幕間(承前)
「抜きにゆく必要がないなら話を続けるが、いいか?」
管理人は真顔で問う。
その言い方どうにかならんのかとスイは思うが、ツッコむのも虚しいのでうなずき、ペットボトルの緑茶をもう少し、飲んだ。
「検査結果が突出していたのは1-5の九条マドカだが、もう一人。彼ほどではないが、それに近い数値を叩き出した女の子がいる。3-1Aコース選択の、安住サチエだ」
「アズミ?」
スイは眉根を寄せる。どこかで聞いたことがある名だと思った一瞬後、ああ『理数同好会』の会長かと思い出す。
潜入時、潜入先で関わり合いを持つ人間の情報は、管理人からデータとして直接脳へ届けられる。
しかし植え付けられたデータは万全ではなく、本人を目の前にすればすらっと情報は出てくるが、名前だけではあやふやになることが多い。
スイは再び、ペットボトルの緑茶を口に含む。
『ペットボトルの緑茶』という形に整えた、脳のオーバーヒートを抑える薬剤である。
管理人の目が、スイが気付かない程度に曇る。
最近、スイの薬剤摂取量が増えてきている。
彼の心身への負担がすでに限界に近いことは、管理人も嫌というほど理解していた。
今回相棒を組めなければ、おそらくスイは壊れるだろう。
管理者としての『大義』の次ではあるが、スイの悲願を達成させてやりたいという目的も、彼女にとっては重要な使命だ。
使命を達成する前に、彼を潰してしまってはならない。
「Aコースといえば特進理数コースだよな。あれ? でも彼女……」
管理人はうなずく。
「ああ。卒業後は就職の進路希望を出している。彼女は入学以来、成績優秀者に名を連ねているから、学校側では進学を強く促しているそうなのだが。家庭の事情だと言われれば、それ以上強制できないからな。ただ本人は、高校生の間は出来る限り学びたいと言って、国公立大を受験する者たちと同等の授業を選択しているそうだ」
「……進学、したいんじゃないか? 彼女の本音としては」
スイは眉間を強くもみ、言った。
なんだか鈍い頭痛がしてきた。
(アズミ……サチエ。特進理数コース、か)
彼女とは違う。
似ているが、違う。違う。
あの子はすでにいない、もういないのだから……。
「スイ!」
強く呼びかけられ、彼はハッとする。
やや震える手で彼は、残ったペットボトルの緑茶を飲み干した。
「くそっ」
ため息を吐き、誰にともなく彼は罵る。
「なんで……名前まで同じ子があそこにはいるんだ?」
「偶然だ。少なくとも六割強の確率で。だが……」
珍しく管理人は口ごもる。
「偶然ではない、確率も四割弱。低いとは言い切れない」
「どういうことだ?」
眉をひそめるスイへ、管理人は表情を改める。
「アチラさんの、手の込んだ攻撃なのかもしれないということだ。彼女の【ゆらぎ】に対しての聡さは、並をはるかに超えている。アチラが……すでに手駒にしている可能性が、排除できない」
「……なるほどね」
呟くとスイは、ソファから身を起こして凄絶に笑んだ。
「念のため、私の方から彼女にタグを付けておいた。……気を付けろよ」
「承知致しました、管理者殿」
スイが恭しく答えると、彼女はあからさまに顔をしかめた。
「取ってつけた尊敬表現は不快だ。よせ」