2話 メスガキ魔法少女は上司も煽る♡
輝く金髪のツインテール。
フリフリがたくさんついた明るい黄色のワンピース。
そしてそれがよく映える、小柄な体。
幼いながらも、どこか生意気さを醸し出す勝ち気な瞳。
アラサー男性である七瀬律の面影といったら、その八重歯くらいしか残っていない。
(な、なんだよこれ!? 女の子!?)
変身ブローチを使って魔法少女に変身する――それはそうなのだが、男が少女に変身するなんてそんなことがあり得るのだろうか。
日夜活躍している魔法少女たちの中にも、知られていないだけで実は男が混ざっているのだろうか?
そう考えながら妖精さんを見るが。
「ありえないプイ……一体どういうことだプイ……」
(分かんないのかよ!)
と、思った瞬間。
まったく意図せず、口から言葉が漏れていた。
「妖精さんなのにそんなことも分かんないの? ざぁーこ♡」
その言葉にポカンとしたのは妖精さんだけではなかった。
(な、なんだこれ。口から勝手に言葉が……っていうか「ざぁーこ♡」って! これアレじゃん、最近よく見る、メスガキ? みたいな)
一体どういうことなのか気にはなったが、しかしそれを検証している暇はなさそうだった。
「……すけ……助けてくれっ……!」
魔法少女になることで様々な身体機能が向上。
その抜群の聴力は、助けを求める人の声を拾った。
「せ、生存者だプイ! 律と同じように動けなくなってる人がいるんだプイ!」
言われなくとも律には分かっていた。
その声を忘れるはずはない。
その声で毎日ネチネチと文句を言い、自分はネットサーフィンで時間を潰しながら律たち部下に仕事を振りまくり、上司への媚と部下の成果の横取りだけで出世を勝ち取ってきた、律の直属の上司。
横槍部長その人であった。
律を突き飛ばして自分だけ逃げようとしたものの、怪人の2回目の攻撃に巻き込まれて動けなくなってしまったらしい。
その足はデスクに挟まれ、自力では逃げ出せそうにない。
「ま、魔法少女だな! 助かった」
ホッとしたような言葉。
しかしすぐにその態度がいつもの高圧的なものへと変貌する。
「早く助けろ! 我が社は魔法少女協会にも寄付をしてるんだぞ」
今までの律であれば、ヘコヘコと頭を下げながら愛想笑いを浮かべて恭しくデスクを動かそうとしていただろう。
もしそれが原因で律が怪我をすることになっても、横槍部長は救出の遅さに文句を言うはずだ。
それが2人の、今までの関係性であった。
しかし律はもう今までの律ではない。
この誕生日の日に、彼は文字通り生まれ変わっていた。
床に這いつくばる横槍の前に立ち、律はこう言った。
「自分のお金じゃないのに威張りすぎ♡ ざぁーこ♡」
「……は?」
自分よりずっと歳下の子供が、ましてや自分を救出しに来たはずの魔法少女からなじられるなんて夢にも思っていなかったのだろう。
横槍はデスクの下でポカンと口を開けていた。
しかし律は止まらない。考えなくても、次から次へ言葉が口を飛び出していく。
それは社畜だった律がずっと言えなかった言葉。
「バーコードハゲ♡ そんなだから娘にも嫌われるんだよ♡ 家に居場所がないからって、休日出勤を部下にも押し付けるなんて恥ずかしくないの?♡ ざっこ♡」
「ふっ――」
横槍に煽り耐性がないことを律は嫌というほどよく知っていた。
特に部下や年下の人間からの言葉は、たとえそれがどんなに正しいことであっても茹でダコのように顔を真っ赤にして怒っていた。
ちょうどこんなふうに。
「ふざけるなよ! 民間人にそんなこと言っていいと思っているのか!」
「おくちクッサ♡ 余計なことしゃべんないで♡」
しかし今の律に横槍の機嫌をとる理由などない。
「たすけてくださいって土下座すれば考えてあげなくもないけど?♡」
すると横槍はまた烈火のごとく怒りだした。
大事な血管が切れてしまうのではとこちらが心配してしまうほどに。
