発走
とりあえずビール片手に競馬新聞眺めてみる
「字が細かいなあ」
「好きで老眼に変身しなくたっていいじゃん!ばかじゃないの」
「年寄りをイメージしたら老眼になってしまったのだ」
「あんたって、見かけは神様というより仙人だよね」
「日本人が思い浮かべる神様の姿は仙人みたいじゃないかなあ」
「仙人は老眼なの?」
これでは漫才になってしまう
小説の方向性はいまだ定まらないのであった
馬券を拾ってる人がいる
「当たり馬券探してるの?」
「ホントに落ちてることあるらしいからなあ」
「ミレーの『落ち穂拾い』が馬券拾ってる人に見え出したらビョーキだって言うよね」
「そのギャグも盗作じゃん」
「ギャグを紹介したんだよ」
ちっとも話が進まないではないか!
「あんた、本来の目的は人助けに来てるんでしょ?神様らしいことしたくて。馬券拾い手伝ってあげれば?」
「この老人の姿で馬券拾い出したら逆に手伝われるのではないかな」
「何かしないと話が進まないでしょ!」
「それじゃ、私がビール飲んでる間にキミが進めておきなさい。まずミホちゃんのレースの説明をしておきなさい」
「しょうがないわね。ひと言で言えば
右回り芝1200メートル牝馬限定別定重量戦
だよね」
「まだ飲み終わってないぞ」
「早く飲みなさいよ!」
「牝馬はヒンバと読んでメス馬のことだな。オスは出られないということだ。別定というのはその馬が何キロ背負って走るか、すなわち負担重量の決め方で、競馬は基本的にギャンブルだから強い馬ばかり勝たないように文字通りハンデをつけることがあって具体的には強い馬の鞍や騎手の服のポケットに鉛の板入れて重くして走りにくくさせたりする。別定戦はそのようなハンデ戦と異なりどの馬が何キロ背負うかは別の条件で定める。今回はミホノソヨカゼとケイオウワールドは同じ斤量だからハンデ無関係の実力勝負ということだな。あと競馬はいろいろな距離のレースがあるけど1200メートルはかなり短くて人間の陸上だと100とか200のイメージかな。私のビール飲んだな」
「話長いんだもん」
「また漫才になるからこの辺にしとくか」
ミホちゃんたちはどこかな?
目で探してみる
いた
そうだったのか
「どうしたのよ」
「あそこ見ろ」
「えっ?」
見つけたらしい
「分かったらキミも手伝え」
「あれ、この間のソフト見てたおじさんだよね」
女神様も手伝い始める
「掃除の仕事につけたんだね。よかったじゃん」
「強引と言わないのか」
「いい話になりそうだからよそうよ」
「あのおじさん、女子中学生の胸とか太ももとか見ながら競馬の予想してたんだろうか」
「缶ビール片手にね」
「試合見てるうちに気が変わったとか」
「ミホちゃんたちの一生懸命な姿見て、やっぱりオレもちゃんとがんばろう、てなったのかな?そうだったらいい話だけど」
「この小説の冒頭で、座っただけで客が笑い出しちゃう落語の名人の話したではないか」
「読者様は覚えてないと思うけどコンビニ死闘編の冒頭だよね。それで?」
「名人は何もしゃべらなくても客が笑い出しちゃうんだけど」
「笑い出しちゃうんだけど?」
「名人自身はやっぱり笑わせようと思ってると思うんだよね。内心ではさ」
「そりゃそうでしょうよ」
「そこへ行くとミホちゃんたちは」
「ミホちゃんたちは?」
「別に人を感動させようなんて思ってなくて、ただただ一生懸命プレーしてたんだと思うんだよ」
「まだ中学生だもんね」
「それでいて見てる人が感動して人生やり直そうと思ったとしたら、それってすごくないか?」
「たぶんそうでしょうけど、ムズカしいのはよそうよ。読者様飽きるよ」
「同じことするのでも正しい心で行うのでなければ意味がないとバイガン先生が言ってるぞ」
「江戸時代の学者センセイでしょ?やめなってば」
「正しい哲学的裏付けのない実践は無意味だとダライ・ラマも言ってるぞ。実践なき哲学もだめだと」
「読んだばかりだからって言いたがらないでよ。あんた自身のココロはどうなのよ」
「環境問題とかでなく、ただただおじさんを手伝おうと考えている」
「それは神様らしいの?」
「哲学小説になってしまうからやめよう。ついでに言うと空き缶捨てないのが小乗仏教で空き缶拾うのが大乗仏教らしいぞ」
「そんなこと書いてあった?炎上するよ、しまいには」
「炎上するほど読まれてないもん」
「誰か来ないかなあ」
ミホちゃんが来た ホントにテキトーだなあ
ユウキも来た ホントに強引だなあ
「どうも、どうも」
ユウキが頭かいてる
「よかったら、一緒に応援して頂けませんか?もちろん、応援して頂けるなら、ですけど」
と、ミホちゃん。
もちろん、応援します、けど。
「いや、無理に連れて来ちゃったけど、むさ苦しい男連中の中に女のコひとりじゃ、やっぱかわいそうかなっ、て」
あんたとふたりきりになれば楽しいんじゃないの?
