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1 中心は、0(ゼロ)⑤

 翌日、放課後。


 九条マドカは回答を書き込んだプリントを手に、『クラブハウス』と呼ばれている三階建てのこじんまりした建物へ向かった。

 各文化系クラブの部室がある棟だ。

 一階・二階に各五部屋、三階に大きめの和室一部屋+三部屋があり、『理数同好会』の部室は三階の奥・314号室……だそう。



 少し緊張しながらマドカは、314号室の扉を叩く。


「……ほぉーい、どうぞー」


 とでもいう感じのだらけた返事が扉越しに聞こえてきて、彼は思わずくるりと回れ右したくなった。

 返事したのはおそらく、マドカとしては今後も最低限しか関わりたくない男……『担任の角野先生』。


(お、おいおい~、なんであのおっさんが理数同好会の部室にいるんだよっ!)


 心で叫んだが、奴は数学の教師。

 おそらく……理数同好会の顧問、なのだろう。思わず唇をかむ。


「なんだ、遠慮しないで入って来いよ」


 扉が開き、ひょこっと顔を出す角野。思わず後退るマドカへ、角野はやや不審そうな目を向ける。


「あん? 九条君、だよな? ウチに用があるんだろ?」


「あ、いえ、その、あのその……」


 もごもごと口ごもりつつ、踵を返そうとしたマドカの腕を、ガシッと角野はつかむ。


「はあん? 何ビビッてんの? 別に逃げなくてもいいじゃない」


(ぐひいいい、バ、バグ野郎に触られたー!)


 超個人的な恐怖に硬直するマドカを、角野は部室へ引っ張る。

 よろめきながらもマドカは、おめおめと部室の中へ入ってしまった。



 部屋の中央部分には楕円のテーブルがあり、パイプ椅子が数脚、開いた状態であった。

 角野がさっきまで何か作業をしていたらしく、テーブルの上でノートパソコンが稼働していて、かたわらには飲みかけのペットボトルの緑茶があった。

 だが、それ以外はやけに綺麗というか、たとえるならちょっとしたオフィス、もっと言うなら冷然とした医務室のようだとさえ、マドカは思う。

 部室、というものは運動系であれ文化系であれ、もっと雑然としているとマドカは想像していたが、ここは少し違っているらしい。

 隅々まできっちりとしていそうな、あの先輩の雰囲気に似つかわしくはある。


「会長の安住あずみさんからからちょっと聞いてたけど。君、ウチが出してる算数パズルを解いてる、唯一の一年生らしいじゃない? 近いうちに多分、三回目の回答持って訪ねてくるんじゃないかって……」


 言いながら角野は、壁際に二つ並べた四段のカラーボックス(本だの文具だのが整然と並べられていた)の上にある、オーバル型の浅い籐のかごを取り上げる。


(……あ、そういうこと、か。なるほど……)


 勧められたパイプ椅子のひとつにぎこちなく座っていたマドカは、やや脱力しながら思う。


 掲示板の算数パズルを解いて、律儀に会のHPへ回答を送ってくる者など、どう考えても少ないだろう。

 全校でほんの数人、もしくは0人の可能性も高い。

 入学したばかりの一年生で、第一回目から生真面目に回答を送ってくる者がいたとしたら……既存の会員、特に会長なら注目するに決まっている。


(だからあの人、俺の名前を憶えてくれていたんだ……)


 がっかりしたのは否めない。


「彼が三回目の回答を持って来たら記念品を渡してくれって、彼女から頼まれてたんだけど。持って来たんだろう?」


 角野に言われ、


「へ? あ、あああ、はい、ソウデス……」


 マドカはポケットに入れていた『魔法陣』の回答を、半ばしぶしぶ、渡す。



 正直……思っていたのと違う。

 マドカとしては、彼のマドンナたる先輩(彼女の名字がアズミというらしい、ことだけはわかったが)へ直接、この回答を渡したかった。

 別にそれ以上どうこうは考えてない。ただ、その時にちょっとお話できたら嬉しいな~くらいの、淡い淡い下心はあった。


 なのに……ここで得体のしれないバグ男(彼は彼でリアルを生きていることは、マドカだって頭でわかっている。が、個人的感触で断ずるなら、このおっさんはマドカにとって気味の悪い『バグ』なのだ)が関わってくるなんて、想定外もいいところだ。


「おー、正解してるな。おつかれ」


 受け取った回答をざっと確認すると、角野は籐のかごを差し出す。


「記念品用に作ったストラップだ。好きなの一個、持っていきなよ」


「アリガトウゴザイマス」


 棒読みで礼を言うと、マドカは受け取った籐のかごの中を見た。



 一番上の方には、透明の薄いアクリル板を切り取って作った、小さな三角定規っぽいチャームのストラップがいくつかあった。

 それぞれの辺に、『1』『2』『√3』と黒や赤でレタリングされた数字が書かれていた。別のタイプのものは、『1』『1』『√2』と書かれていたり。

 円形のものもあった。

 よく見ると円周に沿って『3.1415926535……』と、細かい字で円周率が書かれている。

 それぞれ、いかにも高校生が手作りしたっぽい、ほほ笑ましい類いの『記念品』だった。


「…んん?」


 かごの底近くに、それらとは雰囲気の違うものがひとつ、紛れていた。

 どうにか光は透す、つるりとした黒い水晶玉……みたいな素材感の、小さめのスーパーボールほどのチャームがついたストラップだ。

 どういう細工なのかその黒い球の中央に、銀色で書かれた『4/3πr³』の文字が浮いている。


「身の上、心配あーるの三乗……球の体積の公式だ」


 低い、奇妙なまでに真面目な声が、ぼそりと部屋の中に響く。

 角野だ。

 少し離れたところに、気配を感じさせないで立っている。

 なのに何故か、いつもの『肩の力が抜け』過ぎた雰囲気ではない。


「それは記念品の中でも特別製だよ、九条君。見つけられてラッキーだね」


 薄く笑むと角野は、軽く顎をしゃくって『持ってゆけ』と示す。

 気圧されたようにマドカは、軽く頭を下げると『球の体積ストラップ』を手に、314号室を辞した。

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