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暴飲暴食の悪役令嬢 〜お前は娘ではないと追放された令嬢は、ヘイトを向けられるだけで世界最強です〜

「お前のようなデブが、私の娘な訳が無いだろう」


 唐突に始まる物語。口にクリームを付けてもぐもぐとハムスターの様に頬張る私は、瞬きをし現状を確認した。

 あれ、ここは……?

 つい先程まで、会社の同僚と焼肉屋へ行き、美味しいお酒を飲みながら焼肉を食べていたはずだが、これは一体どういうことだろうか。

 何故、口の中が甘いのか、何故、眼前にいる強面の男は私を咎めているのか。

 と、甘いクリームを舌なめずりした私の口を、近くにいたメイドらしき女性が拭き取る。そして、口の中に残った食べ物を飲み込む。


「フンっ、私の娘が暴飲暴食を繰り返すとは、品位の欠片も無いな」


 ジロっとメイドの女性を睨み付け「申し訳ございません公爵様!」と深く頭を下げる。

 どうやら、隣の女性は私の使用人の様で、教育係であるようだ。

 ちょっと待って。そう考えると私の今の年齢は何歳なの?

 ふと疑問に思った私は周りを見渡し、大きな鏡に映る自分に驚いた。

 膨らんだ頬。ムチっとした太もも、金髪の長い髪に緑色の瞳。

 先ほど使用人が公爵様と呼んでいた事や、私を娘だと呼ぶ男の顔を見て思い出した。

 これは、公爵令嬢が暴飲暴食で、父親に見放され追放を受けてから始まる物語。

 そして婚約者である皇子に汚物を見る様な眼を向けられ、他の令嬢から冷徹な眼差しを受けるが、鋼の精神力で全てを払い除ける。

 が、全てはヒロインの為に用意された脇役で、嫉妬に狂い断裁される運命。

 そしてこの局面。私は、父親に棄てられる直面だということ。


「お、お父様……」

「気色の悪い声を吐くな。お前が娘だという事だけで虫唾が走る」


 いやいや、あんまりじゃない?

 どうして親にそこまで言われなきゃならないのか。

 ゲーム通りのセリフを思い出せば、ここまで酷い父親は居ないだろうと酷評だったものの、実は良心的な父親で、娘を気遣って学園へ送り出すんだよね。

 でも……実の娘にそこまで言う!?