我々は顔を見合わせて内心微笑んだのだが
口を開いたのは女神様で
「分かったわ。競輪の分だけワタシたちの方が付き合い長いしね」
「ありがとうございます!おふたりの応援で、また勝たせてください!』
ミホちゃんが笑ってくれてよかった
もうすぐレースである。
「皆さんは何買ったの?」
競輪連中と合流したとたん
女神様がずうずうしく話しかける
「ボクはミホ1着ケイオウ2着の馬単1点すね」
まずはユウキ。
「なるほど。心情馬券ね?」
「心情馬券じゃなくて欲張り馬券すよ。ミホ1着ならけっこうつきますからね」
仲間のひとりがツッコむ。
「だってウラは買ってないもん」
ユウキが言い返す
ウラというのは着順が裏返ってケイオウ1着ミホ2着の馬券である
「ミホちゃんと心中かよ。怪しいなあ」
別の仲間が冷やかす
悪気はないのだろうがそーゆーのデリカシーないと思うぞ
「ミホちゃんは、やっぱりミホ単複なの?」
話をそらしてあげる女神様
単勝は1着なら当たり
複勝は3着以内なら当たりだから確率は高いがその分配当は安い
「そうですけど、やっぱり勝ってほしいなあ」
ケイオウには負けてほしくない、じゃないの?
「皆さんも、ミホソヨカゼに乗っかったの?」
なに仕切ってんだよ
「そりゃ、この状況で裏切れないでしょ。人として」
「裏切ってるだろ!3連複とか買ってんじゃん」
3連複は選んだ3頭で上位3着までを占めればそれで当たり どれが1着でどれが2着でどれが3着でも着順は関係ない
「ミホノソヨカゼも入れてるからいーんだよ」
「ケイオウワールドも入れてるじゃん!ミホちゃんがケイオウに負けてもいいってことか?」
「そういうのはヒヨったと言うべきだ」
別のやつが参戦してきた
みんな笑顔で楽しそうに言い合っている
あまりアツくなったらミホちゃんがかわいそうだもんな
ギャンブルはほどほどに
「誰にチュウイしてんのよ」
女神様がツッコむ横で
「いや、実際、ミホノソヨカゼはあると思いますよ」
この男は冷静みたいだ
「ミホノソヨカゼはデビューから二連勝したわけですが、いずれも距離1200メートルなんですよ。そのあと確かに負け続けたけど、全部1400メートル以上なので、距離が合わなかっただけかもしれない。今日は久しぶりに1200メートルに戻ったから」
「なるほど。1200メートルなら無敗という解釈ね?」
「それから、ミホノソヨカゼとケイオウワールドは、実は今日が初対戦なんです。勝負付けはまだ済んでない、とも言えるわけで」
「ケイオウだって、ここのところ1200メートルばかり3連勝じゃん。しかもオトコ馬相手だぜ」
「ミホちゃんに聞こえるだろ!デリカシーないなあ」
「どれがミホノソヨカゼなの?」
また女神様が気付かってあげる
ゲート裏で輪乗りが始まっている
間もなく発走だ 続く。