エピローグ~あなたは確かにそこにいた③
年が明け、やがて春。
九条円は二年生になった。
二年生になったと同時に『理数同好会』の会長に推され(半分押し付けられ?)、会長になった。
一年生の後半からめきめきと成績を上げ、同時にみるみる背が伸び、入学時から比べると円の身長は、10㎝以上高くなった。
「一年生の時は強引に抱っこして保健室まで運べたけど。もう無理だね~」
最近『タマキ王子』から『殿下』というあだ名になった、担任にして顧問の宇田先生はそう言うと、男前な感じにカラカラと笑った。
円としては、苦笑いを返すしかない。
余分な【dark】をカットする眼鏡は、残念ながらいまだ手放せない。
しかしこの眼鏡のせいか、一年生の終わりに恩師との永の別れを経験したせいか、急速に背が伸びたせいか。
ぐっと大人びてきた円を、さすがに貴腐人の皆様方も『掛け算の右』に固定するのは難しくなったらしい。
最近は属性が、『総受けの可愛い系小動物キャラ』から『腹黒冷酷ドS眼鏡の攻めキャラ』になり、タマキ殿下との関係性もリバーシブルになっていろいろ楽しんでいる……とかなんとか。
(いやホント、いい加減にしてくれ)
そう思うが、欲望に忠実な貴腐人方の妄想力に、円ごときは永遠にかなわないだろう。
円は今、【home】の庭の、名もない若木の木陰に寄って座り、町並みを見ている。
【home】の中を軽く掃除し、新しい風を入れ……その間、庭にある若木の下で、眼鏡を外してぼんやり時間を過ごす。
ここ最近の、円の癒しになっているルーティンだ。
春霞の町は今日も、皆、それなりに頑張って活動しているらしい。
町を見ながら彼は今日、会が発行しているメルマガ用の算数クイズを作っている。
今回の問題は魔法陣だ。
風が柔らかく吹いている。
少し集中が途切れ、彼は、顔を上げて木漏れ日へ目をやる。
『キミ、好きな数字は?』
『そこは、0じゃ』
明るい陽射し、特に春から初夏にかけての陽射しを見ると、円の耳にあの人の声がよみがえる。
決してこの世に存在しない、円の心を射抜いた初恋の人。
攻略対象者である自分を攻略する為にだけ作られた、幻の少女。
でも。
(あなたは確かにそこにいた……いたんだ)
揺れる木漏れ日が、あまりにも眩しかったのかもしれない。
透き通った涙があふれ、眼尻を伝って落ちた。
静かにまぶたを閉じ、彼はしばらく、風に吹かれるままでいた。
『Darkness~やがてキュウになる』 了