黒い星のマーク
最近、近所に空き巣が多発している。しかも偶に家に人がいないと勘違いして入って来る事もあるらしい。知り合いが被害に遭って、何も盗られなかったけど、逃げ出す際に突き飛ばされて怪我をしたらしい。物騒な話だ。
僕の職場は在宅勤務が認められているのだけど、それでも週に二、三日ほどは会社に出勤しなくちゃならない。狙われる危険は大いにある。それで僕は家に防犯カメラを付ける事にしたのだった。防犯カメラがあっても空き巣に入られた家もあるらしいけど、それでもないよりはマシだろう。
が、それでちょっとしたトラブルになってしまったのだった。
「その防犯カメラ、うちの敷地も撮影範囲に入っているじゃないですか! やめてくださいよ!」
そう向かいの家のU橋さんという人が苦情を言って来たのだ。
確かに少しは映っているかもしれないけど、気にするようなレベルじゃない。僕は困ってしまった。実はこの人はよくご近所トラブルを起こすのだ。因みに空き巣に入られた僕の知り合いも、以前にこの人とトラブルになって酷い目に遭った事がある。踏んだり蹴ったりだ。
「言いがかりは止めてください。警察を呼びますよ」
真っ当には相手をしてられないと思って、そう言ってやった。この人は何回か警察のお世話になっているから、警官も僕の味方をしてくれるだろうと踏んだのだ。すると何も言わずに恨めしそう視線を向けながら彼は自分の家に帰っていった。なんだか逆恨みをされていそうな気配。嫌な感じだ。
そして、それから数日経ったある日の事だった。仕事を終えて帰ると、家の前に誰かがいる。フードを深く被って玄関で何かをやっていたのだ。
“なんだろう? まさか空き巣か?!”
と、思ったのだけど、その何者かは僕に気付くことなく、直ぐに玄関から離れ、そのままU橋さんの家に入っていった。背格好も同じくらいだし、きっとU橋さんだったのだろう。彼は防犯カメラを知っているから正体を知られないように深くフードを被っていたのかもしれない。
僕は嫌な予感を覚えた。
それで玄関をよく調べてみたら、黒い星のシールが貼ってあるのを見つけた。覚えがない。きっとU橋さんの仕業だろう。でも、それに何の意味があるのかは分からなかった。嫌がらせにしては些細過ぎる。
ただ、どうであるにせよ気持ちが悪かったので、僕はその黒い星のシールを剥がすと、U橋さんの玄関に貼って返しておいた。いや、元々彼のシールなのだし、変な事はないと思う。多分。
そして、次の日になった。
朝、騒がしいので何かと思って外に出てみると、警察官が何人かいる。近所の人も野次馬で顔を出していた。
何かと思って一人に尋ねてみると、なんでもU橋さんの家に強盗が入り、彼は殴られて怪我を負った上に金まで盗まれてしまったらしい。多分、結果的に強盗になってしまっただけで、本当は空き巣のつもりだったのだろう。
運が悪い……
と、普通なら思うだろうけど、僕は昨晩の出来事を知っている。まさか、あの黒い星のシールの所為じゃないよな? と僕は怖くなった。きっと偶然に違いない。でも、偶然だとしたら、ちょっと出来すぎのようにも思えた。
それで「昨晩、何か見なかったですか?」と訊いて来た警察官に僕は昨晩のU橋さんの話をしてみたのだ。すると、それを聞くなり警察官は目の色を変えた。そして、何事かを仲間の警察官に話すと、そのままU橋さんの家の中に入っていった。
……一体、何だと言うのだろう?
奇妙には思ったけれど、どうしようもない。仕事に遅れてしまうので、僕はそれから朝食を取ると直ぐに出勤した。
が、その日、家に帰って驚いた。なんとU橋さんは警察に逮捕されてしまったらしいのだ。
なんでも、U橋さんが貼っていた黒い星のシールは、空き巣に入る目印であったらしい。まずは探索係が空き巣の狙い目の家を探し、見つけたらその家の玄関に黒い星のシールを貼る。そして次に実行犯が、黒い星のシールがある家に空き巣に入る…… それがその犯行グループのやり口であるそうだ。U橋さんは空き巣一味という訳ではないようだけど、何処かでそれを知って、それを意趣返しに利用していたのだ。
きっと、普段から警察官に睨まれていた所為もあって直ぐに逮捕されたのだろう。いや、そもそも犯行グループのやり口を知っているという時点で、何かしら犯罪に関わっている人だったのかもしれない。
因みに、その犯行グループは、どうやらいわゆる闇バイトというやつだったらしい。穏やかで平和に見えて、一歩踏み込めばこんな危険な世界が広がっている。本当に世の中は油断ならないと思う。