7話 投げ銭とかムリしちゃって♡
開幕早々1万人の同接を記録し、なおも数字は伸び続けていく。
その数字の圧力に律は頭が真っ白になりかけるが――
『今日の企画の説明をするプイ』
(あっ、そうだった!)
カメラの奥でカンペを出しているプイプイのおかげで律はようやく我にかえった。
ドキドキする心を落ち着けて、先ほどのプイプイとの打ち合わせを思い出す。
「この前の配信でたくさんの注目が律さんに集まってるプイ。でも1回バズったくらいじゃすぐに忘れられてしまうプイ。そこで、今日の配信では継続して応援してくれるファンの獲得を目指すプイ」
「ファ、ファン? 俺の? そんなのできるかな……」
「大丈夫プイ! ぼくのプロデュースに任せるプイ! まずは軽く質問に答えつつ雑談、そのあとは“踊ってみた”をやるプイ。あとはゲーム実況やって、それで――」
そこまで思い出して、律はゲッソリした気分になる。
(そんなに色々できる自信ないんだけど……とにかく言われた通りやるしかないか)
無茶振りには慣れている。
社畜時代は上司の推しのアイドルのダンスを休日返上で完コピさせられたこともあるくらいだ。その時も律は文句ひとつ言わなかった。
「NO」と言えない日本人代表である律は、プイプイの指示通りに配信を進めていくことにしたのである。
「今日はざこお兄さんお姉さんにリツのことをいーっぱい知ってもらおうと思います♡ この変態♡」
と、動画に微笑みかけたその時だった。
ドンッッ!!
隣からの無慈悲な壁ドンが部屋中に響き渡る。
配信にも音が入り込んでしまったようだった。
『この音は……』
『壁ドン?wwwwww』
『リツちゃん、結構慎ましい部屋にすんでるんだな』
『えっ、一人暮らし?子供なのに?』
(ああ~、クソッ、ツイてないな……)
律は苦々しい思いで殴られたての壁に視線をやる。
今日は隣人が部屋にいる日らしい。
大学生らしいが……今日は授業は休みなのだろうか。それともサボっているのか。
この隣人、自分は大音量でゲームをしたり友人を呼んでバカ騒ぎをする割に他人の騒音には異様に厳しいのだ。
ちょっとした生活音やテレビの音でも容赦なく壁ドンしてくるため、律は忍者のように気配を消して生活をするすべを身に着けてしまった。
壁ドンを受けて、律はマイクにひそひそとしゃべる。
「隣のムノーお兄さんがうるさいから小声でしゃべるね♡ そっちの操作で音量上げなよ、ざーこ♡」
(うわあああああっ! 関係ない隣人を無能よばわり!? しかもリスナーに命令までして……今度こそ叩かれる!)
『【朗報】メスガキ、意外と常識がある』
『メスガキちゃんの吐息たまらん』
『メスガキASMR助かる』
『でもこの程度の声量で壁ドンは、お隣さん結構厳しいな…』
『メスガキちゃん、実は結構生活苦しい感じ…?』
『魔法少女やる子はいろいろ事情ある子が多いからな…』
叩かれるどころか、いろいろと察したリスナーたちから生暖かいコメントが送られる中――
コメント欄に、見慣れないものが映った。
『¥30000
メシウマさせてくれてありがとう!美味しいものでもお食べ』
(ん? これって、投げ銭ってやつか……って、3万円!?)
それは律の1か月分の食費よりも多い額である。
それを見ず知らずの他人にポンともらうというのは、律にとって衝撃的な経験だった。
(大金だぞ!? こんなのもらっていいのかよ!?)
という思いが、口からも漏れ出る。
もちろんメスガキフィルターを通して。
「3万円も投げて大丈夫なの?♡ 見栄はっちゃって♡ ざこざこお兄さんのくせに♡」
(うおおおおおい!! 金払ってもらった人に対してなんだこの口の利き方は!? さすがにキレられて当然――)
と、律は内心で焦るが、しかし結果は律の心配とは真逆のものとなった。
『¥20000
舐めやがってメスガキが!』
『¥10000
これでもくらえ!』
『¥5000
オラァッ!』
『¥50000
オトナの財力、理解らせてやる!!』
振り注ぐ投げ銭とノリノリのコメント。
律は思わず言葉を失う。
(は……? な、なんでこの人たち煽られてるのに金出してるんだ……?)
