九条さんの心の中には①
「気持ちは嬉しいけど。ごめん」
今日、一人の女の子が玉砕した。
九条円。
『理数同好会』現会長。
2年5組。
11月9日生まれ。
成績優秀でクール、という評判(笑)。
成績優秀はそうかもしれないが、クールは言いすぎ。
下級生を中心に『腹黒冷酷ドS』な眼鏡キャラ的な認知をされているが、それは見かけだけで本来はボーッとした男である。
また、眼鏡を外すとわりと可愛い系の顔立ちで、そこにギャップ萌えするファンもいる模様。
彼女がいないのに、お断りばかりしている謎の難攻不落男。
よほど理想が高いのかと訊いたが、違う、のだそう。
もしかするとゲイ?という疑惑もチラホラ。ただし本人曰く『純度100%のノン気』だそう。
「……これだけ? え?」
思わずそうつぶやくと、『千田高のお助けキャラ』こと及川先輩がニヤリとする。
二年五組の及川慧。
意中の人の情報が欲しいなら、彼に問い合わせるのが一番早い、と、校内でも有名な先輩だ。
『及川メモ』と呼ばれるこの手の情報、信憑性の高さとレアさで鳴らしている。
それに、彼は九条さんと同じクラスの上、同じ同好会に所属しているのだ。
かなり精度の高い情報が得られると思っていたのだが……。
「本物のレア情報が欲しい場合。それなりの対価をいただくよ、皐月さん」
噂通りの言葉。
本当にそうなんだ、と、茉奈は軽く感動する。
皐月茉奈。
1年4組。
漫画研究会所属。
只今、九条円に絶賛片思い中。
「いくら払えばいいんですか、先輩」
今持っている財布の中にあるお金、自室の机の引き出しにしまってある数万円、親が管理している彼女名義の銀行口座の残高などを思い浮かべ、茉奈は言う。
チッチッチ、と言いながら、彼は立てた右人差し指を振る。
ちょっとぶかぶかした白衣が、指の動きにつれてバサバサ動く。
「金なんかじゃ情報は売れないな。ソチラが情報が欲しいなら、コチラも情報をもらう。キミだけが知る校内のレア情報を俺に教えてくれよ。その値打ちに見合うだけの情報を渡すから」
そう言われ、困惑する。
『千田高のお助けキャラ』は、情報もしくは現金で特別なレア情報を売ってくれると聞いていたが。
彼曰く『その情報はもう古い』のだそう。
「ウチの怖~い会長様にこの前、絞られたからねえ、金は駄目。別にケンカが特別強いとかじゃないんだけどさぁ、キレると妙~に怖いんだよね、あいつ。修羅場くぐったやーさんかってくらい、冷ややかな殺気を放って睨むんだよねえ……あ、この情報はオマケ」
だから、と彼は、茉奈が用意したお菓子とコーラに手を伸ばす。
「茶飲み話の雑談として、情報のやり取りをしましょうよ」
お持たせだけど、どーぞ。
そう言いつつ、彼は笑う。
ここは化学実験室。
『理数同好会』の理科部(と言っても活動しているのは彼ひとり。もはや秋の終わりになった昨今、三年生の先輩方は引退したのでほぼ来ない)である及川さんは、化学実験室の主っぽい存在だ。
一応、彼も普段は真面目に実験や育てている?結晶の観察等をしているらしいが、『お助けキャラ』活動はもっと熱心だというもっぱらの評判だ。
依頼者への『第一次情報』は、お菓子やジュース類の『差し入れ』でもらえるが、それ以上は……。
「情報……、ですか?」
困惑する下級生の少女に、及川は人好きのする笑顔でこう言う。
「それじゃあさ。そもそも九条に惚れた理由とか、その辺からぼちぼち、話してくれない?」
そんな情報で求めるものが得られるのか、非常に心もとなかったが。
茉奈はぽつりぽつり、次第に怒涛のように話し始めた。
今まで聞いてくれる人もなく苦しかったのも理由だろうが。
さすが『お助けキャラ』、及川さんは聞き上手でもあった。
茉奈が、クラブハウスの同じ階にある『理数同好会』の会長である九条円に興味を持ったきっかけは。
『漫画研究会』の会長(にして、BLの個人誌をコンスタントに書いている)・葛西先輩のイラストだ。
やわらかくウェーブのかかった髪、すらりとしているが適度に筋肉を感じさせる体格の、縁なしの眼鏡をかけた千田高の制服をきた少年。
教室の窓辺に寄りかかり、ぼんやり外を見ているのだが。
眼鏡の奥の瞳は、外の景色ではなく果てのない遠くを見ているような、寂し気な雰囲気がただよっている。
「ウチのクラスの九条君がモデル。314号室の、理数同好会の会長だからマナちん(と茉奈は入会以来、この会長から呼ばれている)も見かけたことあるんじゃない? 普段はボーッとした感じの、ちょっとお間抜けさんだったりもするんだけどね。なんでか時々、ドキッとするような表情するんだな~、これが。なんてのかな、決して叶わない恋をしてるって感じの。とにかく妄想の捗る男子なんだよねえ」
筋金入りの『腐』を自認している彼女にとって、『叶わぬ恋』『妄想』は当然BLである。
彼女が部誌に、気まぐれ連載している『タマキ殿下と銀髪眼鏡宰相』は、校内の同好の士の間でも評判が高い。
(校内の出版物なので、残念ながら?R15、匂わせ的な表現にとどまっているが、そこが妙にエロくて尊いと評判だ)
『タマキ殿下』のモデルが数学の宇田先生(♀……なのに何故か王子設定になっている)、『銀髪眼鏡宰相』のモデルが九条会長と知り、茉奈は興味を持った。
始まりは、ただそれだけだ。
尊敬する先輩の創作魂を揺さぶる存在として、注目するようになったのが始まり。
先輩の言う通り、普段の彼はおっとりというかぼんやりというか、そんな雰囲気が漂う人だった。
……でも。