Sophie//:限りなく続く闇の中で。
大きな暖炉が置かれた部屋の真ん中、そこにあるアンティークな円形の机が目を引く。その机を4人の蒼白な顔をした人たちが囲んでいる。
管理人と名乗る彼に誘われ、一つ空いた席に座るよう促された。ああ、たしかに。見ず知らぬ人の顔を見ながら待ってた訳だ、顔が蒼白になって当然だろう。
「さて、これで全員集まりました。
改めまして「pension recall」にお越しいただき、誠にありがとうございます。本ペンションは私1人での経営になりますが何か困ったことがあればぜひ気軽に聞いてください…。」
「…あの」
「ああ、まだ話さないでください。」
彼の言葉は冷たい。全てを拒絶するような。
しかしそれでいて暖かい。いつまでも聴いていたいような。
「あなた方は、何か目的があってこちらにいらっしゃったのでしょう…、まぁあなた方なら達成できると思いますが。
それでは、どうしましたか?ソフィーさん。」
「あ、えと、あの、ここは一体…。」
「ここはpension recallでございます。」
「いや、そうでなくて…、私ここに何故いるのか、まず自分が何者なのかわからないんです。」
彼は不気味な顔を崩さず(崩せる訳でもないが)、そして短調な声をして私に言う。
「…そうですか。
しかし残念ながら、それは私の知ったことではありませんので…。」
「おい」
大きな体をした頑丈そうな男が口を開いた。
「それは無いだろてめえ。ここに居る奴全員記憶が無ぇなんて一体全体どうなってやがる!このホテルのお家芸ってか!?」
「まあまあレイ様、そう声を荒げないでください。ここはひとつ、皆様で自己紹介でも…」
「何様だお前!そもそも名前も名乗らない奴なんて信用できねぇんだよ!」
「…あなたはレイさんですか?」
「ああ?そうだよ」
「…私はソフィーです。他の方々は…」
細身の女性が静かに口を開いた。
「ぼくはアトール、と申します…。
隣のかたは、アイトさんと言うそうで…」
アトールはそう言って右側に座っている小柄な男性を示す。
「アイトです。あ…これは言っていいのか…」
「言いたい事であれば言えばいいと思いますよ」
「…僕は一応…記者で。記憶は無いんですけど、記者だったことだけは覚えていて…。ただ、記者をやっていた時の記憶は一切有りません」
「そう…それは大変でした」
アイトとアトールはにこやかに話している。ふと最後の1人がやけに気まずそうだった。眉間に皺を寄せて、ラフな服を身に纏っている。「ああ、もう1人のかたのお名前をまだ聴いていませんでしたね」
アトールのその一声で最後の人に注目が集まる。
「…ぁ」
「緊張しなくて大丈夫ですよ、ゆっくりでいいですから…」
「ちがうんです、自分…名前が…」
彼、だと思うのだが、中性的な顔立ちをしているせいか性別がわからない。そうして彼はまた蒼白な顔をして眉間に皺を寄せる。
「名前さえ、思い出せないのです」
「えええ」
素っ頓狂な声を上げてアトールが口に手を当てて立ち上がる。
「そしたらどうしましょう、なんとお呼びすれば…」
彼はじっと目を瞑る。そうしてまた開くと苦い顔をして口を開く。
「…じゃあ、「名無し」とでも呼んでください。ここでは「ナナシ」なんて名前の人は居ないんですから…。」
「そろそろいいでしょうか」
ふと管理人さんが口を挟んできた。いや何様だ、とさっきのレイさんの受け売りをするところだった。たしかにこの人は怪しいのかも知れない。
「そうだ管理人さん。」
「なんでしょう」
「私ら皆名前を教え合いましたが…あなただけ黙ってるなんてとてもじゃないですが失礼ではありませんか?せめて名前だけでも言うべきだと思いますよ」
「…それはあなたが感じる「不快さ」ですよね。それで私が名前を教える道理はありません。
私は意外と意地悪なんですよ」
彼はフフ、と笑う。
「さて。今日は特に特別な行事もないことですから、皆様でこの中を探索してみてはいかがですか?」
管理人は、あやしく私たちをいざなっている。