EP3 教室より遠くへ
※この作品には暴力的描写、流血表現、一部性的なニュアンスを含む描写があります。苦手な方はご注意ください。
おかしい。何故追ってこない。
あれだけ騒がしかったのに、誰の足音もしない。気配も、銃声も、無線も──何ひとつ、ない。
何かが変だった。
非常階段への角を曲がったとき──
一人、前方の廊下に現れた。
田中だ。……隣のクラスの、田中。
その後ろから、もう一人。さらに、もう一人。
「……サキちゃん……と、ミユちゃん……?」
芽依の声が震えた。視線の先に、知ってる顔がいたんだろう。
だけじゃない。次々に──本当に次々に、生徒たちが廊下へと姿を見せ始めた。
制服の袖、同じ制靴、俯いたままの顔。無言で、まるで何かに引き寄せられるように。
二十? いや、三十……。
廊下を埋め尽くすように、生徒たちが静かに集まってくる。
最後の一人が角から現れたとき、全員の動きが止まった。
沈黙。空気が硬直する。呼吸の音すら吸い込まれる。
その時。全員が、同時に顔を上げた。
体温が一気に下がった気がした。
「対象確認──制圧開始」
誰の声かもわからなかった。
号令の直後、生徒たちが一斉に駆け出した。
「マジかよッ!!」
無表情のまま、無音で迫ってくる。
制服の波が押し寄せる。床を叩く足音が、爆発みたいに鳴り響く。
これは──逃げきれない!
それは咄嗟の判断だった。
「ごめん!」
叫んで、芽依を突き飛ばした。
彼女の身体が床を転がった瞬間、俺は波に飲まれた。
全身にのしかかる重み。腕を引かれ、脚を掴まれ、顔を殴られる。
何が起きてるのか、わからない。視界が潰れていく。息ができない。
芽依……芽依はどうなった…
遠くで声がした。
「リョウ!!」
芽依の声だ。
「返事してよ……!」
答えられない。口が開かない。何も動かない。でもよかった…押しつぶされたのは俺だけだったんだな。
目の前が黒くなっていく。
でも──そのとき、響いた。
「この世界の真実!! 確かめるんでしょ!!」
声が、頭の奥で爆ぜた。
芽依の叫びだ。命を叩きつけるような声だった。
心臓が暴れた。耳の奥で何かが点滅する。
火が点いたように、身体の中が熱くなる。
義眼が明滅している。文字が飛び交っている。
筋肉が軋む。息が戻る。腕が動く。
重なった誰かの腹に、拳を打ち込んだ。跳ね飛ぶ感触。
ひとり、またひとり、殴り飛ばす。
痛みも恐怖もない。ただ──怒りと、焦りと、絶対にここで終わるわけにはいかないって感情だけが残ってた。
「守るって……誓ったんだ……!」
叫んだ。誰に言ったのかわからない。けど叫んだ。
制服の腕を掴んで乱暴に振り回した。
投げ飛ばし、一人ずつ、ねじ伏せる。全身の筋肉が悲鳴を上げてる。でも止まれなかった。
全部倒したとき、息が切れて、膝が落ちた。
ふらつきながら立ち上がった。肩が揺れてる。呼吸が痛い。
でも──まだ生きてる。
芽依が駆け寄ってきた。
よろけながら、それでも立って、俺の手を取った。
「……リョウ…血…出てる…」
小さな声だった。震えていた。でも、はっきり届いた。
「……ああ。大丈夫だ……行こう……」
外へ。
言い切ると同時に、身体から力が抜けた。
芽依の手が、俺の手を握る。その感触が、やけに遠くに思えた。
視界がぼやける。足が、重い。
もう何人倒したかなんて、どうでもよかった。
ただ、立っているのがやっとだった。
芽依の体温だけが、かろうじて現実に繋ぎ止めていた。
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