第二話 冒険者ギルド
冒険者ギルドは、魔物を討伐し、町や村を守る冒険者の拠点として存在する。王国より運営金を拠出され、その資金により運営されている。代わりに魔物を討伐することによって得られる魔石を冒険者から買い取り、王国へと供給する。魔石には特殊な力があり、それにより動力を生み出すことができるのである。魔石は有用なエネルギー源で様々な産業に利用されていた。
冒険者ギルドには様々な依頼がくる。村人達が村の周辺で目撃した魔物の情報を集め、整理し、掲示板に貼り出すなどして冒険者に提示する。冒険者達はそれを見て依頼を受け、討伐に向かうことが多い。アレンとクレアが受けたフロッガー討伐もその依頼の一つであった。
「ただいま戻りました」
アレンとクレアがギルドに入り、帰還の挨拶をする。暇そうにしていた冒険者が数人、二人を見て声を掛けてきた。
「よお、ルーキー、無事に戻れたか」
「何とか魔物は倒せたみたいだな。良かったじゃないか」
言葉は悪いが、もし魔族との戦いがあれば、こんなひよっこでも戦友となるのだから、決して馬鹿にしているわけではない。これでも応援しているつもりなのである。
「ありがとうございます」
一言返して、二人はギルドの受付に向かう。
そこには栗毛を一つ結わえにした妙齢の女性がいた。名をアリサと言う。ノックス村冒険者ギルドの職員である。ここノックス村は辺境なので、ギルドの職員は彼女とギルドマスターのガイストという男性だけである。
「魔物を討伐してきました」
アレンが一言告げると、アリサがうなずいた。
「昨日来たばかりのアレンさんとクレアさんね。一応冒険者証を確認させてもらいますね」
アレンとクレアが冒険者証を取り出す。魔法を利用したカード状の板に、名前やレベル、能力値、使えるスキルやアビリティが記載されている。二人が王都の冒険者ギルドで冒険者登録をした際に作成してもらったものだ。レベルが上がると、そこに記載されている数値も自動的に書き換わる。便利な道具である。
「確認しました。間違いないですね。それで、討伐の方も無事にできたみたいですね」
笑みを浮かべてそう聞いてくる。若いがベテランの職員で、相手が誰であっても優しく応対する人物だった。人あしらいもうまい。
「はい。無事に討伐できました」
アレンが返答しつつ、確保した魔石を取り出す。
「フロッガー一体とラージアント五体、確かに間違いないですね」
そして依頼書に討伐済みの印を押す。討伐した魔物の記録は残しておくのがギルドの方針だった。その記録は、魔物の出現予想を行う時に役立つからである。
「では、魔石を確かに受け取りました。合わせて銀貨一枚と大銅貨二枚になります」
そう言って、アリサが魔石と引き換えにお金を差し出してきた。これが魔物討伐の報酬にもなっているのである。冒険者としては、魔物を討伐すればするほど魔石を多く得ることができ、換金してもらえる額も増える。なので、依頼がなくとも野山に分け入り、魔物を討伐しに行く者も多い。銀貨一枚は大銅貨で五枚、銅貨五十枚。食事が一食銅貨十枚であることを考えると、魔物の討伐は比較的割の良い職業だとも言える。
お金を受け取って、アレンがほっとした。これで依頼完了である。
「あ疲れ様。とりあえず、自分の部屋で一息つくといいわ」
アリサがそう労ってくれた。相手が新人冒険者だろうが誰だろうが、基本的に親切な人物なのである。
「ありがとうござます。そうさせてもらいます」
アレンとクレアが礼を言って、二階へと上がっていく。
それを見送って、アリサが軽く息を吐いた。
「せっかくの新人さんだし、このまま順調に成長して欲しいわね」
冒険者ギルドでは、冒険者は無料で宿泊できるようになっている。いざ魔族との戦いになった時、ものを言うのは何と言っても人数だ。一人でも多くの冒険者を確保する必要があるのだ。まだ実入りの少ない新人冒険者などが住居の心配なく魔物を討伐し、成長できるようにという配慮であった。ほとんどの冒険者がこの制度の恩恵を受けている。ただ、個室とは言え部屋は狭く、快適とは言い難いので、収入が十分にある中堅以上の冒険者は、宿か貸家で生活することが多かった。
ここノックス村の冒険者はアレンとクレアを入れても十人しかいない。そのうち四人パーティは一つ。その四人は村の一軒家を借りて共同生活を送っていた。ソロの冒険者が四人。その四人はギルドの宿舎に間借りしている。アレンとクレアも、昨日からこの宿舎に住まわせてもらっていた。
「じゃあ、後で風呂に一緒に行こう」
「ええ。それまで一休みね」
アレンとクレアがそれぞれの部屋に入っていく。パーティを組んでいる都合で、部屋も隣同士にしてもらっていた。
アレンは部屋に入ると、装備を外して部屋の片隅に置き、楽な格好になった。たかが皮の胸当てや膝当てだけでも、外すとかなり楽になるものだ。
そしてベッドに寝転がる。そして戦いの様子を振り返って考えた。
フロッガーに何度も突き飛ばされ、ラージアントの体当たりで転ばされ、クレアのヒールの世話にもなっている。最弱の魔物相手にこんな有様で、本当に自分が強くなれるのか疑問に感じた。
「悔しいなあ。僕はもっと戦えると思っていたのに。やっぱり訓練と実戦は違うんだな。自分が情けない」
そんなことを思ってしまう。しかし、この道を選んだことに後悔はない。
斬撃が決まった瞬間の感触。自分は決して弱いだけではない。魔物を倒せる力があるのだと、今日は証明できたはずだった。
「少しずつでいい。強くなろう。僕が弱いままだと、クレアの負担も大きくなるしな。頑張らないと」
前向きにそう思い直す。
「紅の勇者クレーベルにだって、僕みたいな新人時代はあったはずなんだ。それでも勇者と呼ばれるくらい強くなったんだ。僕も諦めないぞ」
そう思って拳を握り締める。やる気が胸の中に湧き起こる。
そこへドアをノックする音が響いた。
「アレン、お風呂行きましょ」
当然相手はクレアだった。
「分かった。すぐ支度するよ」
アレンは起き上がると、着替えやタオルの用意を始めた。
この時代の人間社会では、設備や燃料、水汲みの手間などの関係で、風呂のある家屋は少ない。金に余裕のある富豪や身分の高い貴族や王族などは、専用の風呂を持っているが、そちらの方が例外である。一般の住人達は、公衆浴場を利用するのが普通だった。もちろん冒険者ギルドにも風呂はなく、冒険者や職員も公衆浴場を利用している。ここファルラント王国でも事情は同じである。
公衆衛生を保持する観点から、公衆浴場にも王国から運営資金の一部が提供されていた。だから入浴料は一人銅貨五枚と安い。
当然だが男湯と女湯に分かれている。二人は入り口で入浴料を支払うと、貴重品を預けて代わりに紐付きの木札を貰う。帰りに木札と自分の荷物を引き換えるのである。
「それじゃあ、また後で」
「ええ。アレンもゆっくり疲れを取ってくるといいわ」
二人はそれぞれの湯に別れていった。
脱衣所で服を脱ぎ、籠に衣類を収めてからタオルを持って浴場へと入る。
次に洗い場で一通り体を洗う。髪の毛も一緒に洗っておく。浴槽の湯を汚さないよう、体を洗ってから入るのがマナーとされていた。
そして広い湯船に浸かる。ここノックスは、人口千人いるかどうかという辺境の村だが、公衆浴場はとても大きく立派なものだった。
「戦った後の風呂は気持ちいいなあ」
アレンが思わず声に出していた。緊張から解放され、心地良い湯に体を委ねたことで心身共に解放された感じだった。
「なんだい兄ちゃん、戦った後ってのは」
近くにいた高齢の男性から声が掛かった。見知らぬ顔の人間にもごく普通に話し掛けてくるあたり、やはりのどかな村であった。
「ああ、僕、冒険者なんです。今日、初めて魔物を討伐したんですよ」
「そうかい。そりゃすごいな。俺なんか、かみさんにも勝てないぜ」
そう言って男性は豪快に笑った。面白味のある人だった。
「兄ちゃんはどこから来たんだい?」
「はい、王都からです。そこで冒険者になりました」
「そうかい、そうかい。遠いところからよく来たな。歓迎するぞ」
アレンは見知らぬ男性とそんな会話をして、のんびりと湯に浸かった。とても気分の良い時間だった。
食事はギルドでは提供されない。さすがにそのための設備も人手もない。なので、食事は近くの料理屋で取ることになる。辺境ノックス村のギルドの隣には、冒険者を当て込んで商売をしている料理屋が一軒だけあった。外食ができる唯一の店として、時々は村人も利用していた。
風呂が終わったアレンとクレアは、洗濯を済ませて室内に干すと、今度は連れ立ってこの料理屋へとやってきた。店の名前は葵屋といった。
「へい、いらっしゃい。昨日来た新人さんだね。ようこそ葵屋へ」
店主兼調理人のトマスという中年の男性が景気の良い声を掛けてきた。このトマスはいつも元気である。昨日、初めてこの店を訪れた時は、あまりの元気な声に驚いたものだった。
「僕はポークチョップセットを」
「私はチキンソテーのセットで」
メインディッシュにパンとスープ、サラダがついて銅貨十枚。ごく標準的な値段で、良心的な経営をしているのが分かる。
ファルラント王国には飲酒に年齢制限はなく、子供でも風邪をひいた時など体を温めるために少量の飲酒をする場合もあるので、二人もエールなどの酒を飲むことができる。しかし、新米冒険者で、しかも初戦闘の勝利を祝って一杯飲むには、あまりにも反省材料が多かった。
まだ夕方になったばかりで、他に客はいなかった。二人だけで食事をしながら、この日の反省をしていた。
「やっぱり、僕が魔物の攻撃をしっかり回避できなかったのが良くなかったよな。そのせいでクレアにいらない負担を掛けてしまった。明日から気を付けてみる」
アレンがポークにフォークを突き刺し、咀嚼する。この店の料理は意外とうまい。反省して落ち込みそうになる気分が少し上向きになる。
「私も初めから楯役をやればよかったって、反省してる。ラージアントの戦いの時、アレンが突き飛ばされる前にシールド使えば良かったって。使える魔法の回数が少ないから、どうしてもヒールのために取っておかないとって、つい思っちゃうんだよね」
クレアがチキンを頬張る。咀嚼して飲み込むと、ふうと息を吐く。
「というかさ、私達二人だけだと、戦力不足よね。レベル一の人でいいから、他に仲間がいれば、戦い方もずいぶん変わる気がする」
「そうだね。僕もそう思う。でも、ない物ねだりをしても仕方ないよ。何とか二人だけで頑張らないと」
昨日ギルドに初めて到着した時、四人パーティが一つ、ソロの冒険者が四人いると説明を受けた。だが、ソロの人達はレベルが高くて強いからソロで活動できるのであって、レベル一の二人と一緒に行動するメリットはどこにもない。とても手伝って欲しいと言える感じではなかった。
「だけど、クレアが来てくれたおかげで、二人で討伐に行けるのは良かったよ。僕一人だったら途方に暮れていたところだ」
「そうね。私も一人じゃ不安だったから、アレンについてきたわけだし。一人よりは二人の方がいいもんね。何とか頑張ってみましょ」
若さもあるが、明るく前向きなのが二人の良いところだ。
夕食を取りながら、合間合間に会話を挟む。
「アレンはもっと自信をもっていいと思うよ。ちゃんとフロッガーもラージアントも倒せる実力はあるわけだし。迷いがあると剣も鈍るって言うし、戦う時は全力出してくれればいいと思う」
「クレアも遠慮しないで、僕に指示を出してくれていいよ。フロッガーの蹴りを教えてくれた時みたいに、一歩引いた位置から見ると分かることってあると思うんだ。だから、互いに声掛け合って、うまく連携していこう」
何とも気真面目な二人だった。初戦で苦労したことを反省し、次に生かそうとするところは立派な冒険者である。これから先、長く冒険者を続けようとするなら、少しでも早く改善できる点は直すべきだった。
幼い頃から互いに仲が良かっただけあって、二人の考えは互いをより引き立て合うものだった。アレンはそんなクレアと一緒で良かったと思ったし、クレアもアレンが一緒で良かったと思っていた。とても良い関係の二人であった。
そうこうしている間に食事も終え、腹も膨れたことで二人も気分がとても落ち着いていた。
勘定を支払い、隣の冒険者ギルドへと戻る。
「それじゃあ、クレア。明日も頑張ろう。おやすみなさい」
「おやすみ、アレン。また明日ね」
それぞれ部屋の前で挨拶を交わし、互いの部屋に入る。
アレンはまた一日の出来事を振り返り、のんびりと考えに耽った。
「クレアのため、何より自分のために、明日も頑張るぞ」
そう決意して、ベッドに横になる。
「僕達の戦いは始まったばかりだ。焦らず、じっくり強くなるんだ。目の前の相手に集中して、全力で戦うんだ。頑張ればその分だけ成長できるはず。そしていつかは勇者になるんだ」
魔物をこの手で切った感触はまだしっかりと残っている。それをこれからは何度も繰り返すことになる。勇気をもって明日への一歩を踏み出そうと、アレンは決意しながら眠りに落ちていった。




