだろう。忠野と黒柳、呼んできてくれないか?」
「はい。わかりました」
そうして涼輔は出会ったばかりの黒柳と一緒に職員室を後にした。
黙って食堂までの道のりを歩いていると、勇希が突然、涼輔の顔を覗き込みながら声をかけた。
「えっと・・・涼輔だっけ?」
「え?あぁ、そうだよ。」
予期せぬ質問に声が上ずる。
涼輔はそれを隠すようにさらに質問を返した。
「お前は勇希でいいんだよな?」
「そうだよ。これからよろしくな。お近づきの印に君がさっき思ってたことの一つ当ててあげようか?」
勇希が人懐っこい笑顔で言った。
涼輔もせっかくだから乗ってみることにした。
「ん。じゃあ当ててみろ。」
すると、勇希は待っていたとばかりに手をたたき、涼輔の前で目をつむった。
瞑想をしているつもりだろうか?「むむむ」、と唸っている。
そして、目を開けて涼輔の耳元で囁いた。
「似てるって思ったでしょ?僕と滝沢さん。それと、滝沢さんのことを可愛いとも思ったね?」
そう言った彼の表情はいたずらをしている子供が浮かべる顔だった。
「ん。正解だな。だがなんでそんなこと自信を持って言えるんだ?」
「いつも言われるからだよ。それに彼女には魅力があるんだよ。僕と違ってね・・・。」
勇希は呟きながらゆっくりと歩き出した。
階段を並んで降りる。何人かの女子生徒とすれ違うが、反応がおかしかった。
食堂まではすぐそこだった。