とある日の練習場
スパイには、専門の練習場がある。
もちろん、ジムでも体力作りをしてもいい。でも……ちょっと疲れれば休んじゃうし、ついついサボちゃうのが私である。その意味でも、練習場は万能だ。
練習場には、変装する技術を磨く部屋もある。いろんな服やメイク道具が一式揃っていて、まるで映画の撮影現場みたいだ。そして、個室で変装できるから、素の顔を見られる心配もない。
それに、先輩スパイから直接アドバイスをもらうこともできる。だから私は、「練習場に行けば少しは成長できる」と信じている。
そんなある日の練習場での出来事だった──
私は変装の訓練をしていた。
変装訓練のテーマは「仲間を騙せるか」。
つまり、同期の誰かにバレずに話しかけ、正体を気づかれなければ合格。
私はあの先輩を騙せると思っていた。……だって、毎日の顔を変えていたから。
少し自信を持ちながら、鏡の前でウィッグを整えていると、背後のモニターが一瞬だけノイズを走らせた。
「……今の、何?」
(あれは、一般的に動かないはず、だけど……)
そして、耳につけていた連絡を取る事ができる特殊なピアスが『侵入者が入りこんだ。対応できるものは、メイク室の近くだ』という連絡が聞こえた。
“侵入者”。それを意味するのは、スパイの秘密を暴おうとしているもの。それか、敵だ。
いずれにしても、まずい。
メイク室か……、この近くだ。すぐ向かおう。
──そう立ち上げたときだった。
「っ!」
練習場では見たことない人が個室に入ってきたのは。
(この人……?)
当たりだったみたいだ。私を見ると、男は一瞬面食らい、方向を変えた。背後のドアから別の気配が次々と近づく。
それに、侵入者も気づいたのだろうか。私に近づいてきた。
(さすが、ここまで入りこんで来れただけある。先輩たちの気配を感じ取ったのね。先輩たちは強いし、訓練されているのに。……だから、私を人質に取ろうとしている)
今日の変装は、華奢で弱そうな少女。私になら、勝てると思ったのだろうか。舐められることは、予想してたけど、やっぱり、ムカつくのはムカつく。
(私だって訓練してるのに!)
侵入者がナイフを私に向けて走ってくるのに、脳味噌ではどうでもいい感想が出てきた。
(危ないなぁ……、こんな狭い部屋でナイフを出すなんて。それに、人質なら生きたほうがいいもんじゃないの?)
瞬間、相手の肘を引き、足を一歩滑り込ませて重心を崩す。腕を取って背負い投げ──相手の体重が一方向に傾いた瞬間を逃さない。バンッと音がして、男は床に叩きつけられた。
その口から「がはっ」と苦痛の声が漏れる。それでも、男は起き上がろうとしていた。
(あの瞬間に、受け身を取った?)
確かに手慣れている。早く仕留める方がいいかも。
向かってきた侵入者の背後にすり込む。そのまま、腰を捻って、私の小さな力でも、大きな力になるように。
地面に腹這いになった侵入者の上に乗って、片手で手首を固める。腕に入れた力は最小限。相手の抵抗を受け流し、先に動けなくするのが私の流儀だ。
「力強っ! っ本当に女か!?」
男が喘ぐ
「っ、離せ!」
(「あ、じゃあ、離しますね」ってなるわけないでしょ?)
「ここか!?」
「あ! 先輩たち! お疲れ様です」
侵入者を追ってきた、先輩に挨拶をする。
「……お前、誰だ?」
「へ?」
「澪里! 大丈夫だった?」
「凛先輩!」
「澪里? こいつが?」
あれ、今回のメイクなんかミスった?
凛先輩の目がつり上げた、そんな気がした。
「あ……。そうだった。澪里は毎回変装を変えるんだっけな? 間違えてごめんな」
「え、別に大丈夫ですよ!」
(今日のテーマはクリアしたってことでいいかな? 凛先輩はまた分かってたな……。なんで引っかからないのだろう…? まいっか)
というか、この体勢、失礼だった?
私はまだ、侵入者の上に乗ってたままだった。いつもは、身近なもので、拘束するんだけど、先輩たちが来るからいいか。て思って手で拘束したままだ。
この後、無事に侵入者は縄で縛られた。
「こいつは、私が始末、じゃなくて、責任を持っていくわね」
あの言葉と表情はちょっと怖かったな……
(凛先輩、目笑ってなかった……。確か、縄で縛られていく侵入者を見下ろしているときもそうだったな。あはは……)
遅筆ですみません……!