リツの困惑を感じ取ったのだろうか。
メスガキワールド全開のコメントの中、投げ銭と共にこんな良識あるコメントも投稿された。
『¥3000
わざわざ言わなくても分かると思うけど、みんな本当にリツちゃんに感謝してます。でも無理はしないでね』
感謝をされて、お金までもらえる。
今までどちらも十分にもらえない社畜だった律の乾いた心にリスナーたちの優しさが染み入る。
(ああ、魔法少女っていい仕事だなぁ……)
律はしみじみとそんなことを思う。
が、ボーッとしている暇はない。
『次、質問タイム!』
プイプイのカンペを受けて、律は慌てて口を開いた。
「じゃあ早速お兄さんお姉さんの愚問に答えていこっかな?♡」
『待ってました!』
『ハタナカはやっぱりざぁこ♡でしたか?』
『クソき森のことどう思う?』
『次にボコボコにする怪人は誰ー?』
『〈黒き森〉壊滅計画を聞かせて欲しいです!』
律も予想はしていたことだったが、やはりリスナーの注目は〈黒き森〉関連に注がれている。
しかし――
『黒き森の話はNG!』
プイプイのカンペに、律は視線だけで頷く。
〈黒き森〉をこれ以上刺激するのは危険。よって〈黒き森〉関連の話はしない――打ち合わせでプイプイとそう約束したのである。
(そもそも俺、〈黒き森〉のことよく知らないし。さぞかし怖い怪人がいるんだろうけど)
プイプイの指示に従い、〈黒き森〉の話はスルーするつもりだった。
律もこの配信が厄介事や争いに発展するのは望まない。平和に楽しく配信を進めたいと思っていた。
が、残念ながら律の意思を無視して口は勝手に喋りだす。
「〈黒き森〉とかリツ知らないし笑 どうせざこざこ怪人しかいないでしょ♡」
(うえっ!?)
『すげええええええええええ!!!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
『この子言いよったwwwwww』
『いいぞリツちゃん!!』
『それでこそだ!!!!』
『さすがメスガキwwww』
『もっと言ったれ!!』
(ぬわああああああッ!? ヤバいヤバいヤバいヤバい!! 閉じろ口!!!)
が、律が躍起になればなるほどその可愛い口は八重歯を覗かせながら煽りを吐き出す。
「ハタナカ? とかいう怪人さんもよわよわだったし♡ なんか顔にラクガキしてるお兄さんがネットでほざいてたけど〜、弱い犬ほどよく吠えるって感じ♡」
と追加の煽りを吐いた途端。
これまでさんざん囃し立てていたリスナーからのコメントがピタリと止んだ。
(……ん? なんだ急に? スマホが固まった……わけじゃないし)
水を打ったような静けさ、とでも表現すべきリスナーたちの沈静化。
首を傾げていると、ぽつぽつとコメントが打たれ始めた。
『リツちゃんそれはマズイかも…』
『ラクガキしてるお兄さんってキョウゴクのことだよな…?』
『リツちゃん、逃げて!!!』
――ドンッッッ!!!
一際大きな壁ドンが響く。
声は小さくした。生活音も立てていないのに。
しかも、壁を殴るこの音。
殴ってるというよりは、体当たりをしているような爆音――
そう律が考えたのは、ある意味で正しかった。
バッッッゴォーン!!!
律は愕然とした。
壁を突き破って室内に飛び込んできたのは、さっきから壁ドンをしてくる例の隣人。
確かに破れそうな薄さの壁だと律も前々から思っていたが、本当にやってしまうなんて。
……いや。
「うう」
大学生はうめきながらも、自分の部屋の方をしきりに気にしている。その目には恐怖の色が濃く滲んでいた。
どうやら隣人の大学生が自分の意思で壁を破ったのではない。
彼は壁を破る道具にされたのだ。
「あーあ、せっかく警告してやったのにな」
砕けた壁の残骸を踏みつけながら、その男は土足で律の部屋へと降り立つ。
顔から頭にかけて刻まれた入れ墨、日焼けした屈強な体。
律に動画でメッセージを送ってきた〈黒き森〉の怪人・キョウゴク。
ヤツは凶悪な表情で、作り物じみた真っ白い歯を見せた。
それは笑っているようにも、威嚇しているようにも見える。
「お仕置きの時間だよ、クソガキ!」




