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7 やがてキュウになる⑩

 振り下ろされる大鎌。しかし。


「何!?」


 鎌は途中で止まる。

 エチサとスイの間に、高校の夏服を身に着けた少年が立ちはだかり、鎌の柄を必死に押さえていた。


「駄目だ駄目だ! エチサ、スイを殺すな!」


「え?……九条、君?」


 さすがに驚いたのか、エチサの動きが一瞬止まる。


「九条君! 何故ここに来た!」


 我に返ったスイも、驚いた声を上げる。

 マドカは大きく息をつくと


「駄目だエチサ、角野英一を殺すな! 殺すな殺すな殺すなー!」


 大鎌の柄を押し返し、叫ぶマドカの全身が淡く輝いているのは。

 浄化の円陣の光のせいだけではなさそうだと、ほぼ同時にスイとエチサは気付く。

 スイは青ざめ、エチサは苦々しく舌打ちする。


人間ヒトであることをやめたらしいわね……【eraser】・エン」


「莫迦な! なんてことを!」


「彼、『人間をやめる』意味をちゃんとわかってないんじゃないの? 適切な指導が足りなかったわね、角野センセイ」


 忌々しそうにエチサは言うと、大鎌を消した。


「面倒なことになってしまったけど。まあ……いいわ」


 捨て鉢な口調で言うが、エチサはどことなく嬉しそうでもあった。


「どうせ早いか遅いかの違いだもの。……この国の歴史上、比類のない【eraser】のバディごと、全部全部、私が呑み尽くす!」


「させるか!」


 叫ぶと同時に、スイは左手首のブレスレットを引きちぎる。

 波を思わせる光の渦が、ぐわんとスイの周りを取り囲む。


「ふん。ヒトでなくなったお前たちは所詮私と同じ化け物! すべてすべて、【Darkness】の糧として、呑み尽くす!」


 エチサは絶叫する。


世界の破滅(カタストロフィ)を!」


 その絶叫へ被せるように、スイも叫ぶ。


「【Darkness】浄化を!」


 そして同時に二人は言挙げする。


「「我は望む!」」



「……駄目だー!」


 淡い緑色の光を帯びたマドカから、つる草様の光が伸び、エチサとスイに絡みつく。


「「問答無用!」」


 エチサとスイ……否。

 【Darkness】と【eraser】・スイの意思がぶつかり合い、スパークした。




 次元のはざまで【管理者・ゼロ】は焦る。


『(まずい、【Darkness】が膨れ上がる!) ……戦場エリア(バトルフィールド)を再設定。【管理者】を原点に、XYZ軸を設定。原点から()()()()()()記憶体メモリへ【ドラッグ】。仮置き。只今より【管理者(わたし)】の管理区域すべてを戦場エリア(バトルフィールド)に設定する』


 みしみしみし、と、原点(彼女)身体(アバター)が悲鳴を上げる。


『【eraser】は()()()()()()を解除。……【管理者】が許す。心置きなく、闘いなさい!』




 スパーク。スパーク。衝撃に揺れる、全身全霊。

 否定に拒絶、憎しみに恨み。

 慟哭と虚無、憤怒と悲愴。

 互いが互いを食み合い、大きく大きく膨れ上がってゆく。


(……駄目だ、そうじゃない!)


 自分の身体がどこにあるのか、どこまでが自分なのか、もはやマドカにはよくわからない。

 なのに、駄々っ子のようなこの感情だけは、()()()()()()()()()()()()()

 互いが互いを食み合う、憎しみで憎しみを塗りつぶすような哀しみで哀しみを上書きするような、そんなやり方はどこか歪んでいる。


(二人が望んでいるのは――いや。少なくとも俺が、『九条(マドカ)』が望んでいるのは……)


 そうじゃない。

 そんな最後じゃない。

 ではどんな形を望んでいるのか問われると詰まるが、この二人は、互いに芯から憎んでいるのでも恨んでいるのでもない、筈だ。

 子供の感傷だと一笑に付されるだろうが、彼にはそう思えて仕方がない。


(俺だって……エチサを憎んでいる、だけじゃない……)


 腹は立った。いろいろと恨みがましい気持ちはある。でも。


 あまり認めたくないが、あの朝、階段の踊り場で、古い宗教画の聖母のような彼女に惹かれた瞬間。

 マドカは、彼女の中にあるかたくななまでの真っすぐさに、一番、魅せられた。

 あの病的なまでの真っ直ぐさは……『安住幸恵(ユキエ)』先輩のものというよりも、おそらく『エチサ』のものだろう。


「言うべきことを言ってないんだ! 俺も……角野英一も! だから!」


 こんな終わり方は、駄目なんだ!!!



 静寂。

 ふと気付くとマドカは、早朝の学校にいた。

 早朝の学校、というイメージの、静謐に満たされた架空の場所だとわかっている。

 身に着けているのは何故か冬服。

 肩にかかっているのは、馴染みの通学リュックのショルダーハーネス。


 彼は階段をゆっくりゆっくり登ってゆく。

 そして。


 二階と三階の間の踊り場。

 窓から斜めに差し込んでいる、清浄な朝の光。

 逆光の中で掲示板に白い紙を貼っているのは……。


「さっちゃん先輩」


 声をかけると、その人は手を止めてマドカを見た。


「……九条君。私はあなたの『さっちゃん先輩』じゃないけど」


 癇性なまでにきちんと編んだ三つ編みのおさげ。

 ぴしりとプレスされた制服。

 磨き上げられた黒のローファー。

 銀縁の眼鏡。

 でも……『安住幸恵(ユキエ)』嬢とは違い、小柄で華奢で、あどけなさの残る……どことなく寂し気なたたずまいの、少女。


「角野英一氏のはとこだった幸恵(サチエ)さん。……あるいは」


 マドカは笑む。


「あなたが素の、エチサ。そうでしょう?」

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