第一話 巨大カエルに勝てなければ勇者になれない
「ぐあっ!」
またしてもアレンはカエルの打撃で吹き飛ばされた。これで五回目だ。
「ヒール!」
相棒のクレアから回復魔法が掛けられる。打撃のダメージが治療され、アレンは再び立ち上がる。
ここは村から離れた森の中である。アレンとクレア、二人の冒険者が巨大なカエルと戦っていた。
いくら相手が体長二メートルを超える巨大カエルであっても、新米とは言え、冒険者のアレンとしては負けるわけにはいかない。この程度の魔物は、魔族がはびこるこの世界にあっては、ただの雑魚に過ぎないのだ。
アレンは再び巨大なカエル、フロッガーに向けて剣を振るった。
アレンは魔法戦士である。短めの金髪に整った顔立ちをした、一見すると繊細そうな少年である。しかし、よく修練を積み、見た目以上に鍛え上げられた身体をしていた。
戦士や、魔法使いつまりメイジは珍しくないが、その両方の資質があるというのは珍しい。しかし、レベルは当然一とまだまだ弱い。年は十五才。ついこの前、ファルラント王国の王都にある冒険者学院を卒業したばかりである。そして王国辺境の地、ここノックス村の冒険者ギルドにやってきた。魔物の弱い地域で経験を積み、レベルを上げるためである。人を助けるために戦える力を付けたいというのが、アレンの強い希望であった。
同じ冒険者学院で学んでいた幼馴染のクレアも、同じ目的で一緒に村に来ていた。彼女は肩までの赤毛を二つ結わえにしたのが特徴で、穏やかな優しげな容貌をしていた。ヒーラーのレベル一で十五才。彼女も自分の力を高めるために、魔物を討伐していこうと考えていた。
同じ時期に同じレベル一の冒険者同士、しかも幼馴染で学院の学友ということもあり、必然的にアレンとクレアはパーティを組み、そして今、初めての実戦に身を投じていたのである。
ノックス村の周囲には、草原や森などが広がっている。そのはるか奥には魔族の根拠地がある。幸いなことに、今世界の半分を支配している魔族達は、同じ魔族同士での抗争の真っ最中であり、人間の町や村を襲うことはたまにしかない。代わりに、魔族の支配地域からはぐれた魔物がしばしば人間の居住する場所の近くに現れ、被害をもたらすことがある。
冒険者ギルドは、そんな風に野山に出てきた魔物を討伐し、町や村を守る冒険者の拠点として存在する。王国より運営金を拠出され、代わりに魔物を討伐することによって得られる魔石を供給する。魔石には特殊な力があり、それにより動力を生み出し、様々な産業に利用されているのである。
ここノックス村にも二人を含め十人の冒険者が滞在している。彼らはギルドから依頼を受け、または自ら野山を巡り、魔物を討伐している。アレンとクレアも昨日からその仲間入りをしたばかりであった。
「くっ、このカエルがっ!」
またしてもカエルの前足にアレンの剣が弾かれる。学院で訓練を積み、それなりの実力を身に付けたつもりだったアレンには、かなりショックが大きかった。それでも負けるわけにはいかない。
「なら魔法で!」
アレンが剣を引き、魔法を発動させる態勢に入る。
「ファイアボール!」
火球の魔法が放たれる。火属性の魔法の初歩である。拳大の高熱の火球が勢いよく飛んで、フロッガーの顔面を直撃する。
「ぐあっ」
顔面が焼かれ、フロッガーが奇声を上げた。それなりに顔の周囲が焦げ付いていて、ダメージが入ったのが見た目にも分かった。
「よし、今だ!」
ここがチャンスと見て、アレンが再び剣を振るって斬りつける。
一撃目は前足に防がれて不発に終わったが、二撃目がフロッガーの顔面に届いた。剣先が顔面を斬り裂き、傷をつけることに成功した。
フロッガーがうずくまる。ダメージが入ったことで、アレンが追撃を加えようと接近した。
「罠よ、避けて!」
クレアの声が飛ぶ。はっと気付いたアレンが大きく横に飛ぶ。
その眼前をフロッガーの後足が通り過ぎていった。避けなければ、強烈な蹴りが直撃するところであった。間一髪、攻撃を回避したアレンが態勢を整える。
「しぶとい。でも!」