「魔法少女協会には正式に抗議させてもらう! マスコミにもリークしてやるからな! 俺が本気出せばお前なんて簡単に潰せる――」
“俺が本気出せばお前なんて簡単に潰せる”というのは横槍の口癖であったが、これで聞き収めとなった。
横槍は怒りのあまり忘れていたのかもしれないが、ここはすでに怪人のテリトリーの中なのだ。
そんな中で耳障りな大声を上げるというのは、自分はここにいます殺してくださいと言っているようなもの。
よって、こういう結果になる。
「あっ」
ガッ――プチッ。
どこからか飛んできた一際巨大な瓦礫に潰されて、横槍は静かになった。
簡単に潰されてしまったのは自分だった、というわけだ。
そして、横槍を潰した瓦礫の上にひらりと降り立つ者がひとり。
派手な羽飾りのついた黒の帽子と、黒いマントを纏った男だった。
月をバックにこちらを見下ろす。
「おや、魔法少女。見慣れない顔だけど……もしかして新人さんかな?」
律の魔法少女関連の知識は義務教育やニュースで得た程度のものしかなかったが――魔法少女の勘だろうか。
それが怪人であることが直感で分かった。
「ボクは美しいものが好きなんだ。君みたいな可愛い新人さんを殺すのはしのびないから……今日は逃がしてあげるよ」
妖精さんから光の魔法を受け取った人間が魔法少女であり、悪しき精霊により闇の力を与えられた人間が怪人である。
魔法少女は怪人を倒すのが役目であるのだが――そんなこと、律には知ったことではない。
(ラッキー! 戦わずに済むならそれが一番だ!)
律が魔法少女になったのは、自分に命の危険が迫ったから。
怪人に恨みがあったわけでもなんでもない。
大喜びでここから離れたいところ、だったのだが。
「ざぁーこ♡」
またしても、意図せず口が動いた。
「マントダッサ♡ 武器隠してるの丸わかり♡ ざーこ♡」
(おいおい! なに言ってんだ俺は!? ……ん? 武器?)
自分の口から飛び出た言葉に自分で驚いていると、怪人は高笑いをしながらマントを翻した。
マントの裏。鮮やかな赤の裏地には小さなナイフが数え切れないほど隠されていた。
「よく分かったね! ボクはだまし打ちされた魔法少女の絶望顔が大好きなんだ」
危なかった、と律は胸を撫で下ろす。
もしあのまま怪人の言葉を信じて逃げていたら、無防備な背中に攻撃を受けて死んでいたかもしれない。
ぞぞぞと背中を悪寒が走ると同時に、頭の中で声が響いた。
『律さん、気をつけるプイ!』
妖精さんの声だった。
テレパシーのようなものだろうか。
律が辺りを見回してもその姿は見えないが、きっと陰からその様子を見ているのだろう。
『ヤツは怪人・ハタナカ。この辺りで一番大きい怪人組織〈黒き森〉の切り込み隊長だプイ。初心者魔法少女が敵う相手じゃないプイ!』
妖精さんの魔法は無垢な少女たちに親和性があり、魔法少女というものが生まれた。
一方、悪しき精霊たちの闇の魔法は悪人たちに親和性あるらしい。
悪しき精霊たちはヤクザやギャングなどの犯罪集団を乗っ取り、構成員を怪人に作り替えていったのである。
それこそが「怪人集団」。
普通の人間が決して関わってはいけない危険な組織だ。
『ヤツは魔法少女をいたぶるのが趣味なんだプイ。いま援軍を呼べないか交渉しているから、命乞いをしてでも時間を稼ぐんだプイ……!』
そして最後に、妖精さんは律にこう念を押した。
『アイツは見た目よりキレやすいプイ……絶対に煽るようなことを言っちゃだめプイよ!』
もちろんだ。
小心者の律が犯罪集団の構成員なんかに喧嘩を売るようなことを言うはずがないじゃないか。
――今までの律であれば、そうだった。
しかし律は生まれ変わったのだ。
口を閉じようとしても無駄。言葉は湧き水のようにあふれ出る。
「ざぁーこ♡ 小さい女の子を後ろから襲うことしかできないんだ♡ 意気地なし♡」
「……あ?」
怪人・ハタナカのこめかみに血管が浮き出る。
律は心の中でこう叫んだ。
(しまったあああああああああッ!?)




