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EP2「なら……見せてみなよ、お前のやり方を」

※この作品には暴力的描写、流血表現、一部性的なニュアンスを含む描写があります。苦手な方はご注意ください。



 このまま捕まれば“良くて実験材料”、悪ければ…

 逃げ場は、ない──そう思った矢先だった。

義眼が、熱を持って軋みだす。右目に、見えないはずの“道筋”が浮かんだ。

 視界に滲む構造図。浮き出た鉄骨、脆く重なる断熱材。そこだけが“壊せる”と、俺に囁くように。


 ──ここだ!


 俺は芽依を背後に庇うように立ち、全身の重心を右脚に込める。義眼が映し出す「綻び」に合わせて、思い切り拳を突き出した。


「イッ…てえ!」拳を鋭く刺す痛みで目が眩む。


 衝撃音と共に、壁が内側から崩れる。破砕されたパネルと断熱材が霧のように舞い上がり、次の瞬間、冷たい外気が流れ込んできた。

 すげえ、鍛錬してたとはいえ俺にこんなパワーがあったなんて…。


「──オイ、壁をぶち破ったぞ!」


 教室内の兵士の一人が叫ぶ。軽口を叩いていた男が、楽しげに笑った。


「へぇ……結構動けるな。予想以上だ、面白い」


 呟くような独白


「オイ、ちょっと待て」


 続けて軽口の兵士が、俺たちを呼び止めた。


「取引をしよう。最初にも言ったが、手荒な真似をする気はない。お前の身柄は、こちらにとっても貴重な研究素材だ。このまま鬼ごっこを続けても、お互い損になるだけだぜ?」


 涼は静かに振り向く。背後には、直立したまま動かない生徒たちがいた。目が開いているのか、閉じているのかすら分からない。呼吸も歩みもないのに、何か指示を“待っている”ような異様な気配を放っている。


「…お前らも……統治されてるんだろ?」


 喉から出た音は、猜疑心から予想以上に低かった。


「……本当にそのままでいいのか……?」


 知らないから、俺を追ってくる? それとも、分かってて、従ってるのか?


「こんなのおかしいだろ! こんな世界、間違ってるって思わないのかよッ!!」


 柄にもなく張り上げた声で喉の奥に焼けるような感覚を覚えた。自分でもなぜ怒っているのかよくわからない。

 芽依に危害を加えようとするから?違う。

 きっとそう“騙していた”からだ。


 正義感ぶった俺の言葉に、兵士たちが一斉に顔を見合わせた。だが、それは“意志のある反応”には見えなかった。

 軽口の兵士を見つめる目には、迷いも驚きもなかった。まるで――


「……聞こえてないんだよな、この会話」


 軽口の兵士が肩をすくめて言った。


「今ここにいる5人のうち、俺以外の4人は、たぶん“対象と隊長が定型確認を行っている”ぐらいの認識しかしていない。この会話の内容は、彼らには届いていない。“そういうふう”に仕組まれてる」


 こいつはサラッと恐ろしい事を言ってのける。


「それは……ナノマシンの影響か?」


 俺の質問を無視して男は続ける。


 「それにだ。さっき君が壁をぶち破ったろ? あの瞬間、監視網に一瞬のノイズが走った。通信系も、一部が沈黙した」


 何気ない口調で、男は続ける。


「義眼くんは──誰かに“守られてる”。君をサポートしてる奴がいるらしい。第三者機関か、それとも……もっとべつの何かか」


 男の目元が、意味深に笑った。


「上層が警戒してる。君の“バック”にいるその存在をな」


 涼は微かに目を見開いた。

 誰のことだ?誰かが俺を支援してる?


 彼は腰のホルスターから、小さなシリンジと液体入りの小瓶を取り出し、俺の方へと投げた。


「──そいつは、NECTARだ」


 涼はとっさにそれを受け止めた。


「……これは」


「ニュースで見てないか?統治を“外れる”ためのドラッグさ。だけど、お前はもともと統治の影響を受けてない。だから、こいつがどう作用するかは俺にも分からない」


「でもな──窮地に立たされた時、きっと何かの助けになるはずだ」


「……なんでだ。俺は、お前たちにとって敵だろ」


「敵じゃねえ、研究対象だ。今のところは。それにさっきも言ったろ。個人的に、興味があるって」


 彼は小さく笑った。


「形式上、俺たちはこの先もお前を追う。でも、もし逃げ切れたなら……お前がこの楽園をどう壊すのか、俺は見ていたい。だから、準備ができたら出ていけよ。教室の外に出た瞬間が、スタートの合図だ」


 俺は拳を握り、歯を食いしばった。こいつの口ぶり、表情、仕草の全てが“真実を語っている”ことを物語っていたからだ。


 ──だったら。


「……帝国の統治が、ナノマシンによって成り立ってるなら……」


「……」


「そんなものに騙されて築いた“楽園”に、なんの意味があるんだ!」


 軽口の兵士はガスマスクを外して口角を上げ、楽しげに言った。


「なら……見せてみなよ、お前のやり方を」


 俺は芽依の体を担ぎ直すと、くるりと踵を返した。視線の先には、破砕された壁。その先に広がる、まだ誰の影もない空間。


 息を整え、背中の温もりを確かめながら、一歩を踏み出す。


「あー、それと。俺の名前はギンだ。宮城メガツリー政府軍執行庁第三班隊長、ギン。覚えておけよ」


 これから、逃走劇が幕を開ける。そう予感させるに十分な焦燥と、恐怖を俺は噛み締めていた。



「それじゃあ改めて、始めよう……よーい……」



「ドン」


 

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