「ココを出て行け」


 辛辣な言葉を向けられる。厳しい現実。

 お父様はソレだけを言い残すと、私から背を向ける。

 その時に、父親の目尻に涙があったのは黙っておこう。

 執務室を後にした私、手を繋いでいた使用人の顔を見ると深くため息を漏らしているのが目に入る。


「ごめんねカンナ」


 私は本人では無いけれど、私のせいで叱責を食らっていたカンナに少しばかり罪悪感を覚える。

 気遣った言葉を投げると「大丈夫ですよ。お嬢様」と優しく微笑む。

 このままじゃ、本当に屋敷を棄てられて、学園へ入学し周りからヘイトを集めて断罪されてしまう。

 こうなったら、痩せるしかない。

 小さな拳を握り鼓舞する。

 最悪な結末を迎えない為にも、社畜だった私が呑気に暮らすためにも、結果を変えないと。


「お、お嬢様……もしかして、痩せるおつもりですか?」

「そうよ。手伝ってくれるカンナ?」

「もちろんですっ!」


 カンナの手を引っ張り、自室へ向かう。

 善は急げ、断食して、ランニングして、健康の良いものを食べる。コレを毎日するんだ。

 その前に────。


「先ずは腹ごしらえよね!」

「お、お嬢様?」


 自室へ戻り、テーブルに広げられたデザートの数々。

 蕩けるような香り、口に広がる甘い味。

 健康に気を遣ってばかりいたから、カロリーを気にしてたけど、私には関係ないもんね。

 美味しい物食べてから始めてもバチは当たらないし、子供の頃は太ってるってよく聞くし。


「大丈夫だよカンナ。明日から本気出す」


 と、子供の身体だからなのか、口にクリームを付けてそう言う。


「痩せるつもりあります?」

「あるに決まってる。でもね、先ずはコレを食べてからでも遅くないよ」


 呆れた様子のカンナの顔は、再びため息を漏らす。

 ソレを気にせず、何度も口にデザートを運ぶ。

 流石は子供の胃袋。これでもかという程にお腹に入っていく。何度食べても空腹が増すばかり。


「シエルお嬢様っ!!」


 ビクッと肩が反応する。

 次のひと口を食べようとした私のデザートを取り上げたカンナは、腰に手を当て片手にデザートを持っていた。


「カンナ?」


 どうやら大変お怒りの様子。別に明日から本気出せばいいのに、何でここまでムキになってるの?


「このままでは、本当に追い出されてしまいますよ。それでも良いんですか?」

「……明日からやるって言ってるでしょ。カンナ、それ返して」

「ダメです」

「どうしてよ。食べる子は育つって言うでしょ?」

「寝る子は育つって言うんですよ。お嬢様、これ以上太れば、公爵様から見捨てられ、皇子からは婚約破棄。その上……嫌っていた学園へ行く事になりますよ?」

「……」


 学園に通う事になれば、私の自由な時間が無くなる? また、社畜労働を強いられる可能性が……。

 デザートは確かに美味しかった。食欲は湧くのに、口へ頬張ってしまうのは元々シエルの性格?

 明日から頑張れば良いと口が動いたのも、原作のシエルが言っていたセリフのまま。

 つまり、今の私は……シエルの後を辿っているということだ。

 そんなのダメ。このままでは、私は本当に断罪を受けて死ぬ。


「カンナ……私やっぱり痩せるべきよね」

「もちろんです。お嬢様は、夫人と同じ様に可愛らしいのですから、それは原石のような方です。公爵様も、ソレを望んでいるのですよ」

「……そっか、そうだよね」


 あれ、でも待てよ。シエルが断罪されるまで、ヒロインであるアリシアとのライバル関係があったはず。

 その時のシエルは、見間違えるほどに美人になっていたけれど、最終までアリシアの邪魔をしていた。

 攻略サイトには、ラスボスという異名まで付いてたから、アリシアと皇子を苦しめる役になっていたはず。

 悪役令嬢でありラスボス。つまり、シエルは作中で一番強かった存在。

 どうしてシエルは強かったのだろうか。

 トントンとテーブルを叩きつつ、ゲームの内容を思い出す。

 しかし、シエルが強かった事が思い出せない。


「カンナ、私って強いの?」

「え、お嬢様は小さい時から公爵様よりお強かったですよ」

「そんなに?」

「はい。確か、公爵様が叱責した時も、他のメイド達がお嬢様に激怒した時も、いつものように壁に穴をあけていましたよ?」


 何してんの……。

 壁に穴を空けるとか、子供がする事じゃないし。そもそも子供の力で壁が壊れるはずが……あ、そうだった。

 シエルは周りからヘイトを受ける対象だった。不思議にも、ヘイトを受ける事で作中最強な令嬢って呼ばれてたんだっけ。

 思い出した。そう考えると、私が無駄に痩せようとしている結果は、今後の為にもヘイトを集めつつ断罪を受けないように立ち回らなくてはならない。

 それって、どっちに転んでも私の人生に安心と自由は無いということ。


「……カンナ、やっぱり痩せるよ」

「はい。お手伝いします!」


 このままなら断罪。

 痩せれば学園に通わず公爵邸でゆっくり暮らせる。

 私の人生のためにも、頑張る事にしよう。


「そうと決まれば、三度の飯より、デザートよね」


 と、カンナに怒られた私であったが、再び手を動かす。


「お嬢様!?」

「明日から頑張るよ」


 こうして、私の第二の人生は始まった……。

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