アレンはフロッガーの頭部へと回り込み、先程傷を与えた場所にさらに斬撃を加えた。今度はそれが直撃し、顔面の傷を大きく広げていた。
「こいつでとどめだ!」
アレンが剣を構えて突進する。剣先がフロッガーの腹部に突き刺さり、胴体を見事に貫通した。
アレンは力ずくで剣を引き抜くと、上段から渾身の斬撃をフロッガーに放った。顔面から胴体に掛けて大きく切り裂かれ、フロッガーが倒れる。
魔物は倒されると魔石を残して霧状になって消えていく。魔石を用いて生み出された疑似生命体なので死骸を残さないのだと言われている。このフロッガーも魔物なので、他の魔物と同じように魔石を残して霧状になって消えていった。
「やっと勝てたぞ」
アレンがため息交じりに大きな息を吐いた。
「アレンは無事?」
「ああ、クレアのヒールのおかげで何ともない。クレアは?」
「私も大丈夫。無事魔石を確保できたわね」
そして二人で顔を見合わせ、苦笑した。
「たかがフロッガー一体にこんなに苦戦するなんてな」
「本当ね。これじゃあ、いつになったらレベルが上がることやら」
互いに肩をすくめて、先の長さを思いやる。それもわずかな時間で、気持ちを切り替えてアレンが言った。
「ともあれ依頼の一つは完了だ。後はラージアントの討伐だったな」
「依頼書によると、この少し先、五体いるってことになってるわ」
「よし、そっちも片付けよう」
そして二人は、森の奥へと入っていった。
ラージアントは体長一メートルくらいの、巨大なアリの形をした魔物である。体当たりと噛みつきしか攻撃方法はなく、さほどの脅威ではない。レベル一でも依頼が受けられるくらいに弱い。
それが五体。多少数が増えてもどうということはないと、二人も自信満々で戦いに臨んだ。
「それっ!」
アレンの放った斬撃が見事に決まり、一体のラージアントの首を刎ね飛ばす。そして、そのアントが霧状になって消えていく。
ラージアントは確かに魔物の中でもかなり弱い部類だった。これなら楽勝だと思った次の瞬間、アレンは別の一体の体当たりを受け、見事に転倒してしまった。
そのままアントが噛みついてきた。間一髪、アレンが剣を立ててその攻撃を防ぐ。
アレンが地面を転がって、その勢いを利用して立ち上がると、今度は二体同時にアントが体当たりを仕掛けてきた。
「ホーリーシールド!」
クレアが魔法の楯を発動させる。魔法の楯はかなりの強度を誇っており、アントの体当たりを簡単に防いでいた。
「すまない。助かった」
「お礼は後。攻撃は任せたわよ」
「分かった。よしっ!」
攻撃が防がれて隙を作ったアントの一体をアレンが斬り裂く。これも一撃であっさりと霧状になって消えていった。
その間、クレアが魔法の楯でアントの攻撃を防いでいた。アタッカーのアレンが倒れては、いつになっても片付かない。必要な援護だった。
「そりゃっ!」
アレンの斬撃がアントの一体を捉える。これも一撃で真っ二つとなり、そして魔石を残して霧状になって消えていった。残り二体。
ようやく余裕のできたアレンは、クレアのシールドから飛び出し、残るアントへと攻撃を仕掛ける。
一撃で一体、もう一撃で一体と、残りはあっさりと倒すことができた。その二体のラージアントも霧状になって消えていった。
展開していたシールドを消して、クレアが問いかけた。
「ご苦労様。倒れた時、どこか痛めなかった?」
「大丈夫、問題ない。ありがとう。クレアのシールドのおかげで助かった」
剣を収めながらアレンが答える。
「これで依頼完了ね」
「そうだな。でも、フロッガー一体とラージアント五体、この程度の相手に手を焼くようじゃ、僕もまだまだだな」
ふうと大きな息をついて、クレアが言った。
「アレンはやっぱり勇者になりたいのね」
勇者というのは称号である。戦士やシーフ、メイジ、ヒーラーと言った冒険者の職業とは違う。英雄的な行動によって実績を上げた者だけに与えられる称号なのである。
たまにだが、魔族が人間の居住地を襲うことがある。魔族同士で抗争しているため、魔族は人間の居住地に基本的には関心を向けない。それでも支配地域を拡大し勢力を増そうとするためか、魔物を多数引き連れて襲撃してくることがあるのだ。その時は、王国全土から騎士団を結集し、冒険者達も多数動員されて、総力で迎え撃つことになる。これまでのケースでは、被害こそ大きいものの、全て撃退することに成功していた。魔族も人間の暮らす領域に攻め込むと自軍に大きな被害が出ることを理解していた。だから、自分達の軍勢に被害が出ることを嫌い、たまにしか人間達の領域には手を出さないのである。
そして、魔族襲撃の際に、その指揮官である魔族を討ち果たした者は、敬意をもって勇者と呼ばれる。王国から正式に称号を与えられ、勇者と名乗ることを許された、英雄的存在となるのである。
アレンは二年前、冒険者学院に在籍していた頃、魔族の襲撃を目の当たりにしている。その時も無数の魔物が王都に迫り、騎士団や冒険者達が必死に迎撃していたのだが、一般民はその様子を見ることもできず、アレンも人々と一緒に避難場所でじっとしていることしかできなかったのだ。
戦後、クレーベルという名の冒険者が、魔族の指揮官を倒したということで勇者の称号を得た。他の勇者と区別するため、彼は戦いの時着用していたマントの色を取って、紅の勇者と呼ばれるようになった。戦勝パレードが行われ、その中で勇者のお披露目もあった。そこで初めて王都の住民達も彼の雄姿を直接見ることができた。アレンもその一人である。そしてアレンはその姿に憧れたのである。
「もちろんだよ、クレア。勇者クレーベルみたいに、人々を守れる英雄に僕はなりたいんだ」
夢見がちな少年らしい言葉だったが、クレアは笑ったりしなかった。この三年間、一緒に冒険者学院で学んでいる時に、アレンほど熱心に真剣に取り組んでいた学友を彼女は知らない。本気で人を救える冒険者になろうと、ずっと頑張っていたのを見てきたのだ。
「そうよね。アレンはいつだって真剣だったものね」
クレアが真面目にそう答えた。決して茶化すようなことは言わない。いつでも努力を続けるアレンを高く評価していた。
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい」
アレンが笑顔を見せた。笑みを浮かべると、人懐っこい親しみのある少年の姿になる。クレアはそれを見て、やはりアレンは良い友人だとしみじみと思っていた。
アレンからしても、クレアは同年代で信頼できる友人だった。勇者になりたいという願いを口にすると、他の学友達はそんなの無理だと笑ったものである。しかし、クレアは真剣に受け止め、課題をこなすための訓練や勉強にに付き合ってくれたものである。その友人に評価されていることは、やはりうれしいことであった。
「じゃあ、報告しに冒険者ギルドに戻ろう」
「ええ。アレンお疲れ様」
「クレアこそ。ありがとう。助かったよ」
そうして二人は冒険者ギルドへと戻っていった。
ここファルラント王国は人口およそ百万人。近隣には他の王国もある。産業も発達し、人々はそれなりに豊かな生活を送っていた。
しかし、世界の半分は魔族の支配する領域である。
魔族の生活様式は人間にはほとんど知られていない。どのような生活を送り、同族を増やしているのかも人間達は知らないままでいる。しかし、魔族と人間は相容れない存在で、たまに両種族の間で大きな戦いも起こった。
魔族が生み出す存在の一つに魔物がある。魔石を核にして魔法によって生み出された疑似生命体である。魔族は魔物を使役し、領域の維持や魔族間の抗争など戦いに用いていた。しかし、魔物は必ずしも指示通りには動かず、増え過ぎた魔物はしばしば人間の領域に進出してくるのである。
その魔物を討伐する人間が冒険者である。王国全土で千人を超えるとも言われている。彼らは命懸けで魔物との戦いに身を投じていた。
魔法戦士アレンとヒーラーのクレアも、つい先日王都で冒険者登録を済ませたばかりの新人だった。そんな彼らも他の冒険者達と同じように、戦いの日々に身を投じることを自ら選んだのである。
二人がどのような成長を遂げるのかは、まだ誰にも分からない